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運動により「がんリスクが下がる」仕組みを解明

  • 2025.12.11
Credit: canva

健康のために「運動は大切」と誰もが知っています。

特に、定期的な運動ががんのリスクを減らすことは、これまでの多くの研究で示されてきました。

しかし、なぜ走ったり筋トレすることが、体内の「がん細胞」という厄介な存在を抑え込めるのか?

その具体的な仕組みは、長年の大きな謎でした。

そんな中、米イェール大学(YU)の研究チームがマウスを使った最新研究で、この「運動とがん予防」をつなぐ驚くほどシンプルで、かつ劇的なメカニズムを解明しました。

その答えは、私たちの体内で行われている「グルコース(ブドウ糖)」をめぐる熾烈なエネルギーの奪い合いにあったようです。

研究の詳細は2025年12月1日付で科学雑誌『PNAS』に掲載されています。

目次

  • 運動が引き起こす「エネルギーの方向転換」
  • がん細胞を「成長停止」に追い込む分子の戦い

運動が引き起こす「エネルギーの方向転換」

これまで、がん細胞は「エネルギーの暴食家」として知られていました。

通常の細胞よりもはるかに多くのグルコース(ブドウ糖)を取り込み、それを燃料にして猛烈なスピードで増殖していきます。

例えるなら、グルコースはがん細胞にとっての最上級のガソリンのようなものです。

この研究では、乳がんや悪性黒色腫の腫瘍を持つマウスを使い、運動するグループ運動しないグループに分けて、体内の代謝を詳細に追跡。

その結果、ある決定的な違いが明らかになりました。

それは、運動が「グルコースの輸送ルート」を強制的に変更していたという事実です。

筋肉 VS がん細胞:勝者は運動した筋肉

運動をすると、私たちの骨格筋(普段動かしている筋肉)は、すぐに大量のエネルギー(グルコース)を必要とします。

研究者たちが分子トレーサーを使ってグルコースがどこへ向かうかを追跡したところ、運動を続けたマウスの体内では、グルコースが次のような方向転換を起こしていました。

つまり、運動は体内のエネルギー需要のバランスを劇的に変え、腫瘍細胞が使うはずだったグルコースを、筋肉細胞が横取りするような状態を作り出していたのです。

このエネルギーの奪い合いの結果、運動グループのマウスは、運動しなかったマウスに比べて、腫瘍のサイズが大幅に(最大で約60%)縮小していました。

これはエネルギー源を絶たれたがん細胞が、増殖できず、いわば「飢餓状態」に陥ったことを示しています。

がん細胞を「成長停止」に追い込む分子の戦い

運動の効果は、エネルギーの奪い合いだけに留まりませんでした。

チームが、運動したマウスの腫瘍と、しなかったマウスの腫瘍の遺伝子レベルでの変化を分析したところ、驚くべき現象が確認されます。

運動によって腫瘍内の「mTOR」というタンパク質のシグナル伝達が大きく抑制されていたのです。

成長を制限するスイッチ「mTOR」

mTOR(エムトア)は、細胞の成長、増殖、生存を制御する、細胞内の非常に重要なマスターキーのような役割を持つタンパク質です。

通常、がん細胞はmTORのシグナルを常にオンにして、自分自身の無限の増殖を促しています。

しかし、運動によってエネルギー源であるグルコースが枯渇しそうになると、腫瘍細胞は極度の「高ストレス生存モード」に突入します。

このストレスが、mTORの活動を強制的にシャットダウンさせていたのです。

これは「運動がグルコースを奪い取るだけでなく、がん細胞の成長のスイッチそのものをオフにする」という、二重の攻撃を仕掛けていたことを意味します。

さらに重要な点として、この運動によるグルコースの再分配と腫瘍成長の抑制効果は、乳がんだけでなく悪性黒色腫のモデルでも確認されました。

これは、運動の恩恵が特定のがん種に限定されるのではなく、多くの種類のがんに対して有効である可能性を示唆しています。

また「運動前のフィットネスレベル(体力)」が高いマウスは、腫瘍を移植された後でもより腫瘍の成長が遅いことも示されており、運動による恩恵は「普段からどれだけ体を動かしているか」に強く依存していることがわかりました。

今回の研究は、運動ががんリスクを低下させる仕組みが、私たちが想像していたよりもずっと直接的で、そして代謝的な戦いの結果であることを示しました。

運動は、体内のエネルギー供給ルートを再構築し、猛威を振るうがん細胞の燃料を、最も身近で健全な組織である「筋肉」に供給することで、がん細胞を飢餓に追い込んでいたのです。

もちろん、がんは複雑な疾患であり、「ジムに行くだけでがんが治る」という単純な話ではありません。

しかし、この研究は、運動ががん予防における極めて強力な武器であり、治療が難しい患者さんに対する新たな治療法のヒントになる可能性を秘めていることを証明しています。

参考文献

Study Reveals Surprisingly Obvious Reason Why Exercise Reduces Cancer Risk
https://www.sciencealert.com/study-reveals-surprisingly-obvious-reason-why-exercise-reduces-cancer-risk

元論文

Precancer exercise capacity and metabolism during tumor development coordinate the skeletal muscle–tumor metabolic competition
https://doi.org/10.1073/pnas.2508707122

ライター

千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。

編集者

ナゾロジー 編集部

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