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27年前、爆発的ブレイク直前7人が仕掛けた“予想外の仕掛け” ゴマキ加入前の涙腺崩壊バラード

  • 2026.7.27
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安倍なつみ-1999年9月撮影(C)SANKEI

いまの若い世代に「モーニング娘。」と言えば、教科書に載るような国民的ヒットの数々が浮かぶ。誰もが口ずさめるサビ、大人数のダンス、テレビの向こうから溢れてくる祝祭感。だが27年前のこの時期、彼女たちはまだそこまでの爆発力を手にしていなかった。そしてその手前に、グループ全体の熱量をあえて絞り込んだ、異色の一曲がある。

モーニング娘。『ふるさと』(作詞・作曲:つんく)ーー1999年7月14日発売

声を一人に預けた配分という賭け

『ふるさと』最大の仕掛けは、この曲がグループ全員の声を均等に配分していないところにある。リードボーカルを取るのは安倍なつみひとり。残る6人は表舞台から一歩下がり、コーラスに徹する。当時のモーニング娘。といえば、メンバーそれぞれが順番にマイクを持ち、声を継いでいく群像的な歌い方が持ち味だった。その型をあえて外し、ひとつの歌をひとりの声に預けてしまうという構成は、グループ曲としてはかなり大胆な選択だったはずだ。

つんくの作詞・作曲によるこの曲は、メロディの起伏を控えめに保ちながら、安倍なつみの声質そのものを聴かせる作りになっている。派手に張り上げるでもなく、力技で押し切るでもない。むしろ声の芯を静かに保ったまま、言葉の一つひとつを丁寧に置いていくような歌い方が求められる曲だ。6人のコーラスは、その芯を支える壁のような存在として機能し、決して主旋律を奪おうとしない。グループ名義でありながら、実質的には安倍なつみのソロ曲に近い温度感が生まれているのは、そうした設計の結果だろう。

この時期のモーニング娘。は、まだメンバーの人数もいまほど多くなく、グループとしての「型」自体を模索している最中だった。そんな段階で、あえて一人に声を集中させる選択をしたことは、グループの歌い方の幅を広げる試みでもあったはずだ。誰か一人が歌っていても、それは紛れもなくモーニング娘。の曲になる。そういう懐の深さを、この一曲は静かに証明してみせた。

上京者の心細さがふるさとを呼び覚ます

タイトルの『ふるさと』が指すのは、地理的な地名ではない。歌われているのは、上京してひとり暮らしを始めた女性が、ふと故郷や母を思い出す心の揺れだ。慣れない街の生活のなかで、誰かに甘えたくなる瞬間、心細さがふっと顔を出す夜。そうした感情の機微を、大げさに盛り上げず、静かな筆致で描いている。

この主題は、当時10代だったメンバーたちの実感とも重なっていたはずだ。地方から出てきて親元を離れ、芸能活動に身を投じる。そうした境遇にあったメンバー自身の姿と、歌の中の「上京した女性」の姿が、知らず知らずのうちに重なって聞こえてくる。つんくが用意した言葉は、特別な事件を描くわけではない。誰もが一度は経験する「離れてみて初めて気づく大切さ」という、ごくありふれた感情を丁寧にすくい上げているだけだ。だからこそ、聴く側も自分自身の記憶を重ねやすい。

歌詞の中に置かれた母への想いは、押しつけがましい親孝行ソングとは一線を画している。安倍なつみの声が抑えた温度で運ぶからこそ、感傷に流れすぎず、静かな実感として届く。声を張らない歌い方が、この歌詞の持つ繊細さと噛み合っているのだ。

帰省を装った映像に仕込まれた種明かし

この曲をさらに深く読み解く鍵になるのが、ミュージックビデオの構成だ。映像は、安倍なつみ本人の出身地である北海道への帰省を模したドキュメンタリー風の作りになっている。東京の雑踏を象徴する駅の風景から始まり、電車に揺られて北海道へとたどり着く。都会の喧騒と、北の大地の静けさが対比として並べられ、歌詞の世界観がそのまま視覚化されている。

さらに印象的なのは、メンバーの実の母親が映像に出演していることだ。幼い頃の写真や映像も公開され、歌詞の「母への想い」というテーマが、フィクションではなく本人たちの実像と地続きであることを示す仕掛けになっている。安倍なつみひとりが歌を背負う構成に、他のメンバーの家族の姿を重ねることで、この曲がグループ全体の私的な記憶を束ねたものであることが伝わってくる。ソロに近い歌唱でありながら、映像の力でグループ全体の物語に戻していく。この往復こそが、『ふるさと』という曲の芯にある仕掛けだろう。

歌を埋もれさせない編曲家の距離感

表舞台に立つのは歌い手だが、この曲の静かな説得力を支えていたのは編曲を手がけた小西貴雄の仕事だ。小西はハロー!プロジェクト関連の楽曲を数多く手がける編曲家であり、その仕事はモーニング娘。周辺だけにとどまらない。ゴスペラーズやSMAP、相川七瀬といった、ジャンルも歌い口も異なるアーティストの作品にも編曲で参加してきた実績を持つ。

『ふるさと』の編曲は、決して技巧を誇示するタイプの音作りではない。むしろ、安倍なつみの声とコーラスの重なりが最も自然に響く距離感を探ることに徹しているように聴こえる。伴奏が前に出過ぎれば、歌の持つ繊細な感情は埋もれてしまう。逆に音数を絞りすぎれば、寂しさが安っぽく響いてしまう。そのぎりぎりの均衡を保つ手腕は、幅広いジャンルの現場を渡り歩いてきた編曲家だからこそ持ち得るものだったのかもしれない。派手な仕掛けを競うのではなく、歌をどう聴かせるかという一点に神経を注ぐ。そういう職人的な仕事が、この曲の印象を静かに底上げしている。

ソロの温度がグループの記憶へ戻る場所

『ふるさと』が示したのは、グループというものが必ずしも全員で声を揃えることだけを意味しないという事実だ。誰か一人に声を預けても、それはグループの曲であり続けられる。その緊張関係を、この曲は27年経ったいまも静かに保ち続けている。

やがてモーニング娘。は、もっと大人数で、もっと大きな声で歌う曲を次々と手にしていく。けれどその手前で、グループはあえて、声をひとりに絞ってみせた。それは規模を競う前の、いわば呼吸を確かめる一曲だったと言える。安倍なつみの声と、6人の気配と、遠く離れた家族の記憶。そのすべてが重なった場所に、この歌はいまも静かに立っている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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