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“1番の問題作”として浮上した冬ドラマ プライムタイムらしくない“攻めた演出”と反応が分かれる主人公

  • 2026.1.22

2026年に入り、冬クールの新作ドラマが出揃いつつあるが、一番の問題作となりそうなのが『冬のなんかさ、春のなんかね』である。
杉咲花が主演を務め、今泉力哉が脚本・監督を務める本作は、民放のプライムタイムで放送されている連続ドラマとは思えない攻めた内容となっており、放送終了後に激しい賛否が巻き起こっている。

※以下本文は放送内容が含まれます。

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杉咲花 (C)SANKEI

物語は2025年1月のコインランドリーから始まる。小説家の土田文菜(杉咲花)が、考えを整理するためにノートに言葉を書きながらスマホのイヤホンで音楽を聴き、洗濯が終わるのを待っていると、一人の男が入ってくる。男は、文菜のイヤホンから音漏れしていることを伝える。
その後、自分も彼女が聴いていたTHEE MICHELLE GUN ELEPHANTが好きだと言う。男の名前は佐伯ゆきお(成田凌)。職業は美容師で、店の洗濯機が壊れたため、大量のタオルを洗濯するためコインランドリーに来たと言う。
二人はイヤホンをめぐって細かい会話をした後、文菜はイヤホンを外し、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTの『blue nylon shirts (from bathroom)』をスマホから直接流して二人で聴く。
曲が流れる中、画面はコインランドリーの様子を外から映した映像に変わり、『冬のなんかさ、春のなんかね』というタイトルが表示される。真夜中のコインランドリーで二人の男女がとりとめのないやりとりをしている姿を映した後、タイトルが表示されるタイミングが実に鮮やかだ。
そして、タイトル表示が終わると、舞台は切り替わる。二人はコインランドリーを出て、車でどこかへ向かっている。どうやら二人はゆきおの美容室に向かったようで、その後も文菜はゆきおの部屋へと向かう、距離の詰め方が極端な文菜を怖いと思いながらも、ゆきおは彼女に惚れてしまい、すぐに二人は付き合うこととなる。

他人の日常をのぞき見しているようなドラマ

わかりやすい台詞やはっきりとした感情表現がなく、日常生活の延長上にあるようなぼそぼそと喋る自然なやりとりが続くため、ドラマというよりはドキュメンタリーのような感じで物語は進んでいく。
これは『愛がなんだ』などの今泉力哉監督の映画に共通する映像のトーンだが、これを水曜ドラマ(日本テレビ系水曜夜10時枠)というプライムタイムの連続ドラマで堂々と展開したことに驚いた。
一方、杉咲花の演技は、映画『市子』や連続ドラマ『アンメット ある脳外科医の日記』といった近年の作品で見せた日常のやりとりをそのまま演技に落とし込んだかのような自然なお芝居となっている。 今泉力哉の演出と杉咲花の演技は相性が良く、相乗効果で両者の魅力がより際立っている。
その結果、ドラマを観ているというよりは文菜の日常をすぐ隣でのぞき見しているかのような気持ちになってくる。ただ、こういった自然な芝居のやりとりは初見こそ驚くが、慣れてくると次第に退屈なものへと変わっていく。
だから序盤は良くても、1クール見続けると飽きるのではないかと心配になった。
また演技や雰囲気を優先する映像作品は、物語が退屈でこじんまりとしたものになってしまうことが多い。 『冬のなんかさ、春のなんかね』も文菜に片思いしていた早瀬小太郎(岡山天音)が文菜に告白しようとしていたため、このドラマは文菜とゆきおと小太郎の三角関係を描いたコンパクトな恋愛ドラマになるのかと思い、少し残念に思っていた。 しかし、本作の印象はその後、大きく変化する。

何を考えているのかわからない、かわいくて不気味な文菜

第1話後半になると劇中の時間は“2025年12月”へと飛ぶ。
文菜は居酒屋に入るが、そこで待っていたのはゆきおでも小太郎でもない男・山田線(内堀太郎)だ。 どうやら山田は小説家で文菜の先輩にあたる存在らしい。
創作を生業にしている小説家同士の会話だからか、二人のやりとりはどこか観念的でとりとめがないのだが、だからこそ魂の深いところで通じ合っているようにも感じる。
その後、二人は居酒屋を出てホテルに向かう。
二人のやりとりを聞いていると、文菜にも山田にも恋人がいるという浮気の関係だということが次第にわかってくる。
第1話のラストで、文菜がゆきおの家を訪れているため、二人の恋愛が今も続いていることが確認できる。だが、山田との浮気だけでなく、文菜が過去にも何度か恋人がいながら別の男と浮気して肉体関係を持っていたことも明らかとなる。
他の不倫を題材にしたドラマなら、ここで彼女の倫理的な葛藤やどちらが好きかで悩むといった恋愛感情の機微が見え隠れするものだ。しかし、ゆきおと話している時も山田と話している時も文菜は楽しそうで、二人との関係をその場その場で楽しんでいるようにも見えるし、実はあまり楽しくないようにも見え、本心がわからない。 そのため、何を考えているのかわからない不気味な女としての存在感だけが際立っている。

文菜に対する視聴者の反応は真っ二つに割れており、彼女をかわいいと思う人がいる一方で、ドラマとして面白いと思う人も文菜のことが怖くて観ていられないという意見も多い。
おそらく今泉監督たち作り手は、とてもかわいらしく見えるが同時に何を考えているのかわからない不気味な存在としての文菜を描こうとしているのだろう。
本作は集中力が求められるドラマで、わかりやすい説明台詞がない。 そのため文菜たちの会話から漏れ出す些細な情報を元に彼女の職業や人間関係、これまでどういう人生を過ごしてきた結果、こういう考え方をするようになったのかを想像するしかない。
その意味で文菜という女性の謎を視聴者が解き明かす考察ドラマとも言えるのだが、物語が進む中で私たち視聴者は、文菜のことを理解できるようになるのだろうか?

良質の演出と役者の芝居が生み出す贅沢な雰囲気を武器に、居心地の悪い物語を展開する本作が、どこに着地するのか最後まで見届けたい。


ライター:成馬零一
76年生まれ。ライター、ドラマ評論家。ドラマ評を中心に雑誌、ウェブ等で幅広く執筆。単著に『TVドラマは、ジャニーズものだけ見ろ!』(宝島社新書)、『キャラクタードラマの誕生:テレビドラマを更新する6人の脚本家』(河出書房新社)、『テレビドラマクロニクル 1990→2020』(PLANETS)がある。