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22年前、「視線」で奪わず"手のひら"を鳴らさせた 客席へ手を差し出す"夏の一手"

  • 2026.8.2
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2004年4月、「日韓国交正常化40周年プレイベント」の会見に出席した倖田來未(C)SANKEI

「エロカッコイイ」という言葉が、時代の空気として形になり始めた夏の話だ。『キューティーハニー』を収録したシングル『LOVE & HONEY』がチャートで4位まで駆け上がり、倖田來未の名前はセクシー路線の看板とともに一気に広まっていった。

ところが、その熱がまだ残るわずか2ヶ月後に届いた12枚目のシングルは、視線を奪いにいく曲ではなかった。

倖田來未『Chase』(作詞:原一博・倖田來未/作曲:原一博)ーー2004年7月28日発売

聴き入らせるのでも、見とれさせるのでもない。手のひらを鳴らしたくなる夏のダンスチューンである。ブレイク前夜の倖田來未が見せたこの振れ幅こそ、いま聴き直す価値のある面白さだ。

視線ではなく手のひらを選んだ転回

2004年の倖田來未は、キャリアの助走が一気に加速していく途中にいた。ひとつ前のシングル『LOVE & HONEY』は「セクシーに歌い踊る倖田來未」という像を世間に焼き付け、彼女はようやく大きな注目を手にしつつあった。

デビューから重ねてきたシングルは、これで12枚を数える。一夜で世に出たのではなく、一段ずつ階段を上ってきた歌手にとって、自己最高を更新したこの成功は、ようやくつかんだ足場だったはずだ。

普通に考えれば、次の一手は同じ路線の強化である。せっかくつかんだ看板を、わざわざ掛け替える理由がない。だが『Chase』は、その看板を素直になぞらなかった。ビジュアルの艶で引っ張るのではなく、曲そのものが客席へ手を差し出す。再生した聴き手を傍観者のままにしておかず、拍に合わせて手を打ちたくなる性格が、曲の芯に宿っている。

セクシー路線の絶頂で、色気ではなく「聴き手との距離」を勝負どころに選ぶ。この選択の大胆さは、ブレイク後の華やかな代表曲群からさかのぼって聴くと、いっそう際立って映る。

職人の骨格に言葉だけ足した共作

この転回を支えたのが、作曲と作詞の共作を担った原一博である。原一博は、2000年代のヒットチャートを裏側から支えた書き手だ。BoA『VALENTI』『LISTEN TO MY HEART』、EXILE『Carry On』。日本レコード大賞の作曲賞に輝いた経歴を持ち、金賞に選ばれたヒット曲も複数手がけてきた。歌い手の勢いを一段引き上げるシングルを、次々に書いてきた職人である。

提供先の並びを眺めると、共通点が見えてくる。歌と同じ熱量で踊る表現者たちだ。体の動きまで含めて曲を設計できる作家と、歌って踊る倖田來未。この組み合わせの相性のよさを、『Chase』の随所に感じる。

その筆が『Chase』では、聴き手がすぐに乗れる間口の広いポップスへ向かっている。難しいことをしているように聴かせず、誰もが体でついていける形に整える。ヒットメーカーの仕事とは本来こういうものだ、と言いたくなる仕上がりである。BoAやEXILEに書いてきたような、サビでぐっと視界が開ける瞬間の作り方が、この曲にもきちんと据えられている。拍の重心をわずかにずらすだけで、体がひとりでに前へ出る。そんな引き上げ方だ。

そして見逃せないのは、作詞のクレジットに倖田來未本人の名前が並んでいることだ。職人の骨組みに、歌い手自身が言葉で参加する。この曲が借り物のダンスポップに聴こえない理由は、この共作の形にあると感じる。

客席の拍まで巻き込んで完成する音

編曲を仕上げたのはh-wonder。夏の日差しに似合うアッパーなダンスサウンドに、聴き手の拍が入り込む余地が織り込まれている。ステージの音と客席の反応、その両方がそろってひとつの完成形になる。そんな音づくりに映る。

歌詞の主人公は、夏の日常のワンシーンで恋のスイッチが入り、待つのではなく自分から追いかけてつかみにいく。タイトルの『Chase』、つまり「追いかける」が、そのまま行動原理になっている。ゲームやスポーツを思わせる軽やかな比喩をまとった、能動的な恋愛観だ。

追いかける楽しさを真ん中に置いた曲。この攻めの姿勢が、音の側の開かれた性格ときれいに重なる。追いかける歌を、聴き手も手を打ちながら一緒に追いかける。曲の内側と外側が、同じ運動をしているのだ。

過渡期に生まれた軽さの記録

このあと、彼女のキャリアは大きく開けていく。だから『Chase』は、点と点のあいだに置かれた過渡期のシングルということになる。けれど、過渡期という言葉の響きほど、この曲は曖昧ではない。セクシー路線の直後に真逆の球を投げる度胸。それを受け止めて成立させる職人の書き仕事。そして、客席と同じ拍を刻もうとする歌い手の開かれた姿勢。三つがそろった瞬間の記録として、『Chase』には『Chase』にしかない軽やかさがある。

夏の入り口にこの曲を鳴らすと、手のひらが先に反応する。体が覚えているのは、艶やかに構えた倖田來未ではなく、客席へ手を差し出す倖田來未のほうだ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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