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「ちょっと箸を使っただけだろ」大皿の肉を自分の箸で取った男性。止まった列を動かした旅館の対応

  • 2026.9.17

朝の広間で、列が止まった

数年前の秋、夫と二人で山あいの温泉旅館へ泊まった。朝食は一階の広間でのバイキングで、七時を過ぎると卓のほとんどが埋まっていた。

私は名物だという肉料理の台に並んだ。

大皿には薄く切られた肉が並び、その手前には長い取り箸が置かれている。

私の二人前にいた初老の男性は、片手に自分の箸を持っていた。

次の瞬間、男性は目の前の取り箸には手を伸ばさず、自分の箸をそのまま大皿へ入れた。何度か肉をつまんで、自分の皿へ移していく。

列にいた人たちの動きが止まった。

後ろに並んでいた同じ年ごろの男性が、少しためらってから声をかけた。

「あの…取り箸、そこにありますよ」

初老の男性が振り返った。

「は?別にいいだろ」

近くにいた何人かがこちらを見る。

声をかけた男性は戸惑いながらも、大皿を指した。

「いや、みんなが取る料理ですし…」

「だから何だよ!」

二度目は、さっきより明らかに大きな声だった。

少し離れたところにいた係の人が気づき、こちらへ急いでやってきた。

「どうされましたか?」

すると初老の男性が、声をかけた人より先に口を開いた。

「ちょっと箸を使っただけなのに、いちいち言われたんだよ」

係の人は大皿へ目をやったあと、男性に向き直った。

「分かりました。こちらのお料理は私どもで取り替えます」

「こっちは高い金を払ってるのに、邪険にされる理由がないからな!」

「はい。ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません」

係の人はそれ以上言い返さなかった。

男性はまだ何か言いたそうにしていたが、そのまま皿を持って自分の卓へ戻っていった。

言い争わず、大皿ごと下げた

男性が離れても、列にいた人たちは誰も肉へ手を伸ばさなかった。

すると先ほどの係の人が大皿を持ち上げた。

「申し訳ございません。こちらは一度下げます。新しいものをお持ちしますので、少々お待ちください」

後ろにいた女性が、小さく「お願いします」と答えた。

私もいったん列を離れ、夫のいる席へ戻った。

「どうしたの?ずいぶん時間かかったね」

「自分の箸で、大皿の肉を取った人がいたの」

夫は思わず眉を上げた。

「えっ、自分の箸で?」

「うん。注意されたら、すごく怒っちゃって」

「それは周りも困るな…」

「でも旅館の人、言い返さずに全部取り替えるって」

夫は料理台のほうを見て、小さくうなずいた。

「まあ、そのほうが早く収まるのかもな」

しばらくすると、先ほどの係の人が新しい大皿を運んできた。別の係の人も、新しい取り箸を持ってついてくる。

「お待たせいたしました。どうぞこちらからお取りください」

新しい料理が置かれると、止まっていた列がまた少しずつ動き始めた。

例の男性は一度だけ料理台のほうを見ていたが、その後は席を立たなかった。

帰りの車でも、夫と朝の出来事を少し話した。

「あの人、ずいぶん怒ってたね」

「うん。旅館の人も大変だっただろうね」

「でも、あそこで言い合いにならなかったのはよかったな」

私もそう思った。

相手を言い負かそうとするのではなく、まず料理を安心して取れる状態に戻す。静かに大皿を入れ替えた係の人の対応が、いちばん印象に残った朝だった。


※本記事は、GLAMが独自に実施したアンケートで寄せられた40代女性読者の体験談をもとに、プライバシーに配慮し、人物・状況・会話表現などを一部編集・再構成して記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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