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『DIGGER/ディガー』で来日したアレハンドロ・G・イニャリトゥ監督と『国宝』李相日監督が考える、映画作家として“世界”を描くこと「映画は言語化できない領域にこそ触れられる」

  • 2026.10.15

トム・クルーズがアレハンドロ・G・イニャリトゥ監督と初タッグを組んだ主演最新作『DIGGER/ディガー』(公開中)。気候危機を入口に、人類の強欲や情報社会の病理へと迫る本作は、痛烈な風刺と壮大なエンタテインメントを両立させた傑作にして問題作として、世界的な話題と議論を呼んでいる。

【写真を見る】『DIGGER/ディガー』を語り合うなかで現在の社会情勢や環境問題にも話が及んだイニャリトゥ監督と李監督

日本公開直前には、トム・クルーズとイニャリトゥ監督が来日し、連日日本のメディアを賑わせた。そのタイミングでなんと、イニャリトゥ監督と『国宝』(25)で国内外から高い評価を集めた李相日監督との特別対談が実現。映画が現代社会とどう向き合うべきか、風刺とユーモアの表現、そしてトム・クルーズという俳優の魅力について、2人の映画作家が縦横無尽に語り合った。

※本記事は、映画のネタバレ(ストーリーの核心に触れる記述)に該当する要素を含みます。未見の方はご注意ください。

「『DIGGER/ディガー』をこうした形で描いたのは、私自身が現在の複雑な世界の状況をどう表現すればいいのかわからなかったから」(イニャリトゥ)

『国宝』を観る約束を交わしたイニャリトゥ監督と李監督 撮影/木村篤
『国宝』を観る約束を交わしたイニャリトゥ監督と李監督 撮影/木村篤

李相日(以下、李)「はじめまして。お会いできて光栄です。世界中の映画人があなたを尊敬していると思いますが、僕もそのひとりです。新作を拝見するたびに圧倒され、心底打ちのめされています」

アレハンドロ・G・イニャリトゥ(以下、イニャリトゥ)「ありがとうございます。李監督の『国宝』のすばらしさについては、トム(・クルーズ)から何度も熱弁されているんです。私はこれから拝見しますが、とても楽しみにしています」

李「実は昨年、『国宝』のアカデミー賞キャンペーンで最初に参加したのが、ガバナーズ・アワードの授賞式でした(現地時間2025年11月16日、ハリウッドにあるレイ・ドルビー・ボールルームにて)。そこでイニャリトゥ監督のスピーチを聞き、トム・クルーズさんとのツーショットを目にして、この2人がどんな化学反応を起こすのだろうと大きな期待を抱きました。僕はずいぶん離れた席だったんですけど(笑)」

イニャリトゥ「そのイベントは楽しめましたか?」

李「もちろんです。なにもかもが初体験でした。楽しくもあり、大変でもありました。その後、トムに『国宝』の試写をしていただいたのですが、別れ際にひとつ大事なことを言い忘れてしまったんです。イニャリトゥ監督にも『国宝』を観てもらってください、と」

イニャリトゥ「(笑)。いま、しっかりと受け取りました」

石油王ディガーの貪欲さが大災害を招くディザスタームービーと思いきや… [c]2026 WBEI and Legendary
石油王ディガーの貪欲さが大災害を招くディザスタームービーと思いきや… [c]2026 WBEI and Legendary

李「直接お伝えできて良かったです。今回の『DIGGER/ディガー』も、本当に度肝を抜かれました。五感すべてを刺激されるような、映画を超えた新しい体験でした。特に人類が人類にもたらす厄災というテーマに強く心を動かされました。この企画は約9年前、2017年ごろにスタートしたそうですね。その頃を振り返ると、第一次トランプ政権が始まり、理性や意思によって行われるはずだった政治が、感情や衝動に飲み込まれていく時代の始まりだったように思います。そうした現象は、この映画の出発点と関係しているのでしょうか」

イニャリトゥ「はい、間違いなく関係しています。私たちは自分たちを理性的な存在だと思いたがりますが、実際には感情が理性を超えてしまうことが多い。いまの世界は、ごく一部の人間によって動かされている部分があります。SNSやスマートフォンといったテクノロジーによって、その人たちが物語を作り、『現実とはこういうものだ』と私たちに提示する。そして多くの人々が、その物語を現実だと思い込んでしまう。本来自分たちが生きている現実ではなく、誰かが作った現実を信じてしまうのです。私にとって、それほど危険なことはありません。なぜなら私たちは、人間として持っている本来の能力を失い、知らず知らずのうち、世界の毒に蝕まれている自分自身と闘わなければならない状態に追い込まれているからです」

ザンドラ・ヒュラー演じるエマはディガーの妹 [c]2026 WBEI and Legendary
ザンドラ・ヒュラー演じるエマはディガーの妹 [c]2026 WBEI and Legendary

李「全面的に同意します。ただ、そうした問題意識を持っていたとしても、それを実際の映画やアートとして形にすることの難しさは、多くの作家が感じていることだと思います。白紙を前にして、『さて、どこから始めようか?』と」

イニャリトゥ「いまのお話を聞いて思い出したのですが、上映後にある若い観客から、『とても心を動かされた。この映画で描かれているようなことを、自分も世界に対して感じていた。でも、それを言葉にできなかった』と言われたんです。その時、映画は言語化できない領域にこそ触れられるのだと実感しました。今回の作品をこうした形で描いたのは、私自身が現在の複雑な世界の状況をどう表現すればいいのかわからなかったからです。

ジョン・グッドマン演じるコンプソン大統領 [c]2026 WBEI and Legendary
ジョン・グッドマン演じるコンプソン大統領 [c]2026 WBEI and Legendary

映画は過去・現在・未来を行き来する構造になっていますが、この現実において、“物語”自体は常に私たちの目の前で語られている。登場人物たちもまた、『この狂った物語をどう伝えればいいのか?』と問い続けています。だから私は映画館にいる観客の皆さんにも、この問いの一部になってほしかった。自分自身をどう理解するのか。物語の中の物語、そのまた中の物語。問いの中の問い、そのまた中の問い。『DIGGER/ディガー』は思考が重層的に連鎖するような入れ子構造になっています」

「プロダクションデザインや撮影、役者たちの演技の温度感も含めて、すべてが唯一無二のバランスに到達している」(李)

ジャパンプレミアの舞台挨拶にトム・クルーズと共に登壇したイニャリトゥ監督と李監督 [c]2026 WBEI and Legendary
ジャパンプレミアの舞台挨拶にトム・クルーズと共に登壇したイニャリトゥ監督と李監督 [c]2026 WBEI and Legendary

李「入れ子構造の形式は、企画の初期段階からあったのでしょうか?」

イニャリトゥ「いいえ。そうなったのは企画を立ち上げてから7年後です。最初はもっと直接的な風刺映画でした。しかし、その後の7年間で世界はあまりにも急激に変化しました。地球温暖化や環境破壊のスピードは加速し、グリーンランドの氷床融解は“最後の審判”とも呼べるような危機に瀕しています。切羽詰まった現実が私たちの背中を押してきたんです。その結果、当初風刺として描いていたはずのものが、ほとんどドキュメンタリーのようになってしまった。だから現在進行形の出来事に追われるのではなく、それを振り返ることもできるような、時空を超えた構造に変えました」

李「長い射程で問題を見据える距離感が必要だったんですね」

イニャリトゥ「おっしゃる通りです」

迫り来る危機をディガーに進言するガネシュ [c]2026 WBEI and Legendary
迫り来る危機をディガーに進言するガネシュ [c]2026 WBEI and Legendary

李「人間の滑稽さに笑う一方で、その恐ろしさに身震いもしました。しかも最近、この映画で描かれたようなことが実際にネパールでも起きましたよね。本作ではトムが演じる石油採掘会社のCEOであるディガー・ロックウェルが、利益を優先して現場の警告を無視し、石油やメタンガスの採掘を強行します。その結果、気候変動と採掘の衝撃によって巨大な氷河が崩壊し、世界規模の制御不能な大災害を引き起こす引き金となります。そして現実世界でも8月下旬にネパールと中国・チベットの国境沿い地域において、実際に地球温暖化の影響による氷河の崩壊が発生しました。この崩壊に伴って大規模な土石流と大洪水が発生し、多くの人命が失われ、広範囲にわたる破壊をもたらすという気候災害が現実のものとなっています」

イニャリトゥ「恐ろしいですし、悲しくもあります。映画のシチュエーションに酷似した大惨事がリアルタイムで本当に起きてしまった。現実の変化するスピードが速すぎるんです。結果的に『DIGGER/ディガー』は大げさなフィクションではなく、いままさに目の前で起きている現実の危機をそのまま預言した映画になってしまった。かつて私は北極圏に二度行き、科学者たちとも仕事をしました。10年前、彼らは詳細なデータに基づき、『いずれこうしたことが起きる。猶予は30年ほどだろう』と語っていました。ところが10年後のいま、彼らが30年後に起こると予測していたことの多くが、すでに現実になっている。今回の映画でリズ・アーメッドが演じるガネシュ博士の台詞も、すべて科学的な事実に基づいています。扱っている内容は非常に深刻です。だからこそ、ユーモアが必要だったのです」

現実がフィクションを追い越してしまったいま、映画表現を使ってなにができるのか!? 撮影/木村篤
現実がフィクションを追い越してしまったいま、映画表現を使ってなにができるのか!? 撮影/木村篤

イニャリトゥ「ええ、風刺は本当に難しい。作品のトーンを見つけるという意味では、今回がこれまでで最も大変でした。笑いの要素に偏りすぎて、一線を越えるとテレビのバラエティ番組のようになってしまう。不条理に寄りすぎるとユーモアが失われてしまう。非常に細い綱の上を歩くような作業でした。しかも風刺というもの自体が刺激的で、人を居心地悪くさせる力を持っていますから」

李「その繊細なトーンは、プロダクションデザインや撮影にも大きく影響していると思いますし、役者たちの演技の温度感も含めて、すべてが唯一無二のバランスに到達していると感じました」

イニャリトゥ「ありがとうございます。それは最高の褒め言葉です」

「トム・クルーズはどんな時も飛行機から飛び降りる時と同じ集中力で演技をしている」(イニャリトゥ)

シドニー・ルメット監督の『ネットワーク』が本作にとって大きなインスピレーションになったというイニャリトゥ監督 [c]2026 WBEI and Legendary
シドニー・ルメット監督の『ネットワーク』が本作にとって大きなインスピレーションになったというイニャリトゥ監督 [c]2026 WBEI and Legendary

李「石油王のディガー・ロックウェルという人物についてですが、彼が舞台劇で俳優カーティス・マークソンが演じている役だとわかるまで、私たちは現実の人物を観ているのか、あるいは誇張された存在を観ているのか判断できません。その壁が取り払われた瞬間、映画の世界の見え方が一変しました」

イニャリトゥ「それは大きな賭けでした。最初の30分間で、どれだけ観客を苛立たせられるか。そこに挑戦していました。そして観客が作品の仕掛けに気づいた後でも、再びフィクションの物語に戻ってきてくれるかどうか。それが勝負だったんです。ちゃんと成立するかどうか、私自身にもわかりませんでした」

李「見事でした」

イニャリトゥ「ありがとうございます(笑)」

26回目の来日を果たしたトム・クルーズ [c]2026 WBEI and Legendary
26回目の来日を果たしたトム・クルーズ [c]2026 WBEI and Legendary

李「その成功には、トム・クルーズという存在も大きかったと思います。もちろん世界の誰もが認める最高にすばらしい俳優ですが、近年はアクションスターとしてのイメージが強かった。今回はそのアクションを完全に封印しての演技になります。トムには本質的な善良さがあり、人間の良心のようなものが感じられる。だからこそ、あれほど強欲で邪悪なディガー・ロックウェルという人物を演じることで、人間の欲望の暗部が逆説的に浮かび上がっていたように思います」

イニャリトゥ「それこそがこの作品のテーマです。人類の強欲さと盲目さ。いまの私たちは2つの戦争を抱えています。ひとつは国が国を武力で侵害しようとする実際の戦争。もうひとつは自然に対する戦争です。しかし人間は、自分が自然の一部だと考えていない。自然を単なる資源としてしか捉えていません。私たちは驚くほど創造的で、多くのものを生み出してきた。それなのに、最も基本的なことが見えていない。木が必要だということ、水や空気が必要だということ。それすら忘れてしまっている。そして一部の強欲な人々が、『環境破壊?そんな話はウソだ。間違っている』と語る。このまま事態を進行させれば、もう私たちに未来はない。だから私は、特に若い世代のためにこの映画を作りました。

「これまでのイニャリトゥ監督の作品に感じた神や死者の霊魂のような存在が消え去り、人類から見えなくなってしまったようにも感じました」(李)

ラストはトム・クルーズが圧巻の演技で魅せる [c]2026 WBEI and Legendary
ラストはトム・クルーズが圧巻の演技で魅せる [c]2026 WBEI and Legendary

それから初めて実際に組むことで、トムという俳優についても新たな発見がありました。彼は指先の動きからウインク、足先にいたるまで、まるで精密な機械のように正確なんです。どんな時も飛行機から飛び降りる時と同じ集中力で演技をしている。ある意味で今回は、エモーショナル(感情的)なスタントをやっていたとも言えますね。そしてすばらしいことに、普段の彼は本当に紳士です」

李「『DIGGER/ディガー』の演技は、彼の最高傑作だと思います」

イニャリトゥ「私もそう思います。彼の表現の幅広さがよくわかりますし、私たちを笑わせる才能がどれほど豊かなのかも実感できるはずです」

李「これまでのイニャリトゥ監督の作品には、神や死者の霊魂のような、目に見えない存在が私たちを見つめている感覚がありました。しかし本作のラストでは、そうした存在が消え去り、人類から見えなくなってしまったようにも感じました」

【写真を見る】『DIGGER/ディガー』を語り合うなかで現在の社会情勢や環境問題にも話が及んだイニャリトゥ監督と李監督 撮影/木村篤
【写真を見る】『DIGGER/ディガー』を語り合うなかで現在の社会情勢や環境問題にも話が及んだイニャリトゥ監督と李監督 撮影/木村篤

イニャリトゥ「同感です。とても美しい表現ですね。原子と原子のあいだに存在するなにか。私たちの祖先はそれを理解していたと思います。実は先日、初めて根津の庭園を訪れたのですが、本当に感動しました。灯籠も岩も木も、すべてが聖なるものとして存在している。そこには深い理念があり、何千年も受け継がれてきた美や調和、自然への敬意がある。先ほどあなたがおっしゃった“私たちを見つめているなにか”も、まさにそうした感覚を表しているのだと思います。そして私はちょうど妻にこう話していました。「なぜ私たちは、それが見えなくなってしまったのだろう」と。でも実際には、それはいまもそこにあるのだと思います。消え去ったわけではない。問題は人間の側です。私たちは自分自身が作り出した物語、あるいは他人が作った物語に囚われている。その結果、本来見えていたものが見えなくなってしまったのではないでしょうか」

李「本当にそう思います」

イニャリトゥ「自分の身体や感覚とのつながりさえ失ってしまった。抽象的な概念やアルゴリズムの中に人生を置き、自分たちが作った物語の中で迷子になっている。それがいまの時代の人類の姿なのだと思います」

取材・文/森 直人

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