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なぜ人は猫になりたがるのか

  • 2026.6.5

猫にまつわる著書を多数執筆している、精神科医で作家の春日武彦さん。そんな春日さんが考える、人が猫になりたい理由。

photo: Satoko Imazu / text: Hikari Torisawa

猫
BRUTUS

文・春日武彦(精神科医、作家)
かすが・たけひこ/1951年京都府生まれ。猫との暮らし、猫にまつわる記憶や文芸作品などについて綴る『猫と偶然』、末井昭との共著『猫コンプレックス母コンプレックス』など著書多数。近著に『自殺帳』。

生まれ変われるとしたら、猫になりたい。ただし野良猫生活はつらい。リッチな人に飼われたいが、あまり干渉してくるようなタイプはごめんだ。家には絵や本がたくさんあって、飼い主は内向的な方が望ましい。写真の被写体になるのは、やぶさかではない。

などと勝手なことを思い描きたくなる。一方猫は、おそらく人間に生まれ変わりたいとは望んでいないだろう。少なくとも我が家の猫は、当方の日々の暮らしぶりを眺めて「ヒトとして生きるなんて、ろくなもんじゃない」と考えているはずだ。

猫になりたいなどと気安く言うものの、それは実現が(ほぼ)不可能だとわかっているからだ。それどころか、猫になるのには少し腰が引ける。

なるほど猫には優美であるとか幼い子供に似た可愛らしさがあるとか、妙に人間的な振る舞いをするとか、好奇心満々とか、愛すべき身勝手さを全開にするとか、そういった親しみやすくわかりやすい側面がある。いかにもマイペースを貫き、のんびりと自由を満喫しているようにも見える。

だがその反対の側面もある。例えば、猫は眠ってばかりいる。起きている時間の方が短い。となれば、猫にとっての本来の世界は睡眠の中にあり、わたしたちと共有しているこの日常こそが猫にとっての儚(はかな)い夢に相当するのではないか。この疑惑は、わたしたちの存在そのものを危うくする。

時には世間のあらゆる常識や思い込みをまったく無視するような超然とした態度を示すし、孤高としか表現のしようがない姿を垣間見せることがある。無限とか果てしなさとか根源とか、そのように眩暈を起こさせかねない極限的なものに愛着があるようだ。しかしそれって、よほど精神がタフでなければ大変だろう。

あるいは、懐かしさや寂しさといった切なくなるような雰囲気を時折発散させるくせに、そうしたものを自覚しているようには見えない。猫はよるべのない気持ちや、取り返しのつかない悲しみを理解できるのだろうか。過去や未来の区別がついているのだろうか。彼らなりの死生観を持っているのだろうか。

こんな具合にどこか不穏で不可思議な性状とは、いったい何なのだろう。

猫
ソファにゴロリ。爪を研いだり遊んだり、本を読む春日武彦さんの隣で静かな時間を分け合ったりして日々を過ごすねごと。

個人的には、どうも猫は終わりのない反復とか、円環構造とか、そういったある種の永遠との親和性が高いように思えてならない。時間感覚や現実の理解なんてまるでヒトと違うのだろう。無意味であることを恐れないのだろう。

だからこそ、目の前の事象に汲々(きゅうきゅう)とするわたしたちは猫の前で困惑する。あるいは憧憬に駆られる。何度か生まれ変わると最後には猫になれるとか、そういった言い伝えもおそらく永遠性と猫との相性の良さに根ざしているのではないか。

循環小数や円周率、雲の切れ間から真っすぐに光線が射し込む「天使のはしご」、古代の遺跡から発見された奇怪な未解読文字、絶滅した生物、秒速15kmでひたすら地球から遠ざかり真っ暗な宇宙を進んでいくボイジャー1号および2号、不老不死、輪廻転生──そのようなものをわたしは「永遠」という言葉から連想するが、それらは数学的なものや美に属するもの、情緒に訴えるもの、オカルトめいたものまでさまざまだ。永遠は高度な抽象性と下世話で通俗的な感覚の双方を孕んでいる。するとそれはすなわち猫的ということではないのか。

気ままで自由で自分自身がアートになれるようなことを期待して猫になりたいと思う。ところが猫になったら永遠だの無限だの転生だの、わたしたちの精神力では追いつけないような内面生活が待ち受けているような気がするのだ。これは結構ハードそうだ。いや、むしろ恐ろしい。

猫になりたい、と言いたくなる。でもそれは猫の着ぐるみを被って、猫ごっこをしたいだけだ。うっかり着ぐるみの内側を覗き込んだら虚空や宇宙が広がっていた、なんて目に遭いかねない。そんな怖さを見越しつつ、わたしたちは猫になるというロマンをつい抱きたくなる。なろうと思えばなれるものになど、わたしたちは憧れないのだ。

猫
三重県・本楽寺の境内から東京に越して7年目。「ねごと」と名を与えられ、春日家のひとりっ子生活を満喫している。
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