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実は“プロ野球選手の息子”だった「イケメン俳優」主演男優賞まで辿り着いた本物の歩み

  • 2026.7.28
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2025年10月、著書「怪人」の発売イベントを行った山田裕貴(C)SANKEI

2008年の夏、母校の東邦高校が甲子園に出場した。山田裕貴はそのときスタンドにいた。父は中日と広島でプレーした元プロ野球選手で、本人も小中学校では球を追っていた。それでも高校ではグラウンドに立っていない。歓声の中心ではなく、外から見ていた側だった。

プロ野球選手の息子という看板は、黙っていても付いてくる。名前だけで一度は扉が開くし、開けてもらった側はいくらか楽ができる。ただし、扉の先で何ができるかまでを、看板が保証してくれるわけではない。山田が最初に立ったのは、その保証がまるでない場所だった。看板を降ろした人間の手元に残るのは、自分で積んだ分だけである。

誰の名前も効かない現場で、何をどれだけ積めたのか。俳優として重ねてきた15年は、その一点を測り続けた時間でもある。

主役の色ではない場所で始める

俳優としての出発点は、2011年のテレビ朝日系『海賊戦隊ゴーカイジャー』である。オーディションを勝ち抜いて掴んだ役だった。演じたのは、赤ではなく青の戦士。長く続くスーパー戦隊シリーズで物語の中心に据えられるのは一般的に赤であり、青はその隣に立つ位置になる。デビュー作が赤色ではなかったこと自体が、この俳優の歩き方を先取りしていたのかもしれない。

中心を約束された場所から入るのではなく、渡された持ち場で仕事の量を積む。1年をかけて毎週の放送に立ち続けた新人は、そこで顔と名前を覚えられた。父の名前は、この現場では何の役にも立たない。赤の位置は物語のほうが支えてくれるが、青の位置は自分で持たせるしかない。デビュー作でこの俳優が置かれたのは、後者の側だった。以後、渡され続けたのも、その種類の役である。

役を身体からつくり上げる流儀

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2023年撮影、映画「東京リベンジャーズ2 血のハロウィン編-決戦-」の大ヒット御礼舞台あいさつに出席した山田裕貴(C)SANKEI

名前を一段押し上げたのは、2021年公開の映画『東京リベンジャーズ』である。人気漫画を原作とするこの作品で山田が演じたのは、不良集団の中で一目置かれる男・ドラケンだった。側頭部を地毛のまま剃り上げ、約15センチのインソールを履いてアクション場面に立っている。役の内面を先に探るのではなく、まず身体の外側を役の寸法へ合わせにいく。髪を落とし、背丈を足し、その身体のまま殴り合う。外形が変われば、相手役が目を合わせる高さまで変わる。

身体を作り替えれば、立ち方も、周囲が向ける視線も違ってくる。芝居の技術というより、競技をやってきた人間の理解に近い。フォームを変え、体格を変え、そのうえで結果を取りにいく。血筋で説明できるものは、そこに何ひとつない。この俳優が現場に持ち込んだのは、父から受け継いだ才能ではなく、身体は作り込めば応えるという実感のほうだった。

外側から作った役は、当たれば強いが、外せば張りぼてになる。それでも内側の解釈へ逃げず、外から入ることをやめない。役を自分に似せるのではなく、自分を役に作り替えて持っていく手つきだった。

2026年、映画『爆弾』で第49回日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受けた。賞は、そこで初めて評価が生まれたことを意味しない。群像の一角で場を締め、主役の隣で画面を持たせる仕事を重ねてきた蓄積が、主演という一点で可視化されただけである。大きいのは、一本の映画の重心をこの俳優に預けた側の判断のほうだ。

隣に置けば効くと見られてきた人が、真ん中に置いても持つと見られた。しかも、隣で人を立てながら自分の輪郭も消さない配分を10年以上続けてきた俳優が中心に立つと、画面の全部を自分で抱え込もうとしない主演になる。青の戦士として隣に立っていた新人からの距離が、ここではっきりと測れる。

呼ばれ続けて海の外へ届く

2026年の『ちるらん 新撰組鎮魂歌』では土方歳三を演じ、主演として作品を背負った。世界配信に乗り、幕末を舞台にした物語が国境を越えて各国の視聴者に届いている。海の外へ出るということは、この俳優を何も知らない観客の前へ、前置きなしで差し出すということでもある。父の経歴も、デビュー作の色も、そこでは一切効かない。残るのは画面に映る仕事の中身だけで、それはこの人が最初から立ってきた条件と何も変わらない。

映画『ゴジラ-0.0』と『キングダム 魂の決戦』では、いずれも前作から続く役で再び現場に呼ばれた。続投は、話題になりにくい種類の評価である。それでも、同じ作り手がもう一度その俳優を呼ぶという事実は、一度きりの起用よりずっと意味を持つ。前に作った人物を次でも同じ体温で置きたいとき、現場が求めるのは器用さではなく、前と変わらないものをそのまま出せる確かさのほうだ。

TBS系ドラマ『GIFT』で演じたのは、車いすラグビーチームのエースだった。日本の競技団体が制作に協力し、現役選手が動きを監修した役である。競技者になれなかった男が、俳優として競技者を生きる。球を追っていた時間は、切り捨てた過去ではなく、いま役の内側で使える素材になっている。

手放した看板と残った球

2026年5月から流れた日本生命のセ・パ交流戦のCMは、山田自身の実話をもとにしたストーリーだった。画面には、父が中日で着けたユニホームと背番号30が映る。父・山田和利さんは2025年8月に亡くなった。息子は、その背番号と同じ画面に立っている。自分の話を、俳優としての仕事のかたちで引き受けたことになる。

プロ野球選手の息子という看板は、とうに降ろされている。それでも球場で見てきたもの、身体で覚えた重心の作り方、スタンドで聞いた歓声は、この俳優の仕事の芯にそのまま残った。看板を降ろすことと、そこで得たものを捨てることは違う。むしろ、看板を手放したからこそ、球場で受け取ったものを自分の道具として使えるようになった。山田裕貴は、その二つを取り違えずに歩いてきたのだ。


※記事は執筆時点の情報です

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