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美男美女揃い!デンマーク王室の家系図&王位継承順位をおさらい

  • 2026.10.14
Martin Sylvest Andersen / Getty Images

デンマークに新たな国王が誕生したのは、2024年1月。前年の大みそかに生前退位する意向を表明した先代の君主、女王マルグレーテ2世が14日に退位したのに伴い、国王フレデリック10世が即位した。女王はかねて「生前退位はしない」と明言していたことから、譲位は多くの人々を驚かせた。

新しい君主の即位と同時に、メアリー皇太子妃(旧名メアリー・ドナルドソン、オーストラリアの民間出身)と長男のクリスチャン王子はそれぞれ、デンマークの王妃と皇太子となった。そして、そのクリスチャン皇太子は2026年10月15日、21歳の誕生日を迎える。

クリスチャン皇太子の誕生日を機に、現在のデンマークの王位継承順位(1~10位)と、国王夫妻と皇太子、マルグレーテ女王と夫のヘンリック殿下(故人)、さらに国王の弟であるヨアキム王子のプロフィールをおさらいしてみよう。

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デンマークの王位継承順位

1)クリスチャン皇太子(2005年10月15日生)
2)イサベラ王女(2007年4月21日生)
3)ヴィンセント王子(2011年1月8日生、ヨセフィーネ王女の双子の兄)
4)ヨセフィーネ王女(2011年1月8日生、ヴィンセント王子の双子の妹)
5)ヨアキム王子(1969年6月7日生、国王の弟、モンペザ伯爵)※以下6~9位のヨアキム王子の子どもたちはすべて、モンペザ伯爵または女伯爵の爵位を持つ
6)ニコライ(1999年8月28日生)
7)フェリックス(2002年7月22日生)
8)ヘンリック(2009年5月4日生)
9)アテナ(2012年1月24日生)
10)ベネディクテ王女(1944年4月29日生、マルグレーテ女王の妹)

ここからは、主なロイヤルたちのプロフィールをご紹介。

【1】国王フレデリック10世

Mark Cuthbert / Getty Images

1968年5月26日に誕生したフレデリック国王は、母の即位により4歳を目前にして皇太子となった。デンマークで初等教育を受けた後にはフランスの寄宿学校で1年間学び、1 986年にウーアゴー・ギムナジウムを卒業した(ギムナジウムは日本の高校にあたる)。

オーフス大学に在籍中、国王は1年間アメリカに留学。ハーバード大学でも学んだ。デンマークのロイヤルでは初めて、大学の学位を取得している(マルグレーテ女王は複数の大学で学んだが、取得したのは修了証と名誉学位)。

2000年に開催されたシドニーオリンピックのために訪れていたオーストラリアでメアリー・ドナルドソンと出会い、2004年に結婚。夫妻にはクリスチャン皇太子とイザベラ王女、双子のヴィンセント王子とヨセフィーネ王女の4人の子どもがいる。

【2】メアリー王妃

Mark Cuthbert / Getty Images

オーストラリアのタスマニアで1972年2月5日に生まれたメアリー王妃は、4人きょうだいの末子。スコットランド出身の父のジョン・ドナルドソン氏(1941-2026)と母ヘンリエッタ氏(旧姓ホーン、1942-1997)はいずれも、すでに他界している。王妃が母を亡くしたのは、20代のころ。死因は心臓手術後の合併症だった。その後、父は小説家のスーザン・エリザベス・ホーウッド(1940-)と再婚していた。

メアリー王妃は1994年にタスマニア大学を卒業した後、広告代理店に勤務。フレデリック皇太子(当時)と出会ったころは、不動産会社に勤めていた。2002年にデンマークに移住し、2004年に皇太子と結婚すると同時に、デンマークの市民権を取得、(デンマークの国教である)ルター派に改宗した。洗練されたファッションでも注目される王妃は、弱者の権利を擁護するアドボカシー活動に積極的なことでも知られている。

【3】クリスチャン皇太子

Martin Sylvest Andersen / Getty Images

クリスチャン皇太子は2023年6月、18歳の誕生日を迎えると政府から支給されることになっていた歳費について、学業に専念する間は受給を辞退する考えを表明した。

王室は当時、「王子がフルタイムで公務を担うようになれば、状況は変わる」と説明するとともに、「歳費についてはすでに首相府と合意がなされており、王子が21歳になった時点、またはそれ以前に王位継承が行われた場合にはその時点で、議会が法案を審議する」と発表していた。

【4】女王マルグレーテ2世

Steffi Loos / Getty Images

祖父の国王クリスチャン10世(1870-1947)の在位中だった1940年4月16日、フレデリック皇太子(後の国王フレデリック9世、1899-1972)とイングリッド皇太子妃(後の王妃、1910-2000)の第1子として誕生した。

母のイングリッド妃はスウェーデンの国王グスタフ6世アドルフ(1882-1973)と最初の妻であるマーガレット・オブ・コノートのひとり娘であり、マルグレーテ女王はデンマークに加え、スウェーデンの王族でもある。

マルグレーテ女王が13歳だった1953年、デンマークは憲法を改正し、女性の王位継承を可能にした。それを受け、女王は1972年に即位。2022年に在位50周年の「ゴールデン・ジュビリー」を祝った2年後の2024年に生前退位した。

女王は皇太子だった1967年、フランスの外交官だったアンリ・ド・ラボルド・ド・モンペザ氏と結婚。夫妻の間には、フレデリックとヨアキムの2人の王子が誕生している。

また、女王にはベネディクテ王女(1944-)とアンネ=マリー王女(1946-)の2人の妹がいる。アンネ=マリー王女はギリシャの国王コンスタンティノス2世(1940- 2023)の妃であり、同国最後の王妃となった(ギリシャは1974年に君主制を廃止)。

【5】ヘンリック殿下

アテナ元王女(左)とヨセフィーネ王女(右)と手をつなぐヘンリック殿下 Julian Parker / Getty Images

1934年6月11日、フランスのアンドレ・ド・ラボルド・ド・モンぺザ伯爵夫妻の9人の子どものうち、第2子として誕生。幼少期をフランス領インドシナ(現在のベトナム)で過ごした。陸軍の軍人としてアルジェリア戦争に出征し、退役後に外務省に入省。1963年から1967年までは、書記官として駐イギリス大使館に勤務していた。

ロンドンに赴任中、当時ロンドン・スクール・オブ・エコノミクスで学んでいたマルグレーテ王女と出会い、およそ1年間の交際を経て婚約。1967年6月に結婚した。同時にルター派に改宗し、名前「アンリ(Henri)」をデンマーク風に「ヘンリック(Henrik)」と変更した。

結婚に伴い、君主の配偶者を意味する「Prince Consort(王配、敬称は殿下)」の称号を授けられたヘンリック殿下は長年、王室から与えられた自らの役割に不満を募らせていたという。「軽視され、尊厳を傷つけられ、屈辱を感じてきた」として、2002年に一度、フランスに帰国している。

マルグレーテ女王は2008年、殿下とその家系をたたえ、自らの子孫に「モンペザ伯爵」または「モンペザ女伯爵」の爵位を与えると発表した。だが、ヘンリック殿下は2016年に王配の称号を放棄。翌年には(配偶者と対等に扱われなかったことへの不満を込め)、「死後は妻の隣に埋葬しないでほしい」と希望していることを明らかにした。殿下は2018年、女王と2人の息子、8人の孫たちに見守られながら息を引き取った。

【6】ヨアキム王子

妻マリー妃(左)とともに取材を受けるヨアキム王子 The Washington Post / Getty Images

国軍の軍籍を保有するヨアキム王子は、防衛産業担当の武官として、2023年9月から在米デンマーク大使館に勤務。2007年に再婚した妻のマリー妃とヘンリック、アテナの2人の子どもたちとともに、首都ワシントンD.C.で暮らしている。

王子は1995年に企業の元経営幹部、香港出身のアレクサンドラ・クリスティーナ・マンリー(1964-)と結婚した。夫妻はニコライとフェリックスの2人をもうけたものの、2004年に離婚。マルグレーテ女王は子どもたちの養育権を母親にも認めるとして、アレクサンドラ妃に「フレゼリクスボー女伯爵」の爵位を授与した。だが、女伯爵は2007年にマーティン・ヨルゲンセン氏と再婚。それにより、「王子妃」の称号を失っている(同氏とは2015年に離婚)。

なお、マルグレーテ女王は2022年9月、ヨアキム王子の子どもたちから「王子」と「王女」の称号をはく奪することを決定。4人は爵位のみを保有することとなったが、王位継承権は維持している。

From TOWN&COUNTRY

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