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歌舞伎俳優・尾上辰之助さんインタビュー|襲名公演の幕が開いたいま思うこと

  • 2026.5.23
Ⓒ松竹

歌舞伎座で公演中の「團菊祭五月大歌舞伎」において『寿曽我対面』の曽我五郎と『鬼一法眼三略巻』の奴虎蔵(やっことらぞう)実は源牛若丸で三代目を襲名した尾上辰之助さん。『婦人画報』2026年6月号のインタビューでは、辰之助という名や初代を名のったお祖父さまへの強い憧れを語り、目指すべき明確な目標を示していました。2026年5月3日に初日を迎え、日々アップデートを続けている辰之助さんの“いま”をお届けします。

初日にひとつだけ覚えているのは、強烈な拍手の音

2026年「團菊祭五月大歌舞伎」昼の部『寿曽我対面』曽我五郎。尾上左近改め三代目尾上辰之助。 Ⓒ松竹

―ご襲名おめでとうございます。

ありがとうございます。

―歌舞伎座正面玄関前で、衿に紀尾井町、身頃の下半分に格子柄と辰の字が染め抜かれた半纏を着た劇場スタッフの方を目にし、開演前から三代目辰之助が誕生したのだと実感しました。5月3日の初日はどのようなお気持ちでしたか。

実は初日のことはほとんど覚えていないんです。あまりにも緊張しすぎてしまって……。ひとつだけ強烈に覚えているのは、『対面』の五郎で花道から出ていったときのものすごい拍手です。それは(演技をする際の)きっかけの音も三味線も聞こえないほどで、まったく初めての体験でした。初日はとにかく出の前から幕が閉まるまでずっと緊張し通しでした。

―そうでしたか。客席から観ているだけではわからないことが起こっているのですね。

音が聞こえないので体感で演じているような状況でした。でもそのおかげで「本当にたくさんの方々が応援してくださっているのだ」と実感することができ、背中を押されたように思います。初日が開いてからずっといろいろな方から「辰之助という名が復活してくれて嬉しい」という言葉をいただいていて、それが何より嬉しく心からありがたいです。

―インスタグラムのストーリーズに着到板(※)の写真をアップされていましたね。

はい。なんというか……。自分が辰之助になったという現実以前に、辰之助という名前がいま存在しているということが純粋に嬉しいと思ったんです。
※着到板とは楽屋入口付近にある、出演俳優の名前が書かれた板のこと。楽屋入りをすると自分の名前のところに赤いピンを刺し、出欠状況がひと目でわかる。

憧れの祖父を“真似ない”覚悟

―襲名披露狂言で演じられている役はどちらも初役。回数を重ねるなかで感じていることなどを教えてください。

『対面』の五郎は父(尾上松緑)に習ったのですが、まず稽古に入った段階で少し考えが変わりました。祖父への憧れが強すぎるあまり、どうしてもその真似をしたくなってしまいますが、いまの自分がいきなりそこから入るのには無理があるとわかったからです。

2026年「團菊祭五月大歌舞伎」昼の部『寿曽我対面』曽我五郎。尾上左近改め三代目尾上辰之助。 Ⓒ松竹

―お父様のご指導あってのことなのでしょうね。

はい。ほんの些細なことでも祖父の真似をすると、すぐ父に見抜かれてしまうんです。「真似をすることは大事だけど、いま自分にできるものを全力でやりなさい」と言われました。

―すぐわかってしまう! お父様もかつて通った道ということなのかもしれませんね。

その経験を通して目指しているところは父と一緒なのだということが実感でき、それがとても嬉しかったです。

―頭のなかで思っている理想と自分自身の現実に隔たりがあるのは、日常的に誰しもあることです。

稽古場ではわからない、お客様の前で演じて初めて気づく部分というのは多々あります。そして実際に演じたものを見て、父はもちろんご出演くださっている(中村)萬壽のおにいさん、(五郎の兄・十郎役の)八代目(尾上)菊五郎のおにいさん始め先輩方が日々、気づいたことを具体的におっしゃってくださるんです。与えていただいた課題に一つ一つ取り組んでいくなかで少しずつ冷静になっていきました。いまは基礎的な部分をもっとしっかり勉強しなければという思いが強くなっています。

―憧れに近づくには基礎スキルあってこそ、という根本的な気づきがあったのですね。

はい。父から「五郎は荒事の役だけど二枚目だから変に低い声でがなったりせず、いまの自分が出せるなかでいちばんいい音でやるように」と言われ、それを意識することでやりやすくなりました。どれがいちばんいい音なのか、初日、2日目、3日目と自分なりに声の出し方を変えてみたりもしました。そうした体験を通して祖父や父と自分は持っているもの、柄が違うということを実感として何となく理解しつつあるところです。

―導いてくださる存在あってこそですね。

はい。ありがたいです。『菊畑』の虎蔵にしても、虎蔵のご経験のある(中村)時蔵のおにいさんが、(虎蔵に恋をしている)皆鶴姫として舞台で間近に接するなかで様々に教えてくださいます。そうするとノリ地つまり義太夫に合わせての演技だったり、役の性根的な部分だったりという基本を改めて考え直すことができました。課題をひとつでも多く克服してお客様により楽しんでいただけるものにしなければという思いが強くなりました。

2026年5月「團菊祭五月大歌舞伎」『鬼一法眼三略巻 菊畑』奴虎蔵実は源牛若丸。尾上左近改め三代目尾上辰之助。 Ⓒ松竹

―辰之助襲名という一生に一度の大きな節目に真摯に取り組み、地に足をつけて日々を過ごしていらっしゃる様子が目に浮かびます。

究極、するべきことはいつもの興行と同じなのだと思います。お客様にお見せする舞台のクオリティーを高めることに集中することが基本。祖父が憧れの存在で将来的な目標であることに違いはないのですが、祖父や父をあまり意識せずにいまできる最大限のことをするためにも、今月はその役に伝わる昔からの口伝や、演技の基礎といったものを、精一杯追う月にしようと思いました。

支えてくれる人たちへの思い。父・松緑さんが“後見”をする心強さ

―初日はこれまでにない体験だったというお話でしたが、『対面』では松緑さんが辰之助さんの後見(※)を勤められています。これもまさしく初体験の異例なことですね。
※後見:舞台上で俳優の演技が円滑に進むよう、小道具の受け渡しや衣裳の着付け、早替わりなどを補助する役目。

話を聞いたときはびっくりしました。チラシに父の名が後見として記されているのを見るまでは冗談だと思っていました。ですから「嫌です」と言っていたんです(笑)。

―そうでしたか(笑)。いざ現実となってみるといかがでしょう。

はい。稽古してくれた父がそばについてくれるのですから心強いですしありがたいです。ずっと見られているので緊張もしますけれども。五郎が腰をかける椅子のことを合引(あいびき)というのですが、実はいま舞台で使っている合引は祖父のものなんです。

―そうだったのですか。五郎は初代であるお祖父さまも二代目のお父様も辰之助襲名の舞台で演じられた役、同じ通過儀礼で三代共演となったのですね!

あの合引は一門のお弟子さんたちが襲名のお祝いとしてきれいに修理してプレゼントしてくれたものなんです。

―ご襲名の舞台は代々、ご一門の皆様の思いが結集して成り立っているのですね。辰之助襲名が発表になった時、尾上緑さんがまだ幼い辰之助さんにお化粧をしている楽屋の写真などをアップしたインスタグラムの投稿を思い出しました。

皆さん本当によくしてくれて……。初日近辺はもうカツカツというか精神的に余裕がない状態だったんですけど、それでも何とか自分が舞台に立っていられたのは一門の皆さんのおかげです。準備段階から感じていたことですが、襲名というものはさまざまな立場の本当に多くの方々のおかげで成り立っているのだと思いました。

そのお一人お一人のおかげで自分は辰之助になることができたという現実や責任を重く受け止め、この後を歩んでいかなければと思います。

撮影=八木 淳(シグノ)

おのえたつのすけ〇2006年生まれ。尾上松緑の長男。09年歌舞伎座『音羽嶽だんまり』の稚児音若で初お目見得、14年『倭仮名在原系図 蘭平物狂』の一子繁蔵で三代目尾上左近を名のり初舞台。26年三代目辰之助を襲名。立役、女形それぞれの役で注目を集める存在である。二代目松緑の住居があったことから松緑家を紀尾井町と称する慣習がある。

【歌舞伎座】 團菊祭五月大歌舞伎

『南総里見八犬伝』は坂東巳之助さんと尾上右近さんの立廻りに注目。八代目菊五郎さんは『六歌仙容彩』で平安歌人を五変化で踊り、團十郎さんは家の芸『助六由縁江戸桜』で助六をつとめ團菊祭らしい華やかさ。新・辰之助さんは『助六』に威勢のいい江戸っ子の福山かつぎで出演、くわんぺら門兵衛役の松緑さんとの愉快な場面も。

Hearst Owned

2026年5月3日(日)~27日(水)
(昼の部 11時~、夜の部 16時30分〜)
※11日(月)、19日(火)は休演

【昼の部】『南総里見八犬伝』『六歌仙容彩』『寿曽我対面』
【夜の部】『鬼一法眼三略巻 菊畑』『助六由縁江戸桜』

出演/七代目尾上菊五郎、中村梅玉、尾上松緑、
八代目尾上菊五郎、市川團十郎、坂東巳之助、尾上右近、
左近改め三代目尾上辰之助ほか

料金/5,000円~20,000円
問い合わせ/
チケットホン松竹 tel.0570-000-489(10時〜17時)
公演詳細はこちら

取材・文=清水まり 編集=本田リサ(婦人画報編集部)写真提供=松竹


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