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軽く頭をぶつけた70代男性→1ヶ月後、急に物忘れがひどくなり…「ちょっとした衝撃」のはずが、脳で起きていた“恐ろしい変化”

  • 2026.3.29
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出典元:photoAC(※画像はイメージです)

皆様こんにちは。日々手術室で患者さんの命を守る麻酔科医の松岡です。

「お父さん、急に物忘れがひどくなった?」

Fさん(70代)のご家族は、父の変化に戸惑っていました。何度も同じことを聞き、たまに片足が引きずるようにもつれています。「ついに認知症かな、歳のせいだから」とショックを受けつつ、半ば諦めていました。

実はFさんは、1ヶ月前に鴨居に軽く頭をぶつけていました。コブもできず本人さえも忘れていたこの「軽い衝撃」が、後に家族を絶望させる症状の引き金だったのです。

今回は「急な認知機能低下の裏に隠れた、手術で治る病気」について解説します。

軽い打撲はじわじわと「脳を圧迫する血の塊(慢性硬膜下血腫)」へ

高齢者にとって家の中での軽い打撲は日常茶飯事です。気づいたら内出血が、ということもありますね。

いちいち気に病まない方がほとんどですが、コブすらできない衝撃が、脳の周囲で恐ろしい変化を引き起こすことがあります。

人間の頭部を「ゆで卵」に例えてみましょう。頭蓋骨が「硬い殻」、脳を包む硬膜が「殻の内側の薄皮」、脳そのものが「白身」にあたります。

【「ゆで卵」でわかる、軽い打撲が認知症を招くメカニズム】
・高齢になると脳(白身)が少し縮み、脳を包む硬膜(薄皮)との間に隙間ができる(古いゆで卵と同じ状態)
・頭を軽くぶつけると隙間で脳が大きく揺れ、膜と脳をつなぐ細い静脈が引きちぎられる
・外側に傷はなくても、薄皮と白身の間に微量の出血がじわじわと溜まり続ける
・1〜2ヶ月かけて血の塊(血腫)が大きくなり、内側の脳(白身)を強く押しつぶす
・圧迫された場所に応じて、認知機能の低下や歩行障害が現れる(慢性硬膜下血腫)

「歳のせい」と諦める前に疑うべき理由

高齢の家族の認知機能の低下を、「高齢だから仕方ない」と納得させてしまうのはご家族として自然な心理です。あるいは、一方で、「認知症」と診断されるのが怖くて様子を見てしまうお気持ちは痛いほど分かります。

しかし慢性硬膜下血腫は、医学界のガイドラインでも「治療可能な認知症(Treatable Dementia)」として明確に位置づけられています。適切な治療で「治る」という点が、一般的な認知症との決定的な違いです。

厄介なのは、本人が頭をぶつけたこと自体を忘れている点です。傷もないため、誰も打撲と結びつけられません。特に脳梗塞などの予防で抗凝固薬(血液をサラサラにする薬)を飲まれている方は、軽微な衝撃でも出血が止まりにくく、リスクが跳ね上がります。「歳のせい」と放置するのは、以前の元気な姿に戻れる貴重なチャンスを逃すことになりかねません。

手遅れになる前に、確認すべき3つのサイン

その症状が年齢によるものか、脳が血で圧迫されているサインかは以下で見分けられます。

1.症状が「ここ1〜2ヶ月で急激に」進行した

一般的な認知症は年単位で緩やかに進行します。月単位での急激な物忘れは慢性硬膜下血腫を強く疑うサインです。

2.片足を引きずって歩く、やたらと転ぶようになった

血腫が脳の片側を圧迫するため、単なる老化のすり足とは異なり「片側の手足に力が入りにくい(軽度の片麻痺)」といった左右差のある歩行障害が現れます。

3.最近急にトイレの失敗(尿失禁)が増えた

大きくなった血腫が前頭葉を圧迫し、認知機能低下や歩行障害に加えて急激に尿失禁が現れることがあります。

まとめ

頭を軽くぶつけたことを忘れてしまうのも、異変を歳のせいと思うのもよくあることです。ご家族が受診を先延ばしにしたことも決して特別なことではありません。頭の画像検査結果を見て、「こんなことになっていたなんて・・」と言われることがほとんどです。

慢性硬膜下血腫は、局所麻酔の簡単な手術で血を抜けば劇的に症状が改善する可能性が高い病気です。
お心当たりがある場合は、お近くの「脳神経外科」の診察予約を取ってみましょう。受診の際は必ず「お薬手帳」を持参し、血液をサラサラにする薬を飲んでいるか医師に伝えてください。その小さな行動が、ご家族の元気な毎日を取り戻すきっかけになるかもしれません。


監修者・執筆:松岡 雄治

総合病院や大学病院、小児専門医療機関での勤務を通じて、幅広い診療科の周術期管理に従事。現在は急性期病院の麻酔科医として最前線の医療に携わっている。専門医としての高度な医学的知見を活かし、医療・健康・美容分野でのコラム執筆や医学論文の解説などを幅広く手掛ける。医療AI技術開発プロジェクトへの参画など多岐にわたる実績を持ち、読者に寄り添った分かりやすい医療解説に定評がある。保有資格は麻酔科専門医、睡眠コンサルタント、睡眠検定1級など。