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椅子研究家・織田憲嗣が選ぶ、人生をともにする椅子

  • 2026.6.19
ボーエ・モーエンセンの《J18》、ハンス・J・ウェグナーの《チャイナチェア》、オーレ・ヴァンシャーの《ホースシュー チェア》、フィン・ユールの《ウイスキーチェア》

誠実な道具である“椅子”をどう選び、ともにどう生きるか

世界的な椅子研究家として知られる織田憲嗣さんの椅子のコレクションは1450種を超えるという。研究のために体系的に集められた椅子の数々は、近年まで北海道・旭川地域の3ヵ所で保存・管理されてきた。1万1000坪という広大な土地に立つ住まいは、たびたびメディアでも紹介され、まさに「椅子の研究所」と呼ぶにふさわしい場所でもあった。

しかし近年、織田さんは人生の新たな段階として住まいをコンパクトにするため札幌市内の集合住宅に引っ越す決断をした。ならば膨大な椅子のコレクションから、これからの人生をともにするために選ばれた椅子とは一体どんなものだろう。

「ここに持ってきたのは十数脚だけ。限られた空間だから、どうしても使いたいもの、思い出があるものだけに絞りました」

室内に足を踏み入れると、親交のあったというウェグナーの椅子をはじめ、フィン・ユール、ポール・ケアホルムなど北欧を中心とした名作がずらりと並んでいる。

「ウェグナー本人からいただいた《サークルチェア》は展覧会に貸し出していますが、これから戻る予定。リビングにある《パパベアチェア》は、長い間、苦労をともにしてきた妻への贈り物です」

ボーエ・モーエンセンの《J18》、ハンス・J・ウェグナーの《チャイナチェア》、オーレ・ヴァンシャーの《ホースシュー チェア》
曲線が美しいダイニングチェアはすべてデンマークのもの。手前から時計回りに、ボーエ・モーエンセンの《J18》、ハンス・J・ウェグナーの《チャイナチェア》(2脚)、オーレ・ヴァンシャーの《ホースシュー チェア》。
フィン・ユールの《ウイスキーチェア》
織田さんのリビングの一角に佇むのは、1948年製、フィン・ユールの《ウイスキーチェア》。右のアームレストには折り畳み式の真鍮(しんちゅう)のトレーが付いており、ウイスキーグラスが置ける作り。オリジナルは3脚のみ製作されたという。
《パパベアチェア》
《パパベアチェア》。深く、ゆったりした座り心地が魅力。

織田さんの椅子の原点は今から半世紀以上前、髙島屋宣伝部時代に一脚の椅子を手にした経験に遡る。23歳の頃、ル・コルビュジエの《LC4》と出会った。当時の給料は月に4万円台。30万円の《LC4》は、社員割引を使っても決して安い買い物ではなかったが、分割払いで手に入れた。

その後、椅子への情熱は加速する。より自由に働くため、フリーランスに転身。イラストレーターとして活動する傍ら、30代前半に私設の椅子研究室〈CHAIRS〉を立ち上げ、文献、図面、現物の収集を本格化させた。1850年代に〈トーネット〉で作られた椅子以降、近代デザインの作品を体系的に残す。それは個人の趣味をはるかに超えた、研究者としての使命でもあった。

「集めた椅子はすべて同一条件で4方向から撮影しました。毎週日曜日の記録作業には膨大な手間と費用がかかりましたが、なんとか続けてこられたのは、失われてしまうものを残さなければという義務感だけ。また、当時は名作を手に入れやすく、“時代”にも恵まれていたなとつくづく思います」

時は1980年代初頭、北欧ブームが去ったばかりで、イタリアやアメリカでポストモダンが台頭してきた頃。北欧の家具やデザインは一時的に評価を落とし、名作椅子でさえ驚くほど安価で取引されていた。現地を歩き、安宿に泊まり、食費を切り詰めながら椅子を探し続ける日々を過ごした。

「今では美術館級とされる椅子が数万円で手に入ったことも。現地に友人もできて、そのつてでガレージセールやオークションでコツコツと買い集めたんです。その場で払えなかったら頭金だけ置いて、日本に帰ってから振り込む、なんてこともありましたね」

椅子研究家・織田憲嗣 自宅 本棚
タピオ・ヴィルカラのガラスと直筆の絵が描かれたボトル。ハンス・ブンデによるペンギンの木製オブジェなど。1対の人形はカイ・ボイスンの初期の作品、そしてガラスの鳥。

椅子は暮らしと思想、生き方を映し出すもの

椅子は人間に最も近い道具だといわれる。実際に肘、脚、背など、体と同じ部位を持つ家具はほかにない。私たちは歩いている時間以外、ほとんど椅子に支えられて生きている。だから良い椅子が欲しくなるのは、極めて自然な欲求なのだと織田さんは言う。

「“椅子”には2つの意味がある。体を支える道具であるという物理的意味と地位を表す精神的意味。この二重性は洋の東西を問わず共通しています。“チェアマン”という言葉が示す通り、椅子は空間を支配し、存在感を放つ。美しい椅子は彫刻作品に匹敵する造形美を持ち、同時に快適な座り心地を備えていなければなりません」

ゆえに椅子の作り手にとって最も難しい課題となるのは、体形も座り方も千差万別な人間を、同じ構造で支えながら、快適性と壊れない強度の両立を図ること。

「椅子が“小さな建築”と呼ばれる所以(ゆえん)であり、機能性、剛性、審美性、量産性、そのすべてが高い水準で求められる。だからこそ、デザイナーは挑戦したくなる。傑作が生まれると同時に凡作も生まれますが、本当に良いものは残り続け、人々を惹きつけるものです」

オーレ・ヴァンシャーの《コロニアルチェア》
〈ピーター・イェッペセン〉社が1949年に発表したオーレ・ヴァンシャーの《コロニアルチェア》。細く、優美なフレームが特徴。
イングヴェ・エクストロムの《ラミノチェア》
スウェーデンの家具メーカー〈スウェデッセ〉による、ムートン張りの《ラミノチェア》。デザイナーはイングヴェ・エクストロム。
ヘルゲ・ヴェスタゴード・イェンセンの《ラケットチェア》
ヘルゲ・ヴェスタゴード・イェンセンが手がけた《ラケットチェア》。ラケットのようにナイロンガットが張られた稀少なもの。
フィン・ユールの《イージーチェア No.45》
寝室には《イージーチェア No.45》。「彫刻のよう」と評される椅子を作るフィン・ユールは織田さんが特に愛するデザイナーの一人。

使い手もまた、“良いもの”を選ぶ目や品性、感性が問われる。

「僕は椅子は無理をして買いなさいと、みんなに言うんです。3万円のダイニングチェアを買おうとしているなら、その5倍か10倍のものを買いなさいと。そうしたら想定していたものより良質なものを買えるし、選ぶのも慎重になる。無理して手に入れたものだから大事に使おうとも思う。良いものは受け継がれていくから、責任を持って修復されるし、世代を超えて残り、最終的には文化遺産になる。

それに、例えばこの《チャイナチェア》を部屋に置いたら、だらしない格好で座るなんてことをしたくなくなる。本当に良い椅子とは、使う人にふさわしい振る舞いを要求してくるものなんです」

椅子は毎日座るもの。どんな椅子を使うかは日々の積み重ねでもあるから、それ次第で生活の質も変わってくる。暮らしと思想、生き方までを映し出す椅子は最も誠実な道具であり、ともに生きる人生の相棒にもなり得るのだ。

椅子研究家・織田憲嗣 自宅 リビング
リビングには厳選に厳選を重ねて迎え入れられたものばかり。長年かけて収集したものには椅子はもちろん、家具や照明、日用品、オブジェなど隅々にまで美意識が宿る。人生を捧げてきた研究者の情熱がここには凝縮されている。
椅子研究家・織田憲嗣
世界中の名作椅子の数々を長年かけて収集し、研究を続けてきた織田さん。イームズの《アルミナムチェア》は、ウェグナーのスウィベルチェアが展示から返却されるまでのピンチヒッター。

profile

織田憲嗣(椅子研究家)

おだ・のりつぐ/1946年高知県生まれ。東海大学名誉教授。大阪芸術大学卒業後、髙島屋宣伝部にイラストレーター、グラフィックデザイナーとして勤務。その後独立し、デザイン事務所を設立。織田コレクションとして収集した椅子や文献を北海道東川町へ寄贈し、現在、日本国内でデザインミュージアムを設立する構想を推進している。

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