1. トップ
  2. “彼が出ているなら見る” 実力派俳優が【夏の月9】で魅せる…! “豊かな吸引力”のある演技に相次ぐ絶賛の声

“彼が出ているなら見る” 実力派俳優が【夏の月9】で魅せる…! “豊かな吸引力”のある演技に相次ぐ絶賛の声

  • 2025.8.3

児童相談所を舞台に、子どもと大人の間に生まれる“痛み”や“孤独”を静かにすくい上げていく、フジテレビ系 月9『明日はもっと、いい日になる』(毎週月曜よる9時)。第4話では、白鳥玉季演じる女子高生・葉月のエピソードを軸に、「支援のその後」にあるもうひとつの現実が描かれた。

アフターケアの難しさと希望

葉月は、担当だった蒔田向日葵(生田絵梨花)と“支援終了後”も毎週水曜日に会う約束を続けていた少女。しかし、彼女が再び深夜徘徊で保護され、児童相談所に戻ってくるところから物語は動き出す。

彼女が初めて向き合う恋、そして“自分の居場所がない”という深い孤独。その背景には、養育義務は果たしているが愛情の温度が極めて低い両親の存在があった。

親であっても子どもに無関心な人は存在する――蔵田総介(林遣都)は、その現実を静かに、しかし確かに言葉にする。彼の台詞には、現場で積み重ねてきた痛みがにじんでいた。

林遣都の演技は、こうした台詞の重みを受け止めながら、感情を誇張することなく、見る者の胸にじんわりと沁み込ませていく。SNS上でも「存在感が心にじわじわと響く」と林の演技を絶賛する声が多い。彼の俳優としての魅力のひとつに、“この人が出ているなら見る”と思わせる豊かな吸引力があるように思われる。

林遣都の演技がもたらす温度と余白

undefined
林遣都(C)SANKEI

今回のエピソードでは、向日葵と葉月の関係を通じて、「支援者」と「当事者」の距離の取り方もテーマに据えられていた。向日葵は「心理司」としてではなく、「私個人」として葉月と向き合う覚悟を決める。

その背景にあったのは、かつて恋人関係にあった蔵田との過去。そして、いまもなお彼女に対して残る想いを、蔵田自身も手放しきれていないという微細な感情の揺らぎが描かれた。

この“わずかに言葉にしきれない感情”を、林遣都は実に巧みに演じる。目の動き、口元の緊張、会話の間。そのどれもが、彼の演技における強みだ。

かつて『おっさんずラブ』の牧凌太役で一世を風靡した際にも、彼の静かな芝居がもたらす“熱量”が大きな魅力とされていたが、本作でもその特性は健在。感情の沸点を抑えながら、観る者に余韻を残す表現は圧巻だ。

とくに印象的だったのは、向日葵から葉月の事情を聞いた後の、短いやりとりのシーンである。言葉では何も責めず、むしろ静かに見守るような蔵田の姿は、林遣都という俳優が持つ“傾聴の芝居”の真骨頂といえるだろう。

声を荒げるでもなく、感情を爆発させるでもない、ただ相手の痛みに寄り添う“佇まい”こそが、視聴者の感情を動かしていく。

支援と感情のあいだで揺れる者たち

また、蔵田と向日葵のかつての関係性が明かされることで、ふたりが“個人”としてどのように相手を思いやってきたかも描かれた。

向日葵の「私、心理司みたいに素直に受け入れちゃって……」という呟きに、蔵田は何も言わず受け止めるだけだが、その一瞬のまなざしにあらゆる感情が込められていたように見える。

葉月に向き合う向日葵の姿と、それを静かに支える蔵田の存在。ふたりの関係性はもしかしたら終わってしまったものかもしれないが、互いのなかに残る痛みと思いやりが、物語の根底に温かさを与えている。

ドラマのラスト、向日葵が葉月に向かって「生きてさえいてくれれば、それでいい」と語る場面。この言葉の重さは、日々子どもと向き合う福祉の現場でこそ実感されるものだろう。

そして、その言葉を“真正面から受け止める蔵田”という存在がいたからこそ、視聴者はこの作品に一筋の希望を見出すことができる。

第4話では、家庭環境の複雑さや、若者の恋愛に潜む危うさが描かれる一方で、それでも人は人に救われるというメッセージが丁寧に込められていた。蔵田というキャラクターは、その象徴でもある。林遣都の表現力があるからこそ、このドラマのぬくもりが成立していると言っても過言ではないだろう。

次回以降も、児童福祉という“正解のない現場”に立ち向かう人々の物語が、どのように展開していくのか。そして蔵田と向日葵、ふたりの関係性がどう変化していくのか。林遣都の演技とともに、見守っていきたい。


ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。X(旧・Twitter):@yuu_uu_