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「ちょっと、水がかかってるよ」大浴場で泳ぎ始めた子ども。しかし、係の人がかけた一言

  • 2026.9.18

湯船に飛び込む音が、静けさを割った

観光地を一日歩き回った帰りだった。広い大浴場があるホテルを予約してあったので、夕食の前に自分だけ先に向かった。

湯気で白くなった浴室は静かで、湯船には年配の客が三人ほど、間を空けて浸かっていた。

少しして父と弟も浴室に入ってきた。三人で並んで湯に浸かると、歩き通した一日ぶんの疲れがゆっくりほどけていった。

「いやあ、今日は歩いたなあ」

父が肩まで沈みながら、息を吐いた。

「でも母さん、明日の朝も市場まで歩くって言ってたよ」

弟がそう言うと、父は思わず笑った。

「まだ歩くのか。元気だなあ…」

そんな話をしながら、しばらく静かに湯に浸かっていた。

その静けさを割ったのは、入口のほうから聞こえてきた慌ただしい足音だった。

濡れた床を走るような音が近づいたと思った次の瞬間、大きな水音がした。子どもが勢いよく湯船に入ったのだった。

湯が大きく波打ち、縁から外へあふれる。

「うわっ」

弟が反射的に体を引いた。年配の客たちも驚いたように顔を上げている。

ところが子どもは、そのまま湯船の中で手をかき始めた。端まで進むと折り返し、今度は勢いよくバタ足をする。水しぶきが周囲へ飛んだ。

弟がしばらく様子を見たあと、困ったように声をかけた。

「ちょっと、水がかかってるよ」

けれど子どもは気づいていないのか、そのまま泳ぎ続けた。

少し遅れて男性が浴室に入ってきた。

子どもはその男性を見ると近くまで泳いでいき、男性も子どもに「こっち来い」と声をかけた。どうやら一緒に来ているようだった。

ただ、男性は泳いでいたことについて特に注意する様子はなく、そのまま湯船の隅へ腰を下ろした。

父がこちらへ顔を寄せ、小さな声で言った。

「あの人と一緒みたいだな。言ったほうがいいかな」

自分も迷った。

「うーん……こっちから言って揉めても嫌だしな」

「そうだよなあ」

父もそれ以上は言わなかった。

係の人が、子どものそばでしゃがんだ

その間も、水面はなかなか落ち着かなかった。

年配の客の一人は何度か水しぶきを避けたあと、静かに湯船から上がった。残った二人も、少しずつ端のほうへ場所を移していた。

そのとき入口の引き戸が開き、館内の係の人が入ってきた。

係の人は桶を集めて棚へ戻しながら浴室を見回していたが、湯船の中で泳いでいる子どもに気づくと、そのそばまで歩いてきた。

そして湯船の縁でしゃがみ、穏やかな声で話しかけた。

「ここはプールじゃないからね。泳ぐのはやめようか」

子どもの手が止まった。

「でも、泳げるよ」

係の人は少し笑って答えた。

「うん、上手だね。でも、ほかのお客さんにもお湯がかかっちゃうから、ここでは泳がないでね」

子どもは周りをちらっと見てから、小さな声で「うん」と答えた。

係の人は立ち上がると、今度は一緒に来ていた男性へ向き直った。

「恐れ入ります。湯船の中では泳がないよう、お声がけをお願いできますか」

男性は初めて周囲を見るように顔を上げ、それから子どものほうを見た。

「ほら、もう泳ぐのやめよう。こっち来な」

「もうダメなの?」

「ここじゃダメだって。ほかの人もいるから」

子どもは少し残念そうだったが、今度は歩いて男性のそばへ戻った。

係の人は「ありがとうございます」と短く返し、再び桶を整え始めた。

しばらくすると、男性と子どもは湯船を出て、脱衣所のほうへ戻っていった。

跳ねていた水面も、ようやく静かになった。

端へ寄っていた年配の客の一人が、ゆっくり真ん中へ戻ってきた。

「いやあ、びっくりしましたね」

父も苦笑した。

「ほんとですね。急だったから」

年配の客は、水面を見ながら言った。

「楽しくなっちゃったんでしょうね。でも、お風呂ですからねえ」

「そうですね」

父がうなずいた。

誰かが怒鳴ったわけでも、言い争いになったわけでもない。係の人がその場を見て、必要なことを子どもと付き添いの男性に伝えただけだった。

それだけで浴室には、最初に入ってきたときの静けさが戻っていた。


※本記事は、GLAMが独自に実施したアンケートで寄せられた20代男性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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