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50年前、名音楽Pと結婚した【伝説の歌姫】“旧姓最後”のアルバムに収めた『ドライブソング』

  • 2026.11.7
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2017年5月、グランドハイアット東京で行われたムッシュかまやつのお別れの会で『中央フリーウェイ』を歌う松任谷由実(C)SANKEI

仕事を終えて車に乗りこんだものの、まっすぐ帰るのがなんとなく惜しい。西の空にまだ色が残っているうちは、少し遠回りをして帰りたくなる。そんな夕暮れの道連れに、カーステレオから流したい1曲がある。

荒井由実『中央フリーウェイ』(作詞・作曲:荒井由実)ーー1976年11月20日発売

荒井由実(現・松任谷由実)の4枚目のオリジナルアルバム『14番目の月』に収められたドライブの名曲だ。夕暮れから夜へ、恋人の運転する車で郊外を抜けていく。窓の外を流れる景色と、隣にいる人と同じ時間を分け合うひととき。歌に描かれているのは、言ってしまえばただそれだけの道のりだ。

ただ、この曲はひとりの手の中だけで完結した歌ではない。デビュー曲を手がけた人のために書かれ、その人の声で先に世に出て、のちの夫の手でアルバムの1曲になり、半世紀近くたって新しい世代と肩を並べた。人から人へ手渡されながら走り続けてきた歌として、あらためて聴き直してみたい。

作った本人より先に贈り先が歌った春

最初にこの歌を受け取ったのは、14歳のころから彼女を知るひとりの音楽家だった。

2017年、ムッシュかまやつを特集したテレビ番組で、ユーミンはこの曲を結婚前にムッシュのために書いたと明かした。ドライブ好きのムッシュへ向けた特別な1曲。かまやつひろしは1972年のデビュー曲『返事はいらない』を手がけたプロデューサーであり、ユーミン自身が2017年の訃報に寄せて恩師と呼んだ人だ。

そして、この曲が最初に人前で歌われたのも、本人のレコードではなかった。1976年3月、TBSの『セブンスターショー』で、『中央フリーウェイ』はまずかまやつの声で世に出ている。荒井由実自身の歌がアルバムに入って店頭に並ぶのは、同じ年の11月のことだ。

2023年3月、ムッシュの七回忌に合わせたトリビュート公演で、ユーミンはデビュー曲『返事はいらない』を歌い、続けて『楽しいバス旅行』とこの曲をつなぎ合わせて、1976年のテレビでの共演を再現してみせた。47年前にムッシュへ贈った歌を、今度は自分の声で彼のもとへ届け直す。ステージの上には、そんな時を超えた往復が確かに見えた。

家まで送る車の中にも始まりがあった

曲の始まりについては、もうひとつの話が残っている。2023年10月、松任谷正隆はエッセイ集『車のある風景』の中に「中央フリーウェイ、本当の話」という一編を収めた。仕事のあと、荒井由実を八王子の実家まで車で送っていた日々があり、その車中が曲の元になったと書いている。

おもしろいのは、ムッシュと松任谷正隆という二人の男性が、それぞれ違う形でこの曲の始まりに関わっていることだ。1曲の出自がひとつの話にまとまりきらないこと自体、この歌が早い段階からひとりの手に収まらない歌だった証しのように感じる。

歌には、調布基地、競馬場、ビール工場と、東京の西へ延びる道沿いの景色が並ぶ。具体的な場所がそのまま歌になっているからこそ、聴く側もまた、いつか自分が通った帰り道を、すぐ隣に重ねてみたくなるのだろう。

名前が変わる直前のアルバムが受け止めた歌

1976年11月20日に出たアルバム『14番目の月』は、松任谷正隆が初めて彼女のプロデュースを手がけたアルバムであり、荒井由実の名で出す最後のオリジナルアルバムになった。その月のうちに、二人は結婚している。

『中央フリーウェイ』は、このアルバムの1曲として世に出た。最初からシングルとして売り出された歌ではない。7インチのシングル盤が出るのは、4年後の1980年になってからのことだ。1976年の聴き手にとって、この曲はアルバムを頭から聴いていった先で出会う特別な歌だった。

ムッシュに贈った歌が、のちの夫のプロデュース作で、しかも旧姓で出す最後のアルバムの中で、ようやく本人の声の歌として結実する。春にテレビで鳴った歌は、名前が変わる直前の秋に、荒井由実の歌としてレコードに残った。曲の道のりの中で、ここがいちばん大きな曲がり角に思える。

半世紀前の声のまま令和の夜を走る

2023年に出たコラボレーション・ベスト・アルバム『ユーミン乾杯!!』で、YOASOBIがこの曲を選んだ。原曲の録音素材に残る荒井由実の歌声をそのまま使い、YOASOBIが新しく書き足した一節を重ねて、世代を超えた二組が並んで歌う形になった。

新しい詞はユーミンの提案で、山内マリコの小説を下敷きにしている。YOASOBIのAyaseが思い描いたのは、大都会の夜を走る景色だった。郊外を抜けていった1976年の車と、大都会の夜を走る2023年の車が、1曲の中で同じ道へと合流する。

荒井由実のみずみずしい声は1976年のまま年を取らず、隣に座る相手だけが入れ替わっていく。遠回りの夕方にこの曲をかけるとき、ハンドルを握る自分もまた、その列のいちばん後ろにそっと加わっているような心地がするのだ。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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