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実は波乱だらけのモナコ国王夫妻。アルベール2世大公とシャルレーヌ公妃の関係タイムライン

  • 2026.4.8
Pascal Le Segretain / Getty Images

最近、マスコミに登場することが増えているモナコ公国のアルベール2世大公とシャルレーヌ公妃。毎年恒例の薔薇の舞踏会で2ショットを披露したり、一緒にローマ教皇を迎えたりと仲睦まじい様子を見せている。とはいえこの2人、ロイヤル界きっての波乱万丈カップル。出会って以来、山あり谷ありなのである。そこで今回は2人の関係をプレイバック。今の幸せ(に見える)な状況が簡単に手に入ったわけではないことが改めてわかるはず。(肩書きは現在のものに統一しています)

Gallo Images / Getty Images

2000年

プールサイドで始まった恋

シャルレーヌ公妃は南アフリカ出身。独身時代は競泳選手として活躍していた。一見接点のないアルベール大公と公妃を引き合わせたのは、2000年にモナコで開催された水泳のヨーロッパグランプリ、「マレ・ノストラム」だった。その直前に開催されたシドニーオリンピックにも背泳で出場、5位に入賞した公妃はこの大会で金メダルを獲得。才色兼備の彼女に大公も惹かれたよう。ちなみに大公もボブスレーで冬季オリンピックに出場した経験をもつ。同じアスリートとして意気投合、その後交際を始めたと見られている。

Michel Dufour / Getty Images

2005年

隠し子騒動は結婚前から始まっていた

かつてはプレイボーイとして有名だった大公。2003年に恋人で客室乗務員のニコール・コステが男の子アレクサンドルを出産、大公の子どもだと主張した。大公はずっと否定し続けてきたが、2年後の2005年に自分の子どもだと認めた。ニコールが赤ちゃんをみごもったとき、大公と公妃が付き合い始めていたかどうかは定かではないが、認知した2005年にはすでに交際を始めていたと見られている。公妃の心中は複雑だったはず。

Pascal Le Segretain / Getty Images

2005年11月

アルベールの父レーニエ大公が死去。11月にアルベール2世大公が即位する。

George Pimentel / Getty Images

2006年

大公、2度目の隠し子認知

アルベールはアレクサンドルよりも前にも隠し子騒動を起こしている。1992年、交際していたウェイトレスが自分の生んだ女の子、ジャズミン・グレースの父親はアルベールだと主張したのだ。アルベールは彼女の訴えを否定していたが、ついに2006年に自分が父親だと認める声明を発表した。その後、大公はアレクサンドルともジャズミン・グレースとも円満な親子関係を築いている。ちなみにジャズミン・グレースはモナコのロイヤルファミリーの姓、グリマルディを名乗り、ハリウッドで女優として活躍している。

Pascal Le Segretain / Getty Images

2006年2月

オリンピックで交際宣言

この数年前から交際報道が出ていたアルベールとシャルレーヌ。イタリアのトリノで開催された冬季オリンピックの開会式に揃って出席、関係を公に認めた。

Pool Interagences / Getty Images

2010年6月

一見、ロマンティックな婚約発表

2010年に入ってから、婚約秒読み報道がヒートアップしていた2人。6月23日に婚約を発表した。報道によると大公は公妃の父マイケルに電話をかけ、結婚の承諾を取ったという。ロマンティックなエピソードがロイヤルファンをときめかせた。

Pascal Le Segretain / Getty Images

2011年7月

挙式直前に3度目の隠し子騒動、公妃に逃亡説も

しかし2人の関係はロマンティック一色とはいかなかった。結婚式直前に新たな隠し子疑惑が浮上したのである。報道によると少なくとも1人の女性が大公の子どもを生んだと主張、大公にDNAテストを求めていた。子どもの年齢は明らかにされなかったものの、大公が公妃と付き合い始めてからできた子どもだと囁かれていた。公妃はこの報道に動揺。結婚に対する気持ちが揺らぎ、モナコからの逃亡を3回も試みたと言われている。

Gareth Cattermole / Getty Images

花嫁、ウェディングドレスで涙

公妃が納得したのか、それとも諦めたのかは定かではないが、2人は予定通り7月1日に民事婚の手続きを行って夫婦に。翌2日には宗教上の結婚式が盛大に行われた。結婚式の最中、公妃が涙を押さえるシーンをカメラがキャッチしたことから、ロイヤルファンやマスコミからは「やはり大公とは結婚したくなかったのではないか」「仕方なく仮面結婚するのではないか」という見方が浮上した。のちに公妃は「他の花嫁たちと同じように感情的になっただけ」と説明、噂を一蹴した。

Pascal Le Segretain / Getty Images

2014年12月

双子が誕生、絵に描いたような幸せ一家に

公妃が双子のガブリエラ公女とジャック公子を出産した。2人はベビーをそれぞれ抱っこしてバルコニーに登場、国民からの祝福に手を振って答えた。また翌年5月には双子の洗礼式を執り行い、幸せいっぱいなファミリーショットを披露した(写真)。ちなみに生まれたのはガブリエラ公女の方が先。でもモナコの公室典範では男子優先なのでジャック公子の王位継承順位が1位、ガブリエラ公女は2位となる。

SC Pool - Corbis / Getty Images

2020年12月

新たな隠し子疑惑、そしてモヒカン刈り

その後しばらく平和な時間が流れていたが、2020年12月に大波乱がモナコ公室を襲った。あるブラジル人女性が大公の子どもを出産したと主張、法的に認めるように裁判を起こしたのである。ちなみに女性が妊娠し、子どもが生まれたのは大公が公妃と交際を始めてからである。大公の弁護士は女性の主張を完全に否定、「でっちあげだ」と主張した。

SC Pool - Corbis / Getty Images

この直後、公妃はヘアスタイルをチェンジ。いくらロイヤル界きっての美貌の持ち主で、これまでも時にユニークなヘアスタイルを披露してきた公妃でもこのモヒカンは大胆すぎ。大公の隠し子騒動に対して、何らかの心境の変化があった表れだと見られている。

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2021年5月

南アフリカに行ったきり、帰ってこない公妃に国民騒然

1月、聖デヴォート祭に大公と一緒に出席した公妃。コロナ禍だからマスクは仕方がないものの、公妃はサングラスもつけて式典に。当然、表情を覆い隠したかったのではないかと囁く声が浮上した。

そして5月、公妃は人道支援活動のために故郷の南アフリカに帰国した。しかし現地で耳鼻咽喉の感染症に罹患。気圧の問題から飛行機に乗ることができず、モナコに帰国できないことを発表した。現地で手術を受け、治療すると説明したが、当然マスコミやロイヤルファンは深読み。前年末に起きた隠し子騒動のせいで結婚生活が危機に瀕しているのではないかと噂された。

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2021年7月

離れ離れで結婚10周年を迎える

結婚10周年を迎えた夫妻。しかし公妃は依然として療養のため南アフリカに留まっていた。そのため結婚記念日は離れ離れで過ごすことに。大公が頻繁に子どもたちを連れて南アフリカを訪問、公妃を見舞うこともなかった。世界がコロナ禍の真っ只中で旅行が制限されていたことが一因なのだが、このせいで結婚危機説がますますヒートアップすることに。

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2021年11月

モナコに帰国、しかしすぐに国外へ

公妃は11月初めにようやく南アフリカからモナコへ。医者の許可を得て帰国したのだが、すぐに家族の元を離れ、国外の医療施設入ったことが明らかに。11月19日のモナコの建国記念式典にも公妃の姿はなかった。大公は、公妃が精神的身体的に疲労していると説明。その治療のために入院したと公にした

建国記念式典で大公は、ジャック公子とガブリエラ公女と共にバルコニーに登場。子どもたちは「ママ、愛してる」「ママに会えなくて寂しい」と書いた紙を掲げて、公妃にメッセージを伝えていた。ちなみにこのメッセージは賛否両論。「子どもがこんなことを考えつくわけがない。大公が子どもたちにやらせたに違いない」「子どもたちを使って大公が公妃にプレッシャーをかけている」という見方が浮上、大公のモラハラ気質を物語っているという意見も出てきたほど。

Stephane Cardinale - Corbis / Getty Images

2022年3月

公妃が公務に復活

公妃は春にようやくモナコに帰国。6月頃から公務も再開した。現地の新聞のインタビューで「健康状態は不安定でまだあまり急ぎたくない」とコメントしつつ「モナコに戻り、家族と過ごせるのをとても嬉しく思う」とも。この頃一部のヨーロッパマスコミは、大公が公妃に対し結婚生活を続ける代償として年間1,200万ユーロ(約16.3億円)の報酬を支払っていると報じていた。インタビューでの公妃のコメントは、そういった報道を払拭するためだったのではないかと見られている。

Marc Piasecki / Getty Images

2022年10月

元気になったのはいいけれど不仲説も再浮上

公妃が約4年ぶりにパリのファッションウィークを訪問。「アクリス」のショーをフロントローで鑑賞しているところを目撃された。元気な姿にロイヤルファンからは安堵の声も上がったが、単独で姿を見せたことから大公との不仲説も再浮上。

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2022年12月

クリスマスを使って円満ぶりをアピール

それを払拭する必要に気がついたのか、クリスマスシーズンは徹底して家族行動。一家揃ってクリスマスイベントに出席、円満ぶりをアピールした。

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2023年1月

この距離感はソーシャルディスタンス?

年の初めに大公が新型コロナに感染するという事件は起きたものの、毎年1月に行われる聖デヴォート祭には一家でバルコニーに登場した。この距離感から離婚秒読み説も再燃したが、王室関係者は3月、この噂を否定した。

Karwai Tang / Getty Images

2023年5月

国際舞台で円満カップルを演じる?

その年の5月には夫妻揃って英国へ。大公と仲のいいチャールズ国王の戴冠式に出席した。

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2023年夏

結婚12周年を揃って過ごす?

7月に結婚12周年を迎えた夫妻。王室のインスタグラムには「結婚記念日おめでとう」とシンプルなメッセージが投稿された。夫妻が平穏に記念日を過ごしたことを王室が匂わせたと見られている。夫妻の関係はようやく落ち着きを取り戻したかのように見えた。

SC Pool - Corbis / Getty Images

別居報道が浮上

しかし8月に、またしても新たな報道が。一部のヨーロッパマスコミが大公と公妃の別居を報じた。それによると大公はこれまで通りモナコで子どもたちと生活。公妃はスイスで1人暮らしをしているという。そしてイベントのときだけモナコに帰国、大公と2ショットを披露しているとも。公妃はこの報道が浮上した直後にインスタグラムのアカウントを突如削除、マスコミを騒がせた。公室は別居報道やアカウント削除について沈黙をキープ。何もコメントしなかった。

Jean Catuffe / Getty Images

2023年10月

貴重なハグシーンで良好な関係をアピール

夏には、大公が婚外子のアレクサンドルの誕生日パーティーに出席していたこともSNSから発覚。国内外のロイヤルファンから公妃に対する同情の声が上がった。公妃は何も反応していなかったが、秋に入ると夫との仲の良さをアピールするかのようにラグビーのワールドカップを揃って観戦。公の場所で珍しくハグシーンを披露した。昨年欠席した11月の建国記念日の行事にも出席。夫婦揃ってバルコミーに登場した。

PLS Pool / Getty Images

2024年

不仲説を夫婦揃って全力否定か

2024年に入り、夫妻は積極的に公の場所で2ショットを披露するように。まるで不仲説を躍起になって払拭しているようだと一部のマスコミは勘繰っていた。円満アピールは1年を通して続き、4月には公妃が珍しく婚約指輪をつけて公の場所に登場。クリスマスにも揃ってイベントに出席していた。

SC Pool - Corbis / Getty Images

2025年

平穏な1年か、嵐の前の静けさか

2025年は妃が体調を崩すこともなく、子どもたちもすくすく成長。例年以上に数々のイベントに一家揃って出席していた。除幕式やクリスマスツリーの点灯式で大役を果たす子どもたちの姿を夫婦で見守った。一部のヨーロッパマスコミからは「嵐の前の静けさ」とからかう声も。2026年にはまた大波乱が起きるのではないかと推測するロイヤルファンもいる。

Stephane Cardinale - Corbis / Getty Images

2026年3月

ローマ教皇レオ14世がモナコを訪問。夫妻は揃って出迎え、歓迎のレセプションを開催した。ちなみにモナコ公室は敬虔なカトリック信者として知られているが、教皇が同国を訪問するのは1538年のパウルス3世教皇以来初めて。モナコにとって大切な1日を夫妻仲良く歴史に刻めてなにより。大公や公妃もそう思っているかも。

Pascal Le Segretain / Getty Images

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