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朝ドラで“異例尽くし”の15分… “あえて省いた”演出で表す本当に描きたかったストーリーとは?

  • 2025.6.20
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『あんぱん』第12週(C)NHK

朝ドラ『あんぱん』第12週「逆転しない正義」は、物語のトーンを大きく変える週となった。これまで描かれてきた人々の暮らしや希望は、戦争の現実のなかで一度、すべて凍りつく。そこに浮かび上がってくるのは、「正義とは何か」という静かだが重い問いだった。

言葉とパンで“心地よく支配する”――宣撫班という皮肉

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『あんぱん』第12週(C)NHK

嵩(北村匠海)が配属されたのは、銃ではなく言葉で人を従わせる「宣撫班」だった。「○○軍はあなたたちを守ります」と語り、日本語を教え、食料や衛生用品を配ることで、敵国の民を“味方”に変えていく。

だがその活動は、見方を変えれば、ただ「心地よく支配する」ための手段でしかない。戦場で血を流さずに済むからこそ、反対に残酷な意味を帯びるのだ。

嵩は、軍人として命令を遂行しながらも、どこかで「人を喜ばせること」を忘れていない。しかし、飢えと恐怖に追い詰められたかつての幼馴染・康太(櫻井健人)が、現地の老婆に銃を向ける事件は、その“善意の皮”を簡単に剥ぎ取ってしまう。

一方、のぶ(今田美桜)は女子学生たちと共に農作業の勤労奉仕に出向く日々。材料不足で朝田パンは休業し、家族と一緒に過ごす時間も限られていく。しかし、彼女の姿勢は変わらない。「人のために手を動かし、食べるものをつくる」という生活そのものが、戦争によって奪われようとしているとき、のぶは黙ってそれを引き受け、目の前の“誰か”のために働き続ける。

嵩が「人の心を操作する戦場」にいるのに対し、のぶは「人の命を支える土の上」にいる。その対比が、今週の展開をいっそう引き締めていた。

異例づくしの演出が際立たせた“戦争の静寂”

OP映像と主題歌が省かれた回があったことも、今週は異例の構成だったと言える。

これまでカラフルに描かれていた“あんぱんの世界”が、まるで一時停止したかのように沈黙し、戦争の重さが視聴者の胸に直接届くようだ。あのポップで明るい世界が封じられたことで、いま、この物語が本当に描きたいことが浮かび上がってきた印象だ。SNS上でも「すごい15分だった」「切なかったし希望があった」と話題になっている。

「たんぽぽの根っこは食べられるぞ」「人は人を助け、喜ばせることもできる」……飢えのなかで語られる一言一言が、鋭く心に刺さる。嵩が見た幻のなかで、亡き父・清(二宮和也)の姿が現れたのも象徴的だ。彼のなかで、戦争と正義、そして“アンパンマン”にたどり着くまでの心の旅が始まったようにも思える。

戦争によって心身ともに疲弊しつつも、自分なりの希望を模索する嵩に、のぶはどんな未来を渡せるだろう。そして、彼らが選ぶ「逆転しない正義」とは、今後どのような形で語られていくのだろうか。

「逆転しない正義」を生きるとは

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『あんぱん』第12週(C)NHK

嵩が所属する宣撫班が象徴するのは、“誰かの正義”が“誰かの不幸”になる構造だ。

武器を持たなくても、言葉とパンで誰かを従わせることができる社会。しかし、それそのものは決して「逆転しない正義」ではない。のぶと嵩が、どこに自分の足場を置き、誰のために生きるのか。ラストに向かって、その答えが問われ続けていく。

思わず息を詰めて見守ってしまう重厚な展開と、戦争という絶望のなかでも「希望」をつないでいこうとする人々の姿に、『あんぱん』の真価が見えてきた週だった。


NHK 連続テレビ小説『あんぱん』毎週月曜〜土曜あさ8時放送
NHKプラスで見逃し配信中

ライター:北村有(Kitamura Yuu)
主にドラマや映画のレビュー、役者や監督インタビュー、書評コラムなどを担当するライター。可処分時間はドラマや映画鑑賞、読書に割いている。Twitter:@yuu_uu_