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服飾史家 中野香織さんが解き明かす“ロイヤルの肖像”【スティダー王妃(タイ)】

  • 2026.10.2

国王を守った鍛錬が、王室に静かな秩序をつくる

2026年6月、タイとフランスの外交関係樹立170年を記念する国賓訪問。ラーマ5世妃のために作られ、’60年代にシリキット王太后が甦らせた<a href="https://www.25ans.jp/princess/royal-family/a71788538/queensuthida-diamondnecklace-paris-statedinner-2607-hns/" target="_blank">ダイヤモンドのリヴィエールと見られるネックレス</a>が輝きます。 Aflo

タイは、東南アジアで唯一、植民地支配を免れた国です。王室と仏教と国家が独特の緊張を保ちながら共存してきた立憲君主国であり、王室は深い敬意を集めています。ただしその家族史は、私たちが思い描く「正統派のロイヤルファミリー」とは様相を異にします。

その現在を体現するのがスティダー王妃です。2025年12月、47歳で東南アジア競技大会のセーリング競技に出場し、全長約14メートルの艇で戦術と航路の判断を担い、タイ代表を金メダルへ導きました。1967年には、先代のプーミポン国王が、同大会の前身である東南アジア半島競技大会のヨット競技で、長女ウボンラット王女と金メダルを分け合いました。国王が自らかじをとって勝つという王室の記憶に、スティダー王妃は自らの技能で連なりました。

警護する側から、その隣に立つ人へ

2026年4月、スウェーデン国王の80歳を祝う晩餐会にて、スティダー王妃は綬と勲章を正確に着用。 Aflo

1978年、タイ南部のハートヤイに生まれ、大学ではコミュニケーション学を専攻しました。卒業後は日本航空系の航空会社、続いてタイ国際航空で客室乗務員を務めます。その後は王室警護部隊に入り、当時王太子だったラーマ10世の警護と実務を至近距離で担いました。軍人として昇進を重ね、2019年5月1日、国王の戴冠式の3日前に結婚が公表されます。

国王にとっては4度目の結婚です。ふたりがいつ、どこで出会ったのかは公表されていません。確かなのは、彼女が長い年月をかけて警護の現場で能力と忠誠を積み上げ、守る位置から隣へ進んだことです。

2019年、戴冠の儀の最終日、宮殿のバルコニーで国民の祝意に応えた夫妻。結婚公表からわずか5日、王妃として初めて立った公の高所でした。共に並ぶパッチャラキッティヤパー王女は、今年6月に世を去りました。 Aflo

国王との間に子どもはいません。国王には以前の伴侶との間に生まれた王子と王女が複数人おりますが、2026年6月には長女パッチャラキッティヤパー王女が47歳で亡くなりました。前年10月にはシリキット王太后も逝去し、王室は二重の喪のなかにあります。

そのなかで彼女が表現するのは、国王への随行、外交儀礼、王室行事を、つねに隙なく遂行する姿です。民間航空会社の客室乗務員、軍籍における王室警護という職歴が、そのまま公務の説得力に変わっています。

語らない王妃を、装いと所作が語る

2026年、国王夫妻はフランスを国賓として訪問しました。同行したのは、国王の以前の結婚で生まれ、ファッションデザイナーとしても活動するシリワンナワリー王女です。

2026年6月の訪仏時。<a href="https://www.25ans.jp/celebrity/celebrity-fashion/g64197135/brigitte-macron-miniskirt-styles-250317/" target="_blank">仏・ブリジット大統領夫人</a>と、淡いピンクが呼応した装い。 Aflo

王妃がまとったのは、タイシルクによる国民服「チュット・タイ」でした。20世紀にシリキット王太后が歴史家やデザイナーと共に整えた8つの様式を基盤とし、各地の織物、刺繍を国際儀礼の場に調和する姿へと洗練させた装いです。パリ装飾芸術美術館の展覧会でも、王太后からスティダー王妃、シリワンナワリー王女へと続く服飾と工芸の継承が紹介されました。

国王の4度にわたる結婚、異なる母をもつ子どもたち、相次ぐ喪。そのただ中で、王妃は歴代の王妃が受け継いできた宝飾品と国民服を正確に選び、儀礼にふさわしい姿を崩しません。血統や出自ではなく、日々の所作によって、みずからの位置を証明しつづけているのです。まっすぐな姿勢、抑えた表情、無駄のない動作が、この王室にはなお継承される伝統があることを伝えます。

2025年4月のブータン訪問では伝統の矢を引く姿も。 Aflo

安全を預かり、状況を先読みし、規律を保ちながら周囲に安心を与えること。客室乗務員と警護官が身につける職業倫理は、そのまま王妃の公務の作法に重なります。彼女は多くを語らず、所作と装いによって役割を示します。

背景が複雑であるほど、言葉を重ねるより、いま与えられた務めを正確に果たすほうが説得力をもちます。華やかさの前に準備があり、自信の前に鍛錬があり、気品の前に自制があります。その厳しい自己統制が、スティダー王妃の佇まいに独特の緊張と、忘れがたい存在感を与えています。

【Hot Topic】祖母から継いだ伝統を、未来の資産へ

Aflo


1987年生まれ、異母姉のパッチャラキッティヤパー王女亡き今、国王の唯一の娘となったのがシリワンナワリー王女です。自身の名を冠したブランドをパリとミラノで発表するデザイナーであり、バドミントンと馬術で東南アジア競技大会に出場した元選手でもあります。2026年5月には世界知的所有権機関(WIPO)の初代のファッションとデザイン大使に就任。祖母シリキット王太后が整えた国民服チュット・タイを、知的財産として次代へ渡そうとしています。

服飾史家 中野香織さん
PROFILE ラグジュアリー領域を中心に著述・講演・教育・企業アドバイザリーに携わる。英ケンブリッジ大学客員研究員、明治大学特任教授などを歴任。著書に『「イノベーター」で読むアパレル全史 増補改訂版』(日本実業出版社)。最新刊は、エレガンスを「思想と力」として多面的に読み解く『エレガンス入門』(ちくまプリマー新書)。YouTubeも好評。パレスホテル東京の宿泊プラン「Tokyo Fashion Chronicles」を監修。


Text : KAORI NAKANO
25ans(ヴァンサンカン)11月号掲載(2026年9月28日発売)

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