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かつて、ミス・ユニバース世界2位に輝いた美女。ハリウッドスターを直撃インタビュー→国連機関の日本大使に

  • 2026.10.8
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知花くらら-2006年7月撮影(C)SANKEI

20年前の2006年9月、ワシントンD.C.のアップタウンシアターで、ケビン・コスナー主演の映画『守護神』のワールド・プレミアが、全米公開に先駆けて華々しく開催された。レッドカーペットに招かれた日本のゲストには、日米の球界で「大魔神」として名を馳せた佐々木主浩と榎本加奈子夫人、そしてその年のミス・ユニバース世界大会で準優勝を果たしたばかりの知花くららの姿があった。

だがその日、知花には単なる華を添えるゲストにとどまらない、もう一つの重要なミッションがあった。将来の夢でもあった「インターナショナル・リポーター」としての初仕事である。

招かれてカーペットを歩くゲストの一人でありながら、同時に自らハリウッドスターに言葉を投げかける側に回る。脚光を浴びる存在でありながら、同時に伝える側に身を置く。この日に重なった役割に、その後の知花くららという表現者の歩みの原点があったように思う。

世界のスターに臆せず話を聞いた夜

会場となったアップタウンシアターは、ワシントンD.C.でいちばん有名な映画館だ。主演のケビン・コスナーが姿を見せると、会場は一気にヒートアップした。

百戦錬磨の大スターは、取材の一つひとつに丁寧に応じた。日本のメディアには、日本人のために映画を作り続けたいとファンへのメッセージを寄せた。体の大きな佐々木のことは、さすが大リーグのクローザーだと頼もしがり、「まさに守護神(ガーディアン)だね」と映画のタイトルに重ねて称賛するなど、プレミアならではの小粋なやり取りも生まれた。

そんな熱気渦巻くレッドカーペットで、知花は堂々とインタビューに臨んだ。持ち前の語学力を生かし、主演のコスナーたちに臆することなく話を聞いたのだ。世界大会で準優勝してからわずか1か月半。まだ大学を卒業したばかりの若き女性が、ゲストとして歩くだけでなく、自ら現場に立ち、世界の一流スターに言葉を求めていた。その事実そのものが眩しい。

大仕事を終えた知花は、「少し緊張しましたが、楽しんで大きな仕事を終えた感じです」と感想を語り、「次回はもっとがんばります」と意気込みを見せた。世界的な大舞台に招かれたその夜に、彼女の視線はすでにリポーターとしての「次回」を見据えていた。

熱狂の夏から新たな挑戦へ

そもそも知花くららが世界の注目を集めたのは、この年の7月のことだった。ロサンゼルスで開かれたミス・ユニバース世界大会で、知花は世界2位に輝き、ベスト・ナショナル・コスチューム賞も受賞した。

大会翌日、ビバリーヒルズのジュエリーブティックで開かれた新作発表会には、ロサンゼルスに住む沖縄県出身の人たちがお祝いに駆けつけた。知花が姿を現すと、わっという歓声とともに大きな拍手がわき起こった。沖縄県知事からの祝辞を受け取ると、知花は驚いた表情を見せながら「感激です。ありがとうございます」と喜んだ。

あの熱狂の夏からわずか1か月半後、彼女の次の一歩が、ワシントンでのリポーターという新しい挑戦だった。この年は「VOGUE NIPPON Women of the Year 2006」にも選ばれている。

世界の現実を伝える側へ

ワシントンでの初陣を皮切りに、知花は本格的に伝える人としての道を歩み始める。翌月からは日本テレビの報道番組『NEWS ZERO』で、リポーターを担当した。その後も、テレビ東京『知花くららの地球サポーター』ではリポーター、BS12『グローバルビジョン』ではナビゲーターを務めていく。

そして、知花が約15年にわたって続けたのが、国連世界食糧計画(WFP)の活動だ。ミス・ユニバースの翌年から約7年間、オフィシャル・サポーターとして途上国の学校給食プログラムを広め、2013年12月にはWFPとして初めての日本大使に任命された。

任命の会見では「情熱を持って、活動を多くの人に伝えていきたい」と語り、緊急支援の現場にも足を運びたいと続けた。ハリウッドスターに話を聞いた彼女は、今度は飢餓と向き合う支援の現場を世に伝える役を引き受けていた。

20年を経て紡ぐ言葉

知花は2023年4月から、日本テレビ系の情報番組『DayDay.』に水曜レギュラーとして月1回出演している。20年前に『NEWS ZERO』のリポーターとして入った同じ局で、今も伝える側の席にいる。また、朝日新聞デジタルマガジン「&w」の連載「知花くららの#海辺の暮らし」では、海辺の町での日々の暮らしを、写真とともに自らの筆でつづっている。

レッドカーペットの熱気の中で、彼女は「次回はもっとがんばります」と言葉を残した。その「次回」は、『NEWS ZERO』へ、WFPの支援の現場へ、そして今の『DayDay.』へと、20年をかけてつながってきた。テレビの画面越しに、あるいは彼女のつづる文章でその姿を目にするたび、20年前、世界のスターに堂々とインタビューした若き日の姿を思い出したくなる。


※記事は執筆時点の情報です

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