1. トップ
  2. 野茂英雄がメジャーに挑戦せず、近鉄バファローズに残留していた可能性も? プロ野球界のターニングポイント「1994年」に、近鉄で何が起こっていたか【書評】

野茂英雄がメジャーに挑戦せず、近鉄バファローズに残留していた可能性も? プロ野球界のターニングポイント「1994年」に、近鉄で何が起こっていたか【書評】

  • 2026.6.26
革命前夜 追憶の近鉄バファローズ1994 喜瀬雅則 / 文藝春秋
革命前夜 追憶の近鉄バファローズ1994 喜瀬雅則 / 文藝春秋

今となっては信じられないかもしれないが、大谷翔平をはじめとする日本人メジャーリーガーの開拓者となった選手は、少なくないバッシングを浴びてアメリカへと渡った。

選手の名は独特のトルネード投法から繰り出す速球とフォークが代名詞だった右腕投手・野茂英雄。

1990年、近鉄バファローズ(現オリックス・バファローズ)に入団した野茂は、1年目から投手タイトル三冠を獲得するピッチングで一躍、球界のスターとなった。1995年にはロサンゼルス・ドジャースと契約してメジャーでも強打者を翻弄。チームの地区優勝に貢献して新人王にも輝く。その活躍は日米で「NOMOマニア」という言葉が生まれるほどのフィーバーを巻き起こした。

野茂は日本人メジャーリーガーとしては2人目だが、1人目の村上雅則は1964年、所属球団から野球留学という形で渡米してのメジャーデビュー。続く選手は野茂までいなかった。そのため、野茂は実質的な「日本人メジャーリーガーのパイオニア」という名声を揺るがないものにしている。

故に、メジャー移籍を巡る騒動と野茂へのバッシングは、時の流れとともに歴史の中に埋もれつつある印象がある。しかし、古い野球ファンであれば、当時の「野茂フィーバー」が、まさに「メディアの手のひら返し」という言葉がピッタリだったことを記憶しているだろう。

野茂へのバッシング、そして彼のメジャー挑戦の印象が大きく変わる一冊

本書『革命前夜 追憶の近鉄バファローズ1994』(喜瀬雅則/文藝春秋)はそんな野茂英雄のメジャーデビュー前年、近鉄時代の1994年にスポットを当てたノンフィクションである。スポーツライターである著者は、当時、新聞社のいわゆる“番記者”として近鉄に密着していた。翌年はシーズン途中から“野茂番”として渡米。野茂を巡るバッシングとフィーバーの2年間を、本人にかなり近い場所で耳目していた。その回想と新たな取材によって、野茂英雄のメジャー移籍を巡る騒動を詳細に検証し、新事実も含めてまとめている。

読みどころはやはり野茂の近鉄退団とドジャース入団までの経緯である。野茂の退団とメジャー挑戦は、近鉄OBの大投手で当時の監督・鈴木啓示との確執、選手待遇などへの不満からくる球団との対立が背景にあった。そのため「自分勝手」「ワガママ」などとバッシングを受けたのである。

だが、本書では鈴木との確執が単純な当人同士の対立ではなかった、一種、不幸な出来事でもあった側面が示唆されている。また、丹念に描かれた球団との交渉、関係者の証言から、野茂の決断も苦渋とリスクに満ちたものであったことも。これらを知れば、当時の野茂へのバッシング、そして彼のメジャー挑戦の印象が大きく変わるだろう。言い方を変えれば、何か別の小さなきっかけで1995年の野茂が近鉄に残留した可能性も十分にあったことがわかる。もし、そうなっていたら後の日本人メジャーリーガー事情も変わっていたはずだ。運命とは数奇なものである。

野茂のメジャー挑戦以降、彼に続く日本人選手が続出し、イチローや大谷のようにメジャーの歴史を変えるようなスター選手も誕生した。また、同時に日米間での移籍制度も整備され、現代では、ほとんどの選手がトラブルなく、スムーズかつ多くのエールとともに海を渡るようになっている。その意味では、1994年は日米のプロ野球界にとって一つのターニングポイントであったことは間違いない。

ノンフィクション、あるいはルポルタージュの一つの価値は「記録を残すこと」だ。本書は野茂英雄という稀代の大投手の活躍と騒動の回顧、さらには在りし日の近鉄バファローズとパ・リーグを懐かしく読めるエンターテインメント性に満ちている。その一方で、後世においては日米プロ野球史の貴重な「記録」作品にもなることだろう。

文=田澤健一郎

元記事で読む
の記事をもっとみる