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“雨のサロン”はなぜ速かった? GP250王者クリスチャン・サロンがGP500で変えた乗り方

  • 2026.8.31

1984年にGP250世界王者となり、翌1985年には最高峰GP500へステップアップしたクリスチャン・サロン。端正な佇まいとは裏腹に、雨のレースでは圧倒的な速さを見せ、“雨のサロン”と呼ばれた。その一方で、独特のリーンウィズから徐々にハングオフへとフォームを変化させていったのも興味深い。イラストレーター松屋正蔵が、サロンの走りとライディングフォームの進化を振り返る。

※この記事は過去に掲載された内容をもとに、WEB向けに再構成しています。

“雨のサロン”はリーンウィズからハングオフへ

世界GPに参戦したライダーのなかでも、いかにも紳士然とした雰囲気を持っていたのが、今回取り上げるクリスチャン・サロンさんです。

いつ見ても背筋がピンと伸び、軽い足取りで歩く細身の姿は、まるで映画俳優のようでした。そんな人物が荒ぶるGP500マシンを駆るレーサーだったのですから、世界GPには本当にさまざまなタイプのライダーがいたものです。

クリスチャン・サロンさんは1976年からGP350への参戦を開始し、1984年にはGP250で世界チャンピオンに輝きました。

最高峰GP500へステップアップしたのは1985年。マシンはヤマハYZR500で、メインスポンサーは母国フランスのたばこブランド、ゴロワーズでした。

青の濃淡に黄色いラインを組み合わせたゴロワーズカラーは、GP500クラスのなかでも非常に目立っていました。

そんなサロンさんですが、いざレースになると装備にも面白い特徴がありました。

1985年は大きめの外観を持つKIWI製ヘルメットに、ややブカブカした印象の革ツナギを着用していました。

普段は姿勢が良く、細身で軽やかに歩く“フランス紳士”という印象なのに、レーシングスーツを着るとまるで鎧兜をまとったような姿になる。そのギャップが何とも不思議でした。

そして、サロンさんのライディングで特徴的だったのが「リーンウィズ」です。

リーンウィズとは、ライダーの腰をマシンのセンター付近に置いたままコーナリングするスタイル。ストレートでもコーナーでも、身体の中心が大きく車体から外れません。

1980年代当時でも、世界GPのトップライダーとしては珍しい乗り方でした。

1970年代後半には、ケニー・ロバーツさんがハングオフスタイルを世界GPへ持ち込んだと一般的に語られています。

ハングオフとは、腰をマシンのイン側へオフセットしてコーナリングするスタイルです。日本では長く「ハングオン」という呼び方も定着していましたが、世界的には「ハングオフ」と呼ばれるのが一般的です。

現在のMotoGPでは上半身まで大きくイン側へ入れ、ヒジを路面へ擦るライダーも珍しくありません。

それとサロンさんのリーンウィズを比べると、同じロードレースとは思えないほどフォームが違って見えます。

もちろん、どちらが正しく、どちらが間違っているという話ではありません。

ケビン・シュワンツさんやミック・ドゥーハンさんのように、状況によってリーンアウト気味のフォームを使うトップライダーもいました。

特にコーナー立ち上がりでリアタイヤがホイールスピンし、アウト側へ流れる動きを抑えるため、外側へ荷重するフォームには合理性があったと考えられます。

さて、GP250でリーンウィズを武器に世界王者となったサロンさんですが、1985年からGP500へステップアップすると、少しずつライディングフォームを変化させていきました。

1986~87年頃には、徐々にハングオフへ移行していったように見えます。

それ以前のGP350やGP250時代にも、腰をセンターに置いたままイン側のヒザを出す場面はありました。しかしGP500では、お尻を半分ほどイン側へずらし、ヒザを大きく開くようになります。

それでも当初のサロンさんは、ヒザが路面へ接触することがほとんどなく、当時GPライダーたちが使い始めていたヒザパッドも見られませんでした。

ところが1987年シーズンになるとサロンさんのツナギにもヒザパッドが確認できるようになります。この頃から、実際にヒザを路面へ擦るスタイルへ変わっていったのでしょう。

では、なぜサロンさんはライディングを変えたのでしょうか。

ここからは僕なりの考察です。

「フロントから転倒する」という表現がありますが、フロントタイヤが滑った際、路面に接触しているイン側のヒザで路面を押すことで車体を起こし、フロントタイヤのグリップを回復させるというテクニックがあります。

サロンさんも、そうしたメリットを感じてハングオフへ移行し、ヒザを路面へ接触させるようになったのではないか、と僕は考えています。

実際、それ以前のサロンさんはフロントタイヤのスリップをきっかけとした転倒が多かった印象があります。

そもそも、なぜレーサーたちがハングオフを使うようになったのか。

その理由のひとつとして、時代とともに太くなっていったリアタイヤへの対応があったとも言われています。

バイクがバンクすると、タイヤの接地点はトレッド中央からエッジ側へ移動します。タイヤが太くなるほど、その移動量も大きくなります。

そこであらかじめ身体をイン側へオフセットし、旋回へ入るタイミングを作りやすくする、という考え方です。

一方、GP125や現在のMoto3のように比較的細いタイヤを使うクラスでは、接地点の移動量も小さいため、リーンウィズに近いフォームを使うライダーも見られます。

そしてサロンさんを語るうえで欠かせないのが、雨です。

1985年は雨のレースが多いシーズンでしたが、サロンさんはそこで良い面も悪い面も見せています。

第3戦西ドイツGPでは、序盤にフレディ・スペンサーさんが独走する展開となりました。

しかし終盤、サロンさんが猛烈な追い上げを開始。スペンサーさんへ追いつくと、そのまま抜き去り、GP500参戦初年度で初優勝を果たしました。

ウエットコンディションで見せた圧倒的な速さから、サロンさんは「雨のサロン」と呼ばれるようになります。

一方、第7戦オランダGPでは、オープニングラップの右90度コーナーでウエット路面にフロントをすくわれて単独転倒。その後の展開も含め、雨が常に味方をしてくれたわけではありませんでした。

1985年は、GP250世界王者だったサロンさんが最高峰GP500でも本当に通用するのか、その真価が問われたシーズンでした。

結果的には雨のレースで強烈な存在感を示し、GP500でもトップライダーの一人として認められていきます。

端正なフランス紳士のような雰囲気を持ちながら、レースではYZR500を豪快に操る。

そしてリーンウィズからハングオフへ、自身のスタイルまで少しずつ変化させていったクリスチャン・サロンさん。

そのギャップも含めて、実に面白い存在感を持つGPライダーでした。

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