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元AV女優の作家が『SとX』に見る、“幸せなセックス”を手放さないために必要なこと

  • 2026.9.3
Netflix

幸福にも犯罪にもなり得る、セックスの両義性

性について言葉にする、それを口に出すという事態に対して過剰なほど反応する文化。その残り香がはびこる国の中で、セックスについてジョークでも商売でもなく語っていく習慣は根付くのだろうか。

「性の悩み」と向き合う医師と彼の元を訪れる患者たちを描いたNetflixシリーズ「SとX」では、主演の中島健人演じる精神科医でセックスセラピストの霜鳥壱人は繰り返し、「セックスに悩んでいない人なんていませんから」と強調する。私自身もメディアでお悩みを募集すると性に関する悩みや戸惑いが実に多く、また内容も多様だと実感する。生殖より幸福を優先するのが人間と動物の大きな違いだとするならば、生殖行為でもあり幸福な行為でもあり、また時には大きな傷やトラウマにもなり得るセックスは難儀なものであるのは間違いない。

作品内で霜鳥医師のもとには、セックス依存で不倫を繰り返す妻を持つ男性、現実のセックスは拒絶しながら推しとのセックスを夢想する女子学生、盗撮を繰り返してしまう男性など多様な悩みやトラブルを抱えた人間が訪れる。彼と彼のクリニックに勤める看護師らは、時には患者の趣味を実際に体験したり、パートナーや被害者側の声を参考にしたりしながら、それぞれの悩みへの処方箋を用意していく。処方箋の多くが患者の過去や心に向き合うものであり、そのことは性の問題が身体よりも心との結びつきが強いことを示唆する。物語が進むにつれ、霜鳥自身が抱える性的なトラウマも詳らかにされ、性の悩みに向き合う彼自身がセックスについて恐れや憎しみを抱えていたことも明らかになる。

霜鳥は、中学時代の同級生で互いに好意を寄せていた、フィールドキャスターの市之瀬佑美(新木優子)と再会するが……。 Netflix

性の問題が複雑なのは、それが相手やシチュエーションによって、最も祝福すべき幸福な瞬間から、最も忌むべき犯罪にまでなり得る、ふり幅が限りなく大きな行為だからだ。デートだって食事だって、好きな人とであれば内容がただの散歩や豚丼であっても至上の悦びとなり、嫌な相手とであれば内容がファーストクラスのフライトやA5ランクの和牛であっても苦痛でしかない、ということはもちろんあり得る。それでもフライトや和牛そのものが犯罪被害を引き起こすわけではない。逆に暴力や窃盗はたとえ大好きな相手から受けたとしても犯罪被害である。セックスほど両義的なものは容易くほかに見つけることはできない。

くわえて、セックスは食べたり排泄したり眠ったりすることに比べれば、別にしなくたって健康な生活に害があるわけではないし、実際にアセクシャルを自認し、性的な行為と距離をとって人間関係を構築する人もいる。とはいえパートナーがいる場合にはセックスをしないこと自体が破綻の理由になることもあるし、セックスレスは特に日本の調査などを見ると非常に身近かつ根強い悩みの一つでもある。しないでもいいと言いながら、高齢な童貞はそれだけでルポルタージュが紡げるようなトピックであり、セックスレスは離婚事由になる。

そんな、セックスをした方が豊かな人生であると言わんばかりの社会的なプレッシャーがありながら、仕方を間違えれば今度はハラスメントや時に犯罪として断罪される。だからこそ「セックスに悩んでいない人なんていない」という霜鳥の言葉は一定の心理を孕むのだ。

二次元の推ししか愛せないクライアントに、コスプレ姿で向き合う霜鳥。 Netflix

「セックス離れ」世代のほうが、セックスをよく把握しているのかもしれない

ドラマの中でも言及があるが、「性的同意」という言葉が一般に認知されたのもまたたかだかここ十年以内の話である。にもかかわらず、近年ではセックスに関する最も重要かつ重大な問題であるという認識が急速に常識化した。大学で教鞭をとる知人らの中からは、若き学生たちの性的興味の減退を不思議がったり嘆いたりする声を聞くことがあるが、性的同意やハラスメントといった事柄を初めてセックスを知る前から学んだ若者たちにとっては、主観で決めつけてはあまりに危険な同意や強制といったニュアンスを正確に判断することが求められるセックスについて、代償があまりに大きいと感じるのはある意味当然のような気もする。

とある大学教員の主宰するゼミ合宿に仕事で同行したことがあるが、深夜まで飲酒していた教員たちやスタッフに対して、学生たちはさっさと男女別の部屋に戻ってゲームなどに勤しんでいたのは印象的だ。二十年以上前にゼミ合宿に参加するような立場だった者からすれば、ゼミ合宿なんてかなりきわどい恋愛とセックスのきっかけだったような記憶があるが、快楽や嗜好としてはリスクが大きすぎるものに精を出すより、同性同士のおしゃべりや個別のゲームの方が、気軽に楽しめると感じる彼らはある意味合理的なのかもしれないと思った。

若者を中心としたそういうセックス離れ、あるいは性的な興味をバーチャル空間や推しとの世界に持ち込んで、現実から切り離す傾向は、必ずしも「だから今時の若者は覇気がない」と老害的な視点で嘆くべきものではない。それだけセックスの負の側面や男女の非対称性、性病や妊娠など性が必然的に抱えるリスクに対して知識が浸透した結果とも言えるからだ。セックスなんて数うちゃあたるとか、若者なんてセックスのことしか考えていないとか、気軽に口にする高齢男女よりも、性的な興味から一線を引いたように見える若者のほうが、ある意味怖さやリスクを持ったセックスの本来の意味や形をよく把握していると言えるのかもしれない。

霜鳥や市之瀬の相談に乗るミステリアスなカウンセラー、加瀬詩音(山口紗弥加)。 Netflix

「商品」としての性とその限界

私はと言えば、セックスの本来的な悦びや怖さを知識としても実感としても知る前に、その一側面である商品性の方に着目してしまい、特に若い女性にとって性は最も簡単にお金を得る手段になり得る、と浅はかに思って危うい青春を繰り返した経験がある。幸福や犯罪とはまた別の商品としての側面もまたセックスのややこしさの一つである。まだ肩書も知識もキャリアも特技もない若いうちに、自分の武器としてのセックスの魔力に気づいてしまうと、セックスが一時期喜びでも苦しみでもなく、それ以前に商売となってしまうこともある。

ただその場合の問題の一つは、商品としてのセックスが若さや経験の浅さなどと深く結びついていることで、どこかのタイミングで自分の商品としての性的価値の下落に突き当たることだ。だから私の場合、性の悩みというと長らく、減りゆく自分の商品的価値とどう向き合うか、であった。ドラマがあまり踏み込まない領域にも、そうした性の悩みは広がっている。

不器用な大人たちの心にそっと寄り添う霜鳥。 Netflix

セックスを悦びのリストから削除しないために

さて、性のリスクを学んでなお、生殖以外の豊かなセックスを手放さないためには、時には霜鳥のような専門家の手も借りながら、セックスについて語りだす必要があるのだろう。すでに近年、雑誌がフェムテックを特集したり、番組で女性タレントが性について意見交換したりする光景は珍しいものではなくなった。ほんの三十年前を振り返れば女性が性的な話題についてふれるどころか、性的にあけすけな役柄を演じた俳優がその後仕事に困るような状況があった国だと思えば大きな変化ではある。

それに対して男性は性的な話題も辞さないのか、というと別にそういうわけではなく、性器やセックスにまつわる言葉を使ったところでそれは下品なジョークなど下ネタであって、自分の性や身体について向き合うような話題ではなかった。その割には欧米人観光客が今でも驚くほど、性的な画像や文句が歓楽街の看板や広告には露骨に見受けられる。スケベではあるのに(あるいはだからこそ?)性的な話題に対して普段は過剰に反応する、そういう文化の中で下ネタでガス抜きされた男と、性的に口を閉ざされた女、という出来上がった構図を少しずつ打ちこわし、性的な悩みや欲望を必要に応じて口に出すことのできる環境は整えられるのだろうか。

霜鳥クリニックの看護師・犀川優太(三浦りょう太)と医務事務員で同性の恋人がいる夏目真凜(藤間爽子)。 Netflix

性的なことは何も卑猥なだけでも下品なだけでもない、という知識が一般常識となったところで、そう簡単でもないと思う機会は結構ある。以前「エル デジタル」で「TENGA」のフラッグシップ店舗を訪れた際、しばらく店頭に立って撮影やスタッフの方へのインタビューをしている間に、新しいその店舗に気づいて興味をしめす人は結構いた。でも、カップルの女性の方が「あ、見たい」というような反応をしても、男性の方が少し冗談ぽく「こら!」と目をふさぐなど非常に保守的な反応を見せることはあったし、友人グループらしき数人の中で、純粋に興味がありそうな様子の人がひとりいれば、他のメンバーがそれを大袈裟に揶揄ったり、「そんなに興味があるの?」と笑ったりする姿も見ることがあった。

それでもおそらく近いうちに、性について真剣に語らなくてはならないフェーズは訪れるのだろうと思う。というのも、教科書や映画、ドキュメンタリーなどでしか「性的同意」について学んでいない若者が性的にあまりアグレッシブな姿勢にならないように、説明で知るそれはとても複雑で到底自分らの手に負えるものではなく、怖く難しいものに思えるものだからだ。しかし恋人とのコミュニケーションの経験、あるいは恋愛におけるすれ違いや傷つけ合いの経験がある者からすれば、単に「イエス」「ノー」の言葉ではわからない、その真逆の意味を持つことすらある「同意」について、少なくともその重層的な構造自体は理解することができる。

霜鳥自身もまた、人知れず性の悩みを抱えていた。 Netflix

同意やハラスメントの話題について過剰に拒絶をしようとする(多くの場合一定の年齢以上の男性の)人の多くが、女性がセックスについて苦痛や欲望を口にする現場に立ち会ってこなかったであろうことは想像がつくし、彼らがふれてきた「女の子の本音」的なものが、エロ産業や週刊誌が用意した、男性の勃起を損なわないエンタメコンテンツでしかないこともおそらく間違いない。男性が女性のことを、ヘテロ女性がゲイのことを、わからないのは当たり前で、わからないことを都合の良い妄想で埋め合わせようとしてきた際に生じた齟齬が時に悲劇を生んできた。そうであればそろそろ、自慰のための妄想とはまた別のチャンネルで自分とは違う考えや欲望を持つ性の者のことを知ろうという機運が必要だ。

セックスがなければ豊かな人生が送れないとは微塵も思わないし、実際に同年齢の友人たちと話していて、セックスより推し活や美容によほど大きな快楽があると考える者だって多い。それでも恋人や興味のある相手との情熱と魂がぶつかり合う行為として、セックスを代替できるほど大きな身体と心の揺れを巻き起こすものがない以上、単に複雑で難しいからという理由でそれを悦びのリストから削除してしまうのは惜しいとも思う。お互いに性別やセクシャリティ、性的志向が違うからこそある誤解を、コミュニケーションの面白味であると発見できれば、セックスは危険なばかりの行為ではなくなる。危険を承知した世代の男女や多様な人々が大切な言葉を語り合う姿が見えれば、スケベな妄想で知識のなさを補っていた世代の男女がそこに追随する日も近いかもしれない。

Hearst Owned

Netflixシリーズ「SとX」世界独占配信中

PROFILE

鈴木涼美 1983年東京都生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。記者として在籍した日本経済新聞社を退社後、執筆業を中心に活動。著書に『「AV女優」の社会学 なぜ彼女たちは饒舌に自らを語るのか』(青土社)、『身体を売ったらサヨウナラ 夜のオネエサンの愛と幸福論』(幻冬舎)など多数。2022年『ギフテッド』、2023年『グレイスレス』(共に文藝春秋)が芥川龍之介賞候補作品に選ばれ話題を呼んだ。

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