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シソンヌじろう「僕の創作の根底には、人間の弱さをコミカルに描くことで応援したいという思いがある」 一枚の写真から紡がれる、10人の女性たちの“妄想半生記”【インタビュー】

  • 2026.9.3

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“稀代のコント職人”と称されるほどの独創的な世界観で大きな注目を集めるシソンヌのじろうさん。何気ない描写からあふれ出る、センスとユーモアに富んだ言葉の数々は、先日発売された小説『あの子が故郷に帰るとき』(双葉社)でもいかんなく発揮されている。

写真のなかに映る一人の女性――。会ったこともないその人の半生を妄想だけで綴った本作は、はたしてどのようにして生まれたのか。当時の制作の思い出話とともに、じろうさんの創作の裏側に迫った。

振り返ると、まるで修行のような連載でした(笑)

──本書はウェブマガジン「雛形」で連載されていた短編小説を文庫化したものです。一度書籍化され、それから約8年を経ての文庫化というのも珍しい感じがしますが、やはり感慨深さはありましたか?

シソンヌじろうさん(以下、じろう):いや……初めての文庫だなぁと思ったぐらいでした(笑)。

──意外とあっさりとした感想だったんですね(笑)。じろうさんが手掛けた小説としては『甘いお酒でうがい』(KADOKAWA)に続く、2作目となります。当時を振り返ると、どのような思い出がありますか?

じろう:この短編小説は最初から明確なコンセプトがあり、見知らぬ女性の写真とその方のプロフィールや住居歴を材料に、すべて僕の妄想だけで、その女性の半生を創作していくというものでした。そうした物語の作り方自体はすごく好きな作業でしたね。ただ、連載ということで締め切りもありましたし、やっぱりキツいところも多くて。自分の好きなタイミングで書くのとは違い、“やらなきゃいけない”という感覚がつねにあったので、すごく大変だった記憶があります。もはや、今となっては毎回どうやって物語を絞り出していったのか、あんまり覚えてないぐらいです(笑)。

──そうなんですね(笑)。また、10篇の短編の主人公がすべて女性というのも印象的でした。このアイデアはどこから生まれたものなのでしょう?

じろう:これは担当編集者さんから提案していただいたものでした。シソンヌのコントでも僕は女性を演じることが多く、そのひとつに「川嶋佳子」というキャラがいるのですが、彼女の日記を綴ったものが小説『甘いお酒でうがい』だったんです。そうした背景から、今作でも主人公を女性にしたいという案を出してくださったようです。基本的にこの連載はほとんどが受け身の作業で、物語のモデルとなる女性の写真も選んでいただくことが多かったですね。

──“受け身の作業”と聞くとなんだかラクそうな気がしますが、実際は大変なことのほうが多そうですね。

じろう:そうなんです。まず、事前の準備のしようがないですから。編集者さんから写真と住居歴を渡され、そこからすぐに瞬発力で書いていかないといけない。その流れがまるで、「これで締め切りまでに、何かしら笑えるもの書いてみなさいよ!」と言われてるようで(笑)。もちろん、編集者さんはそんなことを思っているはずないんですが、当時はそれぐらい、この連載を修行かなにかのように思っていました(笑)。

──(笑)。それと、とても興味深かったのが、最後の物語だけは女優の西田尚美さんがモデルになっています。こちらも担当編集者さんのアイデアですか?

じろう:そうです。8年前に書籍化が決まった際、書き下ろしを追加したいというお話があり、「できれば誰もが知っている方をモデルで書きませんか?」と提案されたんです。その候補のひとりとして挙げられていたのが西田さんでした。ただ、西田さんとはそのときからNHKの「LIFE!」で共演させていただいてましたけど、そこまでむちゃくちゃ仲良しだったということもなくって(笑)。今はすごく仲が良いんですけどね。それもあって、当時、西田さんから直接感想をうかがい、「偶然だけど、自分の過去と近いところがあった」といった言葉をもらえた記憶があるのですが、本音のところでどう思っていたのかは、今もちょっとわからないです(笑)。

“芸人”はコンプレックスを笑いにできる数少ない職業

──先ほどのお話にもあったように、じろうさんは女性を主人公にした物語やコントをたくさん書かれています。女性を描く楽しさはどんなところでしょう?

じろう:男性と比べ、やはり女性のほうが生きる上で大変なことって圧倒的に多いと思うんです。まず、体力や腕力で比較しても、女性のほうが弱いことが多いですよね。それでも強い男の人たちに囲まれて生きていかなければいけない。そこが男の僕にはちょっと想像しきれないところで。だからこそ妄想したくなるし、女性が感じているであろう生きづらさや不満なんかに対して応援する意味も込めて、前向きに笑えるものとしてコミカルに描いていきたいなという思いがあるんです。

──たしかに、この本に登場する10人の女性たちは、生きることに少し不器用さがあるように感じました。

じろう:シソンヌのコントにもわりと生きづらい人間が出てくることが多いですし、僕がそういった人たちを描くのが好きなんですよね。その背景には、僕自身が弱い側の人間だったからというのがあるんです。昔から運動神経が悪く、病弱なところもあって。10代の頃は本当にいろんなコンプレックスを抱えていました。そうした、かつてネガティブだったものを、今は笑えるものに変えていきたいという思いがあるんです。

──それはなにかきっかけがあったんですか?

じろう:“芸人”という仕事が、コンプレックスを笑いにできる数少ない職業だからです。若手の頃は僕もコンプレックスを気にしていましたけど、まわりの芸人たちがそれを笑いに変えてくれたりして。そのとき、“自分のマイナスの部分をさらけ出してお金になるって、すごくいい仕事だな”と思ったんです。そこが今の自分のコントや小説の創作につながっているところは多いですね。

“最後は地元に”という思いから、今は東京と青森の二拠点生活

──本のタイトルにもあるように、この小説では「故郷」がひとつのテーマになっています。じろうさんは今、地元の青森と東京の二拠点生活をされていますが、やはり故郷というものに特別な思いがあるのでしょうか?

じろう:そうですね。若い頃から、人生の最後の時間は弘前で過ごしたいなと思っていました。やっぱり地元が好きなんですよね。別にみんなに自慢できるような場所というわけでもないんです。友達の中には「絶対に帰りたくない」っていう人もいっぱいいますし。でも、僕は地元の大人たちにすごくかわいがってもらった思い出がたくさんあるんですね。看護師さんやお店のおじちゃん、おばちゃん、なんだったら“あれは誰だったんだろう?”という見知らぬ人とか(笑)。だから、ある程度の年齢を重ねた今、今度は僕が知らない地元の子どもたちとかに恩返ししたいなっていう気持ちがあるんです。

──二拠点生活自体はいつ頃から始められたのでしょう?

じろう:3年ほど前です。ひょんなことから、マンションを購入したのがきっかけで。正直に言うと、今はせっかく買ったんだからたまに帰ってるってだけなんですけどね(笑)。それでも、仕事を制限しているわけでもないですし、“意外とやれるもんなんだな”と実感しています。

──近年は二拠点生活に憧れる人が多いように思います。

じろう:実際にいろんな芸人仲間からも、「自分もやりたい」という声をビックリするぐらい聞きます。だから、もしかしたら東京で活躍している人の多くが、どこか無理しているのかもって思ったりしますね。もちろん東京での仕事も楽しいんだけど、気持ちをごまかして、頑張っているところもあるのかなって。

──やはり、生まれ育った場所というのは、それだけで気持ちもラクになるのかもしれませんね。

じろう:それと、時間の流れ方が全然違いますよね。刺激がなさすぎて、ぼ〜っとしてたら、あっという間に夜になってたりしますから(笑)。それが地元の良さではあるんですけど、逆に、“ここにいたら、面白いことは何も思いつかないだろうな”っていう怖さもあります(笑)。

たとえ騙されても、それを面白がれるほうが得だと思うんです

──じろうさんは高校を卒業後、大学進学のために地元を離れました。そのときの心境はいかがでしたか?

じろう:最初に大阪に2年間いたのですが、すごく刺激的でした。実家を離れて初めて住んだ場所が、東京じゃなく大阪で良かったなとすごく思います。大阪ってやっぱり気さくな方が多く、お店のおばちゃんとかも、「ありがとう、ありがとう」って口癖のように言ってくれるんです。それが19歳や20歳の僕からしてみれば、すごく心地よかったんです。

──その後、上京されましたが、東京に来たときの印象は?

じろう:東京に来てすぐに、池袋の駅でお金をだまし取られたんですよ(苦笑)。それが僕にとって最初の東京の思い出です。

──それはどういう状況だったんですか?

じろう:「切符を買うお金を落としちゃった」と言われて。田舎で育ってきた人間だから、疑うということを知らなかったんですよね。それで、「大変ですね」って話を聞いてあげて。その後、何気なく「どこから来たんですか?」って訊ねたら、まさかの「青森」だと返ってきて。僕にしてみればビンゴですよ(笑)。本当かどうかは別として、「青森から来た」なんて言われたから、なんとかしてあげなきゃと思ってお金をあげたんですけど、別れてからしばらくして、その人がビールを買って飲んでるところを見かけたんです(笑)。あとで友人に聞いたら、よくある手口だと言われて。21歳ぐらいのときですけど、初めて人に騙されました。

──都会の洗礼かもしれないですね。そんな体験をすると警戒心が強くなって、人間不信にもなりそうです。

じろう:普通ならそうかもしれないですね。それでも、やっぱり僕はお人好しでいたいなと思うんです。人を疑う心を持ちたくないというか、誰かを憎まないで生きていたい。自分が騙す側の人間になるよりかは、騙されるほうがいいんです。たとえ騙されても、それを面白がれるほうが人生を生きる上で前向きでいられるし、得するような気がするんですよね。

──素敵な考えです。今のじろうさんの言葉を聞いて、『あの子が故郷に帰るとき』の中に出てくる登場人物が、みんないい人である理由がよくわかった気がします。

じろう::そんなふうに捉えていただいて、逆になんだか恐縮です(笑)。でも、確かに理想ですね。あの小説に出てくる女性たちは、“こういう人が世の中にたくさんいてほしい”という僕の気持ちの表れだったのかもしれません。

──小説の中に完全な悪人が出てこないのも印象的でしたが、無意識にそういう人物ばかりを描かれているんですね。

じろう:そうですね。どこか人間を信じたいという思いがあるんです。もちろん、世の中には嫌な人もたくさんいますけど、まだまだ、いい人のほうが多い世界であるはずだと思いたいので。

──なるほど。ちなみに現在は東京と青森の二拠点生活をされていますが、もし第3の拠点を作るならどこがいいですか?

じろう:海外ですね。アメリカへの憧れはずっと持っていますから。そのために外国語大学にも進学したわけですし。結局、そこから芸人になったので、英語の勉強は中途半端になっちゃったんですけどね。それでも、いつかはしっかり学び直そうと思ってます。……と毎年思いながら、この年齢になってしまいましたけど(笑)。

──(笑)。アメリカにはどのような憧れがあるのでしょう?

じろう:昔、いろんな俳優やアーティストがテレビなどで普通にマリファナとかの話をしているのを見て、衝撃を受けたんですよね。“価値観とか倫理観はどうなってんの!?”って。それに、あれが当たり前の環境で生まれ育ったからこそ、世界レベルのいろんなぶっ飛んだものが作れるのかなと思ったりもして。もちろん、悪いことをしてみたいという思いは一切ないんです。でも、もし自分があの国でイカれた人生を送ってたらどうなってたかなと妄想することはあります(笑)。

──では、いつかじろうさんがアメリカに拠点を移し、そこで小説を書いてる世界線があるかもしれないですね。

じろう:いや、それは意味がわかんないです(笑)。でも、人って年齢を重ねると価値観が固まってしまうと思うので、それをぶっ壊す意味でも、行ったことのない場所で暮らしてみたいという思いはありますね。

──自分の価値観を壊したいという思いは、多くのクリエイターが持っている願望かもしれません。

じろう:そうですね。そこに気づいているだけ、自分はまだ大丈夫かなと思います。“このままだと、同じものばかりを生み出してしまうかもしれない”といった感覚があるだけでも、自分にはまだ救いがあるのかなって。……まあ、勝手にそう思ってるだけなんですけどね(笑)。

取材・文=倉田モトキ、撮影=後藤利江

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