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『オクニョ』悪女の知られざる過去。チョン・ナンジョンはなぜ悪女になったのか

  • 2026.6.3

韓国時代劇『オクニョ 運命の女(ひと)』で妖艶かつ憎たらしいほどの悪役として描かれた鄭蘭貞(チョン・ナンジョン)。彼女は張緑水(チャン・ノクス)、張禧嬪(チャン・ヒビン)と並んで「朝鮮王朝三大悪女」の一人に数えられる実在の人物であり、朝鮮王朝の正史である『朝鮮王朝実録』にも実に20回以上その名が登場する。

彼女はいかにして最下層の身分から権力の座に上り詰め、歴史に名を残すほどの「悪女」となったのだろうか。

『オクニョ』では描かれかったが、鄭蘭貞の生い立ちは非常に過酷なものだった。役人である父と、最下層の身分である奴婢(ぬひ)の母との間に生まれた彼女は、幼い頃から父の第一夫人やその子供たちから酷い虐待を受けて育った。

生まれながらにして奴婢という低い身分を強いられたものの、彼女は頭が良く聡明であり、名前に「蘭」の字が入っているように蘭の花に例えられるほどの際立った美貌の持ち主であった。

底辺の生活から抜け出すため、彼女は自ら妓生(キーセン)となる道を選ぶ。そして宴席の場で強い権力を持つ男性を探し求め、第11代王・中宗(チュンジョン)の三番目の正室である文定(ムンジョン)大妃の弟、尹元衡(ユン・ウォニョン)に目をつけたのだ。

尹元衡の妾となった鄭蘭貞は、1551年には尹元衡の正妻を追い出したのちに毒殺し、見事に自らが正式な妻の座に就くという暴挙に出た。

しかし、彼女の野望は夫の正妻になることだけでは満たされなかった。さらに強大な権力を握るため、文定大妃に深く取り入ったのである。

(写真=MBC『オクニョ』)

当時の文定大妃は、自分の生んだ息子をなんとしても国王にしたいという野望を抱いていたが、すでに中宗の二番目の正室が産んだ息子が世子(国王の跡継ぎ)となっていた。文定大妃の意を汲んだ鄭蘭貞は1527年、世子を脅かす陰謀「灼鼠(しゃくそ)の変」を実行する。世子が子(ね)年生まれであったことから、火で炙ったネズミの死骸を庭の木に吊るし、不幸が訪れることを暗示して脅迫したのだ。さらにこの事件の犯人を、中宗から寵愛を受けていた無実の側室・敬嬪・朴(キョンビン・パク)氏に仕立て上げ、彼女を王宮から追放させることに成功した。

文定大妃と鄭蘭貞のタッグによる悪事はさらにエスカレートする。世子が第12代王・仁宗(インジョン)として即位すると、今度は彼に対する毒殺計画の実行役を鄭蘭貞が担った。

結果的に仁宗は即位わずか8ヶ月で急死し、1545年に文定大妃の息子が第13代王・明宗(ミョンジョン)として即位する。こうして、表向きの権力を文定大妃が握り、陰惨な裏の仕事を鄭蘭貞が実行するという「表の文定大妃、裏の鄭蘭貞」の恐るべき関係が完成したのである。『オクニョ』でもまさにそんな関係が描かれていた。

宮中を支配し絶大な権力を振るった鄭蘭貞だったが、絶対的な後ろ盾であった文定大妃がこの世を去ると運命は急転直下する。権力を完全に失い、かつて尹元衡の前妻を殺害した罪に問われることになったのだ。それでも彼女のプライドは崩れなかった。「人に制裁を受けるくらいなら、みずから死を選ぶ」と言い残し、服毒自殺を遂げたのである。

美貌と知略を武器に這い上がり、血塗られた手段で国政を揺るがした鄭蘭貞。その生涯は、時代劇で語り継がれる「毒婦」の真実を今に伝えている。

文=韓ドラLIFE

 

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