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韓ドラになった歴史人/『オクニョ』の王様・明宗の本当の最期

  • 2026.6.4

朝鮮王朝の歴代王のなかで、母や外戚の干渉、激しい党派争いに苦しんだ王として知られる第13代王・明宗(ミョンジョン)。

『オクニョ』ではソ・ハジュンが演じているが、『オクニョ』における明宗は、オクニョとの再会を機に、それまで傀儡に甘んじていた母・文定(ムンジョン)大妃に対し、露骨な抵抗の姿勢を強めていく。

オクニョの母の死に文定王后が関与しているという事実を突き止めた明宗は、憤怒とともに母を問い詰めるが、鉄面皮を貫き通す母の態度に絶望し、表面上は謝罪しつつも執拗な牽制を続けることとなった。

その後、自身の意識不明中に文定大妃が独断で政敵を弾圧したことを知ると、明宗は抵抗の最終手段として「譲位(王位を譲る)」を宣言し、その衝撃で文定王后を昏倒させた。

(写真=MBC『オクニョ』)

最終的にはオクニョの協力を得て、長年国を蝕んでいたユン・ウォニョンら小尹(ソユン)派の粛清に成功。母の死と勢力の掃討を経て、明宗はようやく一国の王として自立し、心身の健康を取り戻しながら自身の治世を確立させた‥‥。

以上がドラマ『オクニョ』の結末だが、気になるのは明宗のその後だろう。

1565年、文定大妃が死ぬと、尹元衡(ユン・ウォニョン)一派や鄭蘭貞(チョン・ ナン ジョン)は流刑に処された。明宗は、人材を公平に登用して、国政の安定に努めたのだ。

だが、1567年、志半ばでこの世を去ることになる。まだ33歳だった。

明宗は世継ぎを残せなかったため、王位は明宗の異母兄・徳興大院君(トックンテウォン グン)の三男・河城君(ハソングン)こと、第14代王・宣祖(ソン ジョ)が受け継ぐ。

『オクニョ』でも第25~27話で徳興大院君が登場し、オクニョから「あなたの息子が高い位に就く」と予言されるが、それもまた史実をモチーフにていたわけだ。

文=森下 薫

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