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リナ・バネルジー個展「“You made me leave home…」|アンジェラ・レイノルズが聞く、“家”と身体、アイデンティティ

  • 2026.5.1
PHOTO: AYUMI YAMAMOTO

表参道の中心──ガラスの層が重なり合うその軽やかなファサードを見上げると、最上階に「エスパス ルイ・ヴィトン東京」はある。建築家・青木淳(AS)が設計したこの場所は、都市との関係性そのものを鮮やかに描き出す空間だ。「ビルの上階にあるギャラリー」としての閉じられた空間というよりも、大きく設けられた窓からは、上空へと広がる空とともに、視界には波打つ線を描くような東京のビル群の風景、そして光が入り込み、時間帯や天候によって空間の表情がゆるやかに変化する。

この7階という高さは絶妙で、街を俯瞰しきるほど遠くもなく、かといって通行人と同じ目線でもない。視線は宙に浮かび、作品と都市風景とが同時に知覚されるような感覚に陥っていくのが大きな魅力である。まさにこの場所のためにつくられたと思えるほど、この空間と響き合っているのが、現在開催中のリナ・バネルジーの個展「“You made me leave home...」だ。本展は、エスパス ルイ·ヴィトンの設立20周年、およびフォンダシオン ルイ·ヴィトンの「Hors-les-murs(壁を越えて)」プログラム10周年という2つの節目を記念して開催されている。

エスパス ルイ・ヴィトン東京にて、「“You made me leave home...」展示風景(2026)より。 Photo credits: Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton

1963年インドに生まれ、現在はニューヨークを拠点に活動するリナ・バネルジーは、自身の移動や文化的背景を起点に、ドローイングや彫刻、パフォーマンスなど多様なメディウムを横断しながら、アイデンティティや文化の交差を探究してきたアーティストである。

その開かれた空間に身を置きながら、アンジェラ・レイノルズは、展示が建築と響き合うあり方に思わず感嘆する。その余韻のなかで、バネルジーに話を聞いた。

アンジェラ・レイノルズ(以下AR:今回の展覧会は、エスパス ルイ・ヴィトン東京の軽やかで開かれた空間がとても美しく生かされていますね。ドーム状の大きなインスタレーション作品は、まるで空を漂うクラゲのようにも見えます。このユニークな建築は、今回の作品のヴィジョンにどのような影響を与えたかお聞きできますか?

リナ・バネルジー(以下RB:建築家の青木淳さんは、壁をひらき、光や空、そして下に広がる都市へと通じる空間をつくりました。この空洞、この部屋に、外部とつながっていると感じられる場所に、私たち自身の自然の丸みを持ち込めることは、なんという喜びでしょう。ガスに満ちた惑星や星々からなる拡張する宇宙は、球体であるがゆえに、広がり、手を伸ばしています。物理的な円形は、開かれた状態や創造のメタファーであり、伝達装置でもあります。放射し、円を描く波として広がっていくことは、とても官能的です。天体的なものは、官能的であり、同時にスピリチュアルでもあります。

エスパス ルイ・ヴィトン東京での展示風景(2026)より。本展の核となる《In an unnatural storm a world fertile,...》(2008)は、フォンダシオン ルイ・ヴィトンが初めて公開するインスタレーション作品。 Courtesy of the artist and Fondation Louis Vuitton, Paris. Photo credits: Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton
《Native, migrant naturally》(2018)。エスパス ルイ・ヴィトン東京での展示風景(2026)より。 Courtesy of the artist and Perrotin. Photo credits: Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton

RB:この展示では台座が円形につくられており、彫刻と一体となって動き続けるかのようです中心に置かれた像は、月が軌道を描くように、鑑賞者の動きを受け取りながら、多くのものが引力によって関係し合う場を生み出します。自らを愛することによって、太陽と月の両面をあわせ持つ存在となり、昼と夜を分かち合う──そんな姿を思い描きます。女性たちは昼も夜もそのように存在し、彼女たちが世界に与えてきたもの、世界をつくってきたことのために、この本質的な物語が語られる必要がある。ドーム、子宮、宇宙は、愛と身体をその器として見るために不可欠なものです。

女性の身体とは、究極の孤独な旅人。疲弊しながらも顧みられることのない労働を担い、自らの人生においても過小評価され、支えられてきませんでした。女性は自らの身体を差し出し、私をつくり、あなたをつくり、未来を切りひらき、不信や危険、世界のあいだにある苦味、尊厳を損なわれる経験を橋渡ししながら、純粋で混じりけのない“ケア”を抽出してきました。それにもかかわらず、父権制はそのほんのわずかしか分かち合ってこなかったのです。

AR:リナさんの有機的な彫刻は原初的な感覚を呼び起こし、それはまるで匂いまで感じられそうな気がするほどです。制作のプロセスは主に直感的で身体的なものなのでしょうか。それとも初めから強固な知的な構造に導かれているのでしょうか?

RB:知性と感情的な原初性は、ひとつの“束”として私たちに訪れ、決してほどくことはできません。人間はそのような束であり、植物や動物も同じです。身体は触覚的で、内臓的で、その脆さや未知の世界とのつながりを決して否定することはしません。刺激の往来……それは食べ物のようなものだと思います。

エスパス ルイ・ヴィトン東京にて、リナ・バネルジー(左)とアンジェラ・レイノルズ。 PHOTO: AYUMI YAMAMOTO

AR:作品に付されたタイトルは、それ自体が詩的な旅のようでもありますね。これらの「詩」は制作前に生まれるのでしょうか? あるいは作品と並行して縫い合わされていくような感覚でしょうか。また、言葉とイメージの関係において影響を受けた作家はいますか?

RB:言葉は流動的な経験です。私は言葉を視覚と同じように感じ、両者は互いを探し求めながらともにあります。それらは波打ち、折り重なり、隠れたり恥じらいを帯びたりしながら、コード化されて、時間の感覚をもたらします。意味は、私たちがそれを自分の居場所としていくなかで、ゆっくりと発見されていく。私たちは見ることも、読むことも、聞くこともすぐにできますが、本当に自分に語りかけるものにするためには、経験しなければなりません。やがて、ゆっくりとした思索のなかで作品と知り合っていくのです。

AR:作品には、髪や爪、ツノといった素材が用いられていますが、それらは、ときに「不潔」あるいは「異国的」とされ、「他者」を遠ざけるために使われてきたものでもあります。このようなタブーに向き合うことで、無菌的な現代の基準から生の人間性を取り戻そうとしているようにも感じます。あるいは、私たち自身の死を受け入れるよう、うながされているとも言えるかもしれません。

RB:死後に残る身体の一部や、抜け落ちてしまうもの、また、時間の経過が私たちの存在を侵食していくことへの恐れがあります。でも同時に、これらは私たちが共有しているものを語ってもいる。髪や肌の違いがあっても、それらは誕生、生命、腐敗という循環を担っているのです。そう、私たちの多くが、いずれは白髪になる存在であるように。

AR:リナさんが女性の経験に敬意を払うあり方に、深く心を動かされます。現代文化の搾取的で過度に性的な視線を拒みながら、女性性の複雑さを探求していますね。《In Mute Witness...》のような作品における戦士としての女性像は、カーリーやドゥルガーの守護的なエネルギーを思わせます。これらの女神は、あなたが自らを護るための存在なのでしょうか。あるいは、次世代のための守護の遺産と受け取ることもできそうです。

《In Mute Witness...》(2015/2023)。エスパス ルイ・ヴィトン東京での展示風景(2026)より。 Courtesy of the artist and Perrotin. Photo credits: Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton
夜には異なる表情を見せるエスパス ルイ・ヴィトン東京での展示風景(2026)。 Photo credits: Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton

RB:彼女は戦士であり、守護者。卵や海の生き物の殻のように守るものそのものでもあって、私たちが前へと歩ませる骨であり、ツノのように進むべき方向を示す存在でもある。恐れなさとは、同時に内へと引き寄せる力でもあり、平和という価値を守る殻として立ち現れます。嵐のあと、平穏のなかですべては始まり、育ち、やがて変化していく──。

AR:リナさんはしばしば、ドレーピングや編みなど、いわゆる柔らかな技法を、力強く重厚なイメージと組み合わせています。強さを硬さと同一視する文化のなかで、柔らかさや鮮やかな色彩を社会的な転覆のための手段として意図的に用いているのでしょうか。

RB:ええ。布やその他の素材を感じて理解するプロセスは、それを活性化させること……伸び、呼吸し、光や空気とともに作用するように。これらの作品における抑えられた色は、私にとって自然のなかで風化したもののように感じられます。オレンジの皮の内側にある白く薄い膜のように、内と外を隔てる強い皮膚があり、それは網のようでもあり、私たちの筋肉のあいだにも存在しています。この見えない膜は、色を持ちません。

AR:作品からは、人間存在の“パッチワーク”を受け入れるような深い感覚を受けます。個々人の特異性や矛盾を含めて受け入れ、断片化されたアイデンティティのあいだに橋をかけているように思えます。あなたのアートは、「内なる混沌」をありのままに受け入れるための場をもたしているのでしょうか。

PHOTO: AYUMI YAMAMOTO

RB:真実は私たちの存在の複雑さのなかに隠されていて、それぞれが自分自身の真実として見いだしていくものです。そして、それを守り続けることが大切だと思っています。ひとりの存在を愛し、抱き締めること。その象徴としての「個」が、私たちの共有する真実でもある。それは比喩的に言えば、私たち一人ひとりの痛みや葛藤に応答するひとつのかたちです。あらゆる違いや多様性のなかで、その「ひとり」を呼び覚ましていくこと。

AR:あなたは一貫して二元論に挑戦しています。マイノリティの権利運動によって社会が開かれる一方で、グローバルな右傾化によって再び狭まりつつある現在、このような社会の揺らぎは、あなたの創作にどのように影響していますか?

RB:振り子がある、という考え自体が幻想なのだと思います。実際には何かが行き来しているわけではありません。ただ、私たちは皆それぞれに恐れを抱えている。この世界で私たちは愛や平和、喜びを分かち合い、表現し、愛情を交わしながら、それでもなおそれらを実現しようともがいています。その行為が、恐れの入り込む空白を満たしていくのです。悪は確かに存在する。でもそれは、自然や宇宙が持つ途方もない愛を否定してしまった存在でもある。すべてが取引へと還元され、何も本当の価値を持たない……そんな暗く閉ざされた利己的な場所。それがいま、ひとつの支配的な信念となってしまっているのです。

エスパス ルイ・ヴィトン東京での展示風景(2026)より、2020年から2026年に制作された絵画作品。 Courtesy of the artist and Perrotin. Photo credits: Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton

AR:今回の展覧会タイトルは、ある種の「離脱」を示唆しているように思えます。それは必要な変化へとつながり、その先に喜びや親密さが待っている。物理的であれ象徴的であれ、「幸福な家」から離れることは、個人が本来のかたちへと変化していくうえで必要だと思いますか?

RB:私たちはこれまで、「家」や「家族」を人種やジェンダー、地理といった枠組みのなかで理解してきました。でもそれは、本当の意味での家ではありません。私たちの家は地球であり、本来はこの地球のどこにいても、帰ってきたような感覚や、属しているという感覚を持てるはずなのです。それこそが、平和へと開かれていくための条件でもある。家族を単一のかたちとして捉える考えは、手放さなければなりません。

ディアスポラの感覚で言えば、故郷を離れたとき、かつて機能していた価値観はもはや通用しなくなります。そのとき私たちは個として選び取り、編み直し、自らの意思でつくり、形づくっていくことになる。新しい家族へと向かいながら、山や川、動物や植物も含んだこの地球全体へと開かれていく。そのプロセスのなかで、「家」はつくられていくのだと思います。

RINA BANERJEE
リナ・バネルジー:
1963年、インドのコルカタ生まれ。現在ニューヨークを拠点に活動。幼少期に渡米し、多文化的な背景を礎に創作を展開してきた。ケース・ウェスタン・リザーブ大学で高分子工学を学んだ経験は、素材への独自の視点として作品にも反映されている。1995年にイェール大学で修士号を取得後、ホイットニー・ビエンナーレなどを機に国際的に評価を確立。ヴェネチア・ビエンナーレなどの国際展にも多数参加し、作品は世界各地の美術館に収蔵されている。インスタグラム: @rina.banerjee

ANGELA REYNOLDS
アンジェラ・レイノルズ: 東京出身。10代からモデルのキャリアをスタートし雑誌やCMなどで活躍後、ロンドンに拠点を移す。帰国後の2006年からジャーナリストとして活動。現在はモデル活動と並行して、ペロタン東京のディレクターとして多くの展覧会に携わる。インスタグラム: @angelarey__

会期:〜2026年9月13日
会場:エスパス ルイ・ヴィトン東京(東京都渋谷区神宮前5-7-5 ルイ・ヴィトン表参道ビル 7F)

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