1. トップ
  2. ライフスタイル
  3. 私の本棚の、主。作家・山内マリコ

私の本棚の、主。作家・山内マリコ

  • 2026.4.24
『THE YEAR OF 2000 BOOK 20世紀カルチャー・アンソロジー』リテレール編集部/編

19歳の知識欲を引き受けた75人の文化人たちの言葉

本棚の「主(ぬし)」みたいな存在。すぐに一冊の本が思い浮かんだ。いや、これは本といえるのだろうか?少なくとも本自身はそう謳っている。

『THE YEAR OF 2000 BOOK』。

昨今まずお目にかかれない函入(はこいり)の本である。クラフト紙の厚紙の函に、さまざまな文化人の写真が2色刷りでカラフルに配置されている。1999年11月刊行。肝心の本体はルーズリーフ状の紙をリングで綴じた、かなり特殊な製本。2000年のカレンダーがデザインされているので、一応、スケジュール帳……?ただ、自分の予定を書き込む余白はほとんどない。

その代わり、ひと月に6人分、ありとあらゆる文化人の言葉が載る。1月はまず凡例として『ライ麦畑でつかまえて』が引用され、1週目はモーリス・ベジャール自伝、2週目はカレル・チャペック『いろいろな人たち』、3週目は三島由紀夫『金閣寺』、4週目はジル・ドゥルーズ『千のプラトー』(ガタリとの共著)、5週目はヴァージニア・ウルフ『自分だけの部屋』、そしてシモーヌ・ド・ボーヴォワール『第二の性』とつづく。

見開き2ページに収まるだけの、各人の芯を食ったパートが、著者のプロフィールと併せて淡々と載っている。凡例のサリンジャー等を含め、ざっと75人。表紙のサブタイトルによれば、これは「20世紀カルチャー・アンソロジー」なのだ。

この本が書店の棚に並んでいた姿を、はっきりと憶えている。私はその年の春に田舎から出てきたばかりの大学1年生だった。大阪の南の端っこにある芸大に通っていたので、よく行く繁華街は天王寺(近鉄でいう阿倍野)という、大阪のディープサウス。あまり治安が良くないのはひしひし感じていたから、主に駅ビルの中で生息していた。

天王寺ミオが、その頃の私にとっては重要な位置を占めていて、家具も服も雑貨も、全部そこで買っていた。天王寺ミオで買い物するのがなによりの楽しみ、という時間が、人生のある時期に、たしかにあった。目を閉じればどの店がどこにあったか、いまも幻視できるくらい。

なかでも9階の旭屋書店にはよく行った。広大な売り場に、地元の書店ではお目にかかれないような洒落た本が並んでいて、行くたびにアドレナリンが噴き出た。

1999年の年末、きっと私はいつものように一人で天王寺ミオに行って、一階ずつお店をチェックしては、物欲に心を掻(か)き乱され、最後に旭屋書店にたどり着いたのだろう。

アート本コーナーに、セルジュ・ゲンスブールやサン=テグジュペリの写真が並ぶ表紙を見つけ、「うわ、なんだこれ」と手に取り、よくわからないけれど買ったんだろう。あの頃は、好みの服や、好きなアーティストのCDや、信じられないほど素敵な本を買うことで、ふわふわと空に駆け上がっていきそうな心地になった。

75人分の著名文化人たちの名前を、おかげでなんとなく覚えた。雑駁(ざっぱく)な知識欲に溺れ気味な私にとって、この本が良き手引きとなったことは間違いない。1年経つごとに2000年は遠くなり、貴重になり、捨てられなくなった。いまでは19歳だった頃の自分の、化身のようですらある。

書評季刊誌『リテレール』などで知られた版元より刊行された一冊。2000年のカレンダーとともに、作家や美術家、ミュージシャン、建築家ら75人の「21世紀に残したい言葉」が載せられている。メタローグ/品切れ。

profile

山内マリコ(作家)

やまうち・まりこ/1980年富山県生まれ。代表作に『あのこは貴族』(集英社文庫)など。最新刊は、きもの愛好家20人との対談本『きもの、どう着てる? 私の「スタイル」探訪記』(プレジデント社)。

元記事で読む
の記事をもっとみる