1. トップ
  2. 「HERALBONY Art Prize 2026」。「JINS賞」受賞作家・矢野琴乃が描く圧倒的な生命力

「HERALBONY Art Prize 2026」。「JINS賞」受賞作家・矢野琴乃が描く圧倒的な生命力

  • 2026.6.19
Hearst Owned

6月27日まで、東京・三井住友銀行東館1階のアース・ガーデンには、世界各国・地域から届いた「異彩を放つ作品」が並んでいます。国際アートアワード「HERALBONY Art Prize 2026 Presented by 東京建物|Brillia」の受賞作品展です。その壁面に、見る人の視線を力強く引き寄せる一枚の作品があります。福岡のアーティスト矢野琴乃さんが、大好きな野球選手をモチーフに描いた《パクチちゃん》——鮮烈な色彩と躍動する筆致が、静かな展示空間のなかに驚くほど大きなエネルギーを放っています。

Hearst Owned

<Profile>
矢野琴乃(やのことの)/アーティスト
学校から帰宅後、好きなイラストを繰り返し模写していたことをきっかけに、作品制作を始める。納得のいく線を目指し、時には何度も消しゴムで消しては線を引きなおす。現在は、色鉛筆、アクリル絵具、ポスカなど、多様な画材を用いながら鮮やかな色彩と繊細な線による表現を展開している。今回の受賞作は、好きなスポーツ選手をモチーフとした「人間シリーズ」の一作で、日本人メジャーリーガーが描かれている。

才能が芽吹く舞台「HERALBONY Art Prize」

2026 CORPORATE PRIZE JINS賞。矢野琴乃《パクチちゃん》2025年 Hearst Owned

「異彩を、放て。」を旗印に掲げるクリエイティブカンパニーHERALBONY(ヘラルボニー)は、主に知的障害のある作家たちが生み出した2,000点以上のアートデータのライセンスを管理し、ブランド運営から空間プロデュースまで多彩な事業を手がけています。「支援」ではなく対等なビジネスパートナーとして正当なロイヤリティを支払う仕組みを早くから構築してきました。

鈴木穣蔵

その理念を世界へ広げるべく2024年に創設されたのが「HERALBONY Art Prize」です。プロ・アマ問わず、国籍・年齢も関係なく、障害のある作家であれば誰でも応募できる国際賞として、アーティストのキャリアを切り拓くことを目的としています。3回目を迎えた2026年は77の国と地域から過去最多となる2,943作品が集まりました。そのなかからヘラルボニーのビジョンに賛同するパートナー企業による賞の一つ「JINS賞」に輝いたのが、矢野琴乃さんの作品《パクチちゃん》です。

《パクチちゃん》が生まれるまで——偶然と必然が交わった色彩

鈴木穣蔵

矢野琴乃さんは2002年、福岡市生まれ。現在は就労継続支援B型事業所「JOY倶楽部」のアート部門「アトリエブラヴォ」に所属しています。絵を描き始めたのは高等部の頃のこと。イラストブックをクレヨンで模写したことがきっかけでした。矢野さんは当時をこう振り返ります。「きっかけは、まず紙を選んで、色を塗って、写真を見ながら描こうと思って」。実習を経てアトリエブラヴォに所属した後、その集中力と豊かな表現力が大きく開花しました。

音楽好きでもある矢野さんは、「歌番組が好きなんです。見ながら写真を撮って紙に描きますね」と話します。好きな日本の音楽を聴き、タイトルと歌手名もノートに書き留めるほどの熱の入れようです。今回「JINS賞」に輝いた野球選手をモチーフにした《パクチちゃん》について、好きな選手を尋ねると、「大谷翔平さんが好きです。あとは、ソフトバンクも好きです」と答えてくれました。ボルダリングにも取り組む活動的な一面も持ち、「スポーツはきついけど、楽しいです」と言いながら笑顔を見せました。

《パクチちゃん》のタイトルは、ホームパーティで生春巻きを食べた楽しい記憶から生まれたそうです。「パクチー」が矢野さんにとって楽しい時間や記憶と結びついた特別な野菜であり、絵を描き終えたとき、ちょうどその記憶と緑の背景がふわっと重なったとアトリエブラヴォのスタッフは語ります。

この作品には制作面での大きな転換点が刻まれています。以前の矢野さんは、まっすぐな線を引こうとするこだわりから、鉛筆で描いては消すことを繰り返し、なかなか一枚が完成しない時期がありました。そこでアトリエブラヴォのスタッフが提案したのが、水張りした画用紙にアクリル絵の具で背景を塗り、ボールペンで線画を描き進める「消せない」制作方法です。《パクチちゃん》では、画面の外側から内側へ向かって渦を描くように背景を塗り重ね、その上に豊かな色面で構成した人物像を重ねていきました。背景に広がる独特のグラデーションは、何日もかけて積み上げた痕跡そのものです。

色の選び方にも矢野さんらしいこだわりが光ります。「自分で色を考えてやってるかな」と語る通り、アトリエに揃えられた100色の色鉛筆が25列に並んでおり、1列につき1色を順番に取り出して塗っていく——それが彼女独自のルールです。「まあ大変です。時間がかかりすぎて」と苦笑いしながらも、「楽しく描いています」と続ける表情には充実感があふれていました。制作中は、お兄さんが所属していた高校野球チームの応援歌を聴きながら筆を進めることもあったといいます。その効果を聞くと、「上がりますね。上がって、元気が出て描けます」と力強く答えてくれました。

JINSの眼に映った《パクチちゃん》

橋本美花

JINSは「見る」ことを事業の中心に置くアイウェアカンパニーです。「Magnify Life——まだ見ぬ、ひかりを」をビジョンに掲げ、「HERALBONY Art Prize」には創設当時からパートナーとして関わってきました。店舗でのアート展示や地域の子どもたちを対象にしたワークショップなど、アートを通じて人々の視野を広げる取り組みを重ねています。今回の選定には、社長の田中亮氏を含む複数のメンバーが携わりました。担当者の一人は、最初の作品リストを受け取った段階から《パクチちゃん》が気になって離れられなかったと語ります。「実際に会場で見てみると、決して大きな作品ではありませんでした。でも色が鮮やかでパワーを感じる。何度も『やっぱりこれがいいと思います』と確認し合っていました」。

選定の決め手は複数ありました。まず背景のグラデーションが持つ意味——「中心の長方形が一番薄い色になっている。まだ見えない明かりに向かって進んでいくような気がして」と担当者は語ります。そしてもうひとつは、緻密なフレームに収まっているようでいて、実は描かれた人物が枠を軽やかに超え、今にも動き出しそうなほど躍動する生命感です。なかでも特に印象に残ったのが、正面からこちらを力強く見通すような瞳でした。JINSの審査員評には、次のように記されています。「そこにはJINSが掲げるビジョン『Magnify Life——まだ見ぬ、ひかりを』のように、未来へのポジティブで力強いエネルギーが内包されています」。「矢野さんから話を聞いて、ますますこの作品への思いが強くなりました」と担当者は目を細めました。

アートが日常を彩る——これからのコラボレーション

鈴木穣蔵

受賞を機に、JINSと矢野さんのコラボレーションが動き出す予定です。メガネケースやセリート(メガネ拭き)への作品採用のほか、JINSが展開するコーヒー事業「ONCA COFFEE」のカップデザインへの起用も構想されています。コーヒーは好きかと問われると、「好きです。アイスコーヒーが好きなんですよ」と矢野さんは答えました。カップデザインへの起用も含めて企画が動いていると聞くと、「嬉しいですね。私の大ファンですね?」と笑顔で返す一幕もありました。

さらに、JINS本社ギャラリーでの作品展示とアートセッションも予定されています。社員や来場者の前で作品についてお話しいただけたらと伝えられると、「うわぁ。緊張しますけど、よろしくお願いします」と笑いながらも、その目はしっかりと前を向いていました。

受賞の報告を受けた瞬間、「イェーイ!」とガッツポーズを見せたエピソードは、スタッフの間でも印象深く語られています。今後描いてみたいものを尋ねると、「建物や、スポーツ選手もまた描きたいです。『人間シリーズ』をまた描こうと思ってます」と意欲を見せました。展示を訪れる方へのメッセージを求めると、矢野さんはにっこりとこう答えてくれました。「来てくれたら嬉しいです」。線に向き合った日々の積み重ねが、一枚のキャンバスに宿っています。JINSの審査員が願った通り、《パクチちゃん》は今も人々の日常を鮮やかに彩り、多くの対話を生み出し続けています。受賞作品展は2026年6月27日まで、三井住友銀行東館1階アース・ガーデンにて無料公開中です。

鈴木穣蔵

「HERALBONY Art Prize 2026 Presented by 東京建物|Brillia」展覧会
会期/〜2026年6月27日(土)※会期中無休
会場/三井住友銀行東館 1階アース・ガーデン(東京都千代田区丸の内1-3-2)
開館時間/10:00~18:00
観覧料/無料
URL/artprize.heralbony.jp/news/exhibition2026

元記事で読む
の記事をもっとみる