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27年前発売された再出発の1枚 物語の続きを知って「最初のページ」を開き直す "完成形の手前"にしかない荒さの正体

  • 2026.7.27
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2001年9月、清春のソロ写真集「SEXLESS」発売記念サイン会より(C)SANKEI

いま、清春という名前は、黒夢の物語とともに語られることが多い。あの声と佇まいを、伝説のバンドのボーカリストとして記憶している人が多い。

だが1999年の夏、清春は次の扉を開けた。黒夢が無期限活動休止を発表したのは、同じ年の1月。その沈黙からわずか半年後に、彼が結成した新しいバンドSADSのデビューシングルとして放たれたのがこの曲だ。

SADS『TOKYO』(作詞・作曲:清春)ーー1999年7月7日発売

この1枚は、清春という表現者の再出発をまるごと引き受けた、宣戦布告のように響く曲だ。

続きではなく新たな旅立ち

黒夢の無期限活動休止は、ファンにとって突然視界が暗くなるような出来事だった。あれだけの存在感を放っていたバンドの音が、ある日ぷつりと途切れたのだ。

だから半年後の7月7日、SADSのデビューシングルが店頭に並んだとき、待っていた人たちの胸に来たのは、安堵と戸惑いが混ざった感情だったはずだ。もう聴けるのか、という驚き。あの黒夢はどうなるのか、という揺れ。その複雑な気持ちごと受け止めて、この曲は鳴り始めた。

CDショップの新譜の棚で、SADSという見慣れない名前に、立ち止まった人もいただろう。再会は、いつも少しだけ不意打ちでやってくる。時代は1999年。世紀の変わり目を前に、世の中全体がどこか落ち着かない空気をまとっていた年だ。そんな時期に、立ち止まって過去を整理する時間より、次の音を鳴らすことを選ぶ。再出発という行為そのものが、そのまま曲の内容になっている。

デビューシングルには、普通なら「はじめまして」の顔がある。だが『TOKYO』にあるのは、初々しさよりも、続きを生きる人間の顔だ。一度何かを終わらせた者だけが持てる切実さを、この1枚に感じる。

終わりを告げる言葉から歌い出す

この曲の核心は、歌い出しにある。冒頭には、前のバンド名を彷彿とさせる「途切れた黒い夢」の歌詞が置かれた。偶然と片づけるには、位置が良すぎる。新しいバンドの1曲目の、そのまた1行目。そこに黒夢を想起させる言葉を置くという選択は、過去を消すのではなく、過去を踏まえて立つという意思表示に映る。

歌の一行目は、バンドにとって名刺の一行目でもある。そこで清春は、景気のいい言葉ではなく、いちばん重い言葉を先に置いた。別れの挨拶と、次への助走。ひとつの言葉にその両方を背負わせる仕掛けに、詞を書く人としての凄みが出ている。

しかもこの仕掛けは、種を明かされた人にしか見えない。何も知らずに聴けばただの歌い出しで、物語を知る人にだけ、二重の意味が浮かび上がる。言葉遊びという軽い言い方では足りない。これは、けじめの付け方の発明だ。

そして曲名は『TOKYO』。都市の名を真正面に掲げるタイトルは、身ひとつで出直す人間が向かう場所の記号のようにも読める。何かを終えて、大きな街の雑踏に立つ。その心細さと高揚は、バンドの物語を知らない聴き手の人生にも、どこかで重なるはずだ。

断絶した名前の奥で続いていた声

音の面でも、この曲は「次」をはっきり示している。SADSがここで差し出したのは、飾りより衝動を前に出したロックンロールだ。新体制はデビューの時点で音の輪郭をくっきり固めてみせた。

そして、名前が変わっても、声は変わらない。聴き手が見慣れないバンド名をすぐに信じられたいちばんの理由は、マイクの前にあの声の続きがあったことだ。名前の断絶と、声の継続。この曲では、そのふたつが同時に鳴っている。

新しいバンドを名乗るということは、積み上げてきた信用をいったん手放し、ゼロから積み直すということでもある。前のバンドの続きとして甘えることも、まったくの別人を装うこともできたはずだ。SADSはそのどちらでもなく、最初の1枚で自分たちの音を言い切る道を選んだ。

その迷いのなさが、半年という速度と響き合っている。急いで出したのではなく、鳴らしたい音が先にあったから半年で足りた。そう思わせる仕上がりだ。

デビュー曲には、そのバンドが何を大事にするかの優先順位が正直に出る。『TOKYO』の優先順位は明快で、まず衝動、次に物語、飾りは最後だ。だから古びない。流行に寄せた音から古びていくのが常で、衝動を核にした音は歳を取りにくい。

完成形の手前にしかない荒さ

SADSといえば、翌2000年の『忘却の空』を思い浮かべる人が多い。あの曲はバンドの名前を一般層まで届けた代表曲になった。その手前に置かれた『TOKYO』は、いわば、ファンを中心に音楽好きの曲として愛されてきた。広く歌われる代表曲と、始まりを刻んだ起源の曲。役割の違う2曲が並んでいることが、SADSというバンドの物語を立体的にしている。

入口はどちらでもいい。ただ、代表曲から入った人がこのデビュー曲まで遡ってきたとき、バンドの始まりに置かれていたものの正体に少し驚くと思う。ここにあるのは完成形ではなく、デビューの瞬間にしか鳴らせない荒さと切実さだ。初期衝動という言葉がこれほど似合う曲も少ない。

こういう曲は、時間が経つほど聴かれ方が良くなる。物語の続きをいくつか知ったうえで最初のページを開き直す読書に似て、デビュー曲は後から意味が増えていくのだ。

性急さごと愛おしい始まりの音

いま、黒夢の物語とともに清春を振り返るとき、この曲は少し忘れられがちな位置にある。だが、順番を思い出してほしい。沈黙のあと、最初に鳴った音がこれだった。それも、消え入りそうな音ではなく、進む方向を高らかに告げる音だった。

27年前の7月7日、清春は過去を名乗りながら未来へ踏み出すという、離れ業のようなデビューをやってのけた。いまの清春の歌を知っている耳で聴き直すと、この曲の性急さがむしろ愛おしい。終わりから半年で始まりを鳴らした人の、足音のような曲だ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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