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「徹子の部屋」出演!92歳・カオリ・ナラ・ターナーさん「老後資金は1,000万円だけ残し、あとは人のために使っちゃいました」【ターニングポイント#1】

  • 2026.5.8

「徹子の部屋」出演!92歳・カオリ・ナラ・ターナーさん「老後資金は1,000万円だけ残し、あとは人のために使っちゃいました」【ターニングポイント#1】

「徹子の部屋」に登場した、ヘアメイクアップアーティストのカオリ・ナラ・ターナーさんのターニングポイントをご紹介します。4回に分けてお届けする第1回。90代で今もなお現役を続けるカオリさん、そのキャリアのきっかけとは?

プロダンサーとして活躍中、出会って2週間でアメリカ人と電撃結婚

―カオリさんは1933年、東京生まれ。メイクアップ・アーティストになる前はプロダンサーとして活躍されていたそうですね。

12歳でプロデビューしました。幼少期から日本舞踊やタップダンスを習っていたのです。進駐軍慰問団に参加し、浅草の新世界でトップダンサーになったあとは日本文化使節団の一員に。世界中を旅しましたが、私の運命を変えたのは香港公演。私のステージを見に来たアカデミー賞メイクアップ・アーティストのビル・ターナーに、結婚を申し込まれたのです。その仲人を務めてくれたのが、ビルがメイクを担当していた俳優スティーブ・マックイーンでした。

―電撃結婚ですね!ダンサーの仕事はしばらく続けていた?

それが結婚の条件でした。私はラスベガスでショー、彼はロサンゼルスで仕事。だから、会うのは週末だけのウィークエンド亭主ですね。でも公演中の怪我が原因で、ダンサーを引退。私の性格上ネガティブになったり、落ち込んだりすることはあまりないのですが、このときばかりは失意の日々でした。ダンスが生き甲斐だったから。

「メイクできる?」と聞かれ、ヘルプで始めたことがきっかけに

―気晴らしに、とご主人が海外ロケに連れ出してくれたことで、メイクに携わるようになったのですね。

そうなんです。ダンサーは自分でメイクをするから慣れていました。海外ロケは人手不足になることが多く、「手伝って」と言われてボディメイクをするようになり、いつの間にかのめり込んでフェイスメイクも勉強。41歳のとき、第二の人生が始まったのです。

―その後は数々の名作映画、人気テレビドラマの制作に携わりました。大勢のハリウッドスターから指名が来ていたとか!

映画『フラッシュダンス』にはボディメイクとして参加しました。よく指名を受けていたのはジュリー・アンドリュース、バート・レイノルズ、ルーシー・リュー、キャリスタ・フロックハートなどなど…。キム・ベイシンガーとは特に親しく、日本を一緒に旅行したこともありました。

91歳の今も、必要があれば喜んでオファーを受けます!

アメリカはメイクアップ・アーティストのユニオン(労働組合)がしっかりしているので、がんばった分だけしっかり報酬も支払われます。残業代や食事提供も規定通り。
今はユニオンから「年金」をもらっていますが、完全に引退したわけではないんです。「アクティビティ・イン・リタイアメント」と言って、依頼があれば引き受けてもいいような立場。昔馴染みの俳優さんがトークショーに出たり、アワードのプレゼンターを務めるときには時々オファーをいただいています。

もちろん、拘束期間の長い映画はお断りです。「朝4時集合!」というようなスケジュールは、もう体力的に無理よね(笑)。

お金は人のために使うもの。なくなれば生活の質を落とせばいい

―今でも現役なんて、本当に頭が下がります。カオリさんにとって働くこと、そしてお金とはいったい何ですか?

家でじっとしているより、働いているほうが何倍も楽しいの。いろいろな人に会えるし、刺激になります。70代でもまだハリウッドで映画やテレビの仕事を普通にこなしていました。昔は3日以上休みを取ったことはなかったですね。撮影中の映画がまだ終わらないうちから、次の仕事を自分で取って来ていました。

お金はもちろん大事だけれど、たくさんあればいいというものでもないかな。自分のお金で人を喜ばせることができるなら、どんどん使います。今までの稼いだお金で、残したのは自分のために1,000万円だけ。あとはみんな使っちゃったの(笑)。姪の子どもや孫にプレゼントしたりして。以前はアメリカの自宅に居候が何人もいて、いつも何か食べさせてあげていましたね。家賃を払って、あれこれ支払いをしてごはんまで食べさせていたら、お金はほとんど残らないのよ(笑)。

でもお金がなくなれば、自分の暮らしのレベルを少し落とせばいい。それだけまた働けばいい。そう思っているの。植物が水をもらって生き返るように、自分の人生も新しい水を注げばまた育つはず。いつも考えているのは、お金を追うのではなく、お金に追われるような生活をすること。人のために使っていれば、自然とお金は循環してまた戻ってくる気がします。

もちろん、お金に困ったことが一度もないなんてことはありません。夫が亡くなった後に多額の税金を払わねばならず、銀行にお金を借りたことも…。それを返すために必死で働きました。死に物狂い、とはまさにこういうことを言うんだと思ったくらい。

じつはテレビドラマの仕事は、銀行への借金を返済するために始めました。その努力が報われてエミー賞を受賞することになるのだから、人生何が起こるかわかりませんね(笑)。

カオリ・ナラ・ターナーさんのターニングポイント①
「怪我がきっかけで、ダンサーからメイクアップ・アーティストに転身。急に訪れたチャンスに自然体で飛び込み、メイクの世界にのめり込んでいきました。稼いだお金を人のために使うことで、仕事も暮らしもいい方向に向かったのだと信じています」

PROFILE/カオリ・ナラ・ターナー
1933年東京生まれ。幼少から日本舞踊やタップダンスを始め、戦後は進駐軍慰問団にて活躍。24歳で浅草新世界のトップスターとなり、日本文化使節団として世界公演に。怪我でダンサーを引退してからメイクの世界に入り、1978年にハリウッド・メイクアップユニオン正式メンバーとなる。出世作『フラッシュダンス』ほか、『バット・マンリターンズ』『チャーリーズエンジェル』『キル・ビル』『アリーmyラブ』などを手がけ、『エイリアス』で日本人初となるエミー賞を受賞。現在は滋慶学園グループで講師を務めるほか、プロ専用コスメブランド「スターオブザカラー」(https://star-color.jp/)、ファッションウィッグのプロデュースも行う。

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