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『あんぱん』が描くのは戦争のリアル。終戦80年の今、のぶと嵩の視点から捉える“正義”とは【終戦の日 2025】

  • 2025.8.8

朝ドラが描く、戦争の「被害」と「加害」

視聴者層の変化と需要の多様化によって戦争を扱うドラマが減った昨今において、朝ドラは戦時中を描ける貴重な放送枠にもなっている。これまでの朝ドラにおける戦争描写は、ヒロインが戦争に巻き込まれ、翻弄されながらも家族や仲間との絆を大切にし、懸命に生き抜く姿を描くものが主流だった。そこには、戦争の悲惨さや理不尽さ、そして人々の逞しさがしっかり描かれている。一方で、日本が受けた「被害」の側面が強調されがちになる懸念もあった。

しかし本作は、嵩(北村匠海)が徴兵により戦地に送られ、中国での厳しい現実に直面するシーンもしっかりと描いている。そこには、中国の村で民間人から食料を略奪しようとする場面や、部隊がゲリラ討伐の名目で村を攻撃し、罪のない民間人を射殺するといった衝撃的なエピソードも含まれる。南京大虐殺の程度には及ばずとも、侵略の歴史として、日本軍の「加害」の側面にも向き合ったのだ。「被害」だけでなく、「加害」の側面も学ぶことで、私たちは自国中心的視点から脱却し、戦争がどのようにして起こり、どのような結果をもたらすのかを多角的に理解することができる。この両面を丁寧に伝えられたのは『あんぱん』が、のぶ(今田美桜)と嵩という2人の異なる視点から物語を紡ぐことで、戦争の多層的な現実を浮き彫りにしたからにほかならない。

“正しい”少女が「軍国少女」になりやすい

『あんぱん』のもうひとつの革新的な点は、ヒロイン・のぶが戦時下の日本で軍国主義というイデオロギーに深く染まっていく過程を真正面から描いたことだ。これまでの朝ドラではあまり見られなかった、極めて挑戦的なアプローチだといえる。しかし考えてみれば、決して不自然なことではない。朝ドラヒロイン然とした、“正義感が強く純粋でまっすぐな性格の少女”であれば、個人を超えた大きな目標に貢献したいという強い気持ちを抱いて当然だといえる。ましてそれが美徳とされた時代においては、まっすぐ「軍国少女」になる可能性はかなり高いだろう。

男性は出征という名ばかりの名誉のために英雄のようにもてはやされ、女性は戦時下の日常で“産む性”としての役割を求められた時代に、男勝りな「はちきんおのぶ」が社会が求める女性らしさに甘んじることなく、「愛国の鑑」として自分の活躍の場を見出す今回の設定は、かなりリアルなものだと思う。愛国心や家族を守るという純粋な思いが、いかにして全体主義的な思想へと変質していくのか。その心の機微を丁寧に、そしてときには痛ましく描いていた。

ヒロインがあえて教員になった意味

のぶのモデルとなるやなせたかしさんのパートナー・小松暢さんには、本来教師の経験がない。ではなぜ脚本家の中園ミホは、わざわざ一度のぶを教員にさせたのか。それは、国家総動員法による戦時教育のむごさを伝えるためだと考えられる。のぶは自ら純粋な子どもたちに、国家に忠誠を尽くす国民を育成する側となる。そこで施された教育がどのような結果をもたらすのか。『二十四の瞳』や、同様にヒロインが国民学校の教師となる朝ドラ『おひさま』を観てきた視聴者であれば、のぶが師範学校に合格した時点ですでに胸が締め付けられるような思いをしたことだろう。

教え子に「お国のために死んでこい」と言い、戦後「その教育は間違っていた」と伝えなければいけない、その耐え難い苦しみ。当時多くの教員が、結果として多くの犠牲を生んだことへの深い責任感や自責の念を感じたことが想像できる。本作でも戦争という極限状況において、人間がいかに「加害者」の側にもなり得るのか、あるいは「加害者」の思想に無自覚に加担してしまうのかが描かれていた。のぶは自ら退職するが、「愛国の鑑」として有名なのぶは、そのままいてもGHQによって教職追放されていた可能性が高い。『あんぱん』は、教育が国民を戦争に駆り立てる道具となる事実を私たちに改めて突きつけたのだ。

これから描かれる、平和への深い希求

物語の焦点は、軍国主義に染まったのぶが戦後いかにしてその呪縛から脱していくか、どう価値観を逆転させていくかという心の軌跡へと移っていく。教育や社会全体の風潮のなかで、「お国のため」「家族のため」という大義名分のもと、熱心に国策に協力してきた“ふつう”の人間が敗戦を迎え、それまでの価値観が根底から覆される。「自分が信じていたものは何だったのか」「何が正しかったのか」──。

戦後の混乱のなかでのぶは過去の自分と向き合い、ときには激しい自己嫌悪に苛まれることになる。戦場を経験した嵩も、当時の多くの人々も、同様の苦悩を抱えていたことだろう。自己の内面と深く対峙し、過ちを認識し乗り越えていく過程こそが、『あんぱん』が描く最も重要なメッセージのひとつとなる。そこから生まれるのは、平和への深い希求であり、個人の尊厳を何よりも大切にするという境地だ。戦争の惨禍を繰り返さないという強い決意のもと、日本国憲法には平和主義の原則が掲げられている。今日の国際社会における平和と安全保障のあり方を考える上でも、その精神は大切にしたい。

終戦から80年。今この物語が語られる意義

2025年は、終戦から80年という節目の年。戦争の記憶が薄れつつある現代において、『あんぱん』が戦争を語り継ぐ意義は計り知れない。朝ドラとしては類を見ないほど長い放送日数をかけて戦時下を描いたことからも、制作陣の意志がうかがえる。物語はこれから『アンパンマン』を生み出すところまで進んでいく。しかし、作品が象徴する平和で共生的なメッセージが現在の日本の政治状況と対比されるとき、私は拭い難い危惧を覚えてしまう。

7月に行われた参議院選挙は、残念ながら排外主義的で閉鎖的な言説が力を持ちつつある現状を浮き彫りにした。これは「自分の顔をちぎってでも、お腹を空かせた人を助ける」という、究極の自己犠牲と利他的な思いやりを示す『アンパンマン』とは真逆の現実だった。それでも私はエンタメの力を信じたい。国籍も、人種も、信条も関係なく、ただ「困っている人がいる」という点において、手を差し伸べる。この根源的なやさしさが、今の日本が直面する排外主義の波に対して、静かながらも力強い警鐘となることを願ってやまない。そして、私たちには社会的少数者も含む「全員にとっての利益」はなんなのかを考える責務があることを忘れずにいたい。

連続テレビ小説『あんぱん』

放送/毎週月~土曜 前 8時00分(総合)※土曜は一週間を振り返ります

毎週月~金曜 前 7時30分(BS・BSプレミアム4K)ほか

URL/https://www.nhk.jp/p/anpan/

Photos: ©NHK Text: Daisuke Watanuki Editor: Nanami Kobayashi

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