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美脚大賞で「足はコンプレックスだった」20年前、複雑骨折を明かした40代女優 63歳でAIアバターと歌う現在

  • 2026.10.5
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006年9月、第4回〈パーカッシオ〉美脚大賞で40代の部に選ばれた秋本奈緒美(C)SANKEI

美脚をたたえられる晴れ舞台で、当の本人が「足はコンプレックスだったんです」と打ち明ける。20年前の2006年9月、第4回〈パーカッシオ〉美脚大賞の授賞式で、40代の部に選ばれた秋本奈緒美が見せた受け答えは、チャーミングだった。昔の複雑骨折を率直に明かしながらも、最後は「だらだらした生活をせず、もっと美脚女性を目指します」と宣言した。

杉本彩と緊張気味のほしのあきと並んで

会場となったのは、東京・目黒のウェスティンホテル東京。国内の高級靴メーカー6社による「パーカッシオクラブ」が主催し、クラレが後援するこの賞は、のちに「クラリーノ美脚大賞」として続いていくアワードの、まだ4回目だった。

この年の顔ぶれは実に華やかだった。20代の部にはグラビアでブレイクしていたほしのあき、30代の部には杉本彩。20センチ以上のスリットが入ったスカートで登場し、美脚の理由に社交ダンスを挙げる杉本と、2人の“お姉さん”に囲まれて緊張気味のほしの。

そんな濃密な空気のなか、40代代表として登場した秋本は、受賞を聞いたときは信じられなかったと、率直に驚きを口にした。

ヒールなのに「走れる」と答えた実直さ

受賞者には、各自がデザインしたパンプスと、その靴をつくった木型のトロフィーが贈られた。履き心地をめぐる受賞者たちの言葉にも、三者三様の個性が滲み出る。ほしのが「今までで履いたパンプスで一番履きやすい」と語り、杉本が「ダンスができるほど、履きやすい」と答えるなか、秋本が返したのは、ヒールがあるのに「走れるくらい、履き心地がよい」という一言だった。

美脚の賞でありながら、脚をいかに細く、長く見せるかではなく、走れることを喜ぶ。昔の骨折以来、足を気にしてきた彼女には、大地を踏みしめて軽快に動けることのありがたみが、身に染みていたのかもしれない。

深夜番組の司会から舞台のくの一へ

秋本といえば、1982年にジャズ歌手としてデビューし、翌83年には深夜番組『オールナイトフジ』の初代司会を務めた経歴を持つ。

2000年代の彼女は、バイプレイヤーとして着実にキャリアを重ねていた。2006年だけでも『Ns'あおい』『富豪刑事デラックス』『サプリ』などのドラマに次々と出演している。美脚大賞からわずか3か月後の12月には、大野智主演の舞台『テンセイクンプー~転世薫風~』の板の上に立っていた。

演じたのは、現代では科学者の秘書、江戸時代では服部半蔵の片腕となるくの一のみゆき。足がコンプレックスだったと語っていた女性が、その年の暮れには、タイムスリップアクションコメディーの舞台で忍びの役を演じていたのだ。

美脚大賞が見送られた秋に

秋本は、2026年1月に63歳の誕生日を迎え、『秋本奈緒美 BIRTHDAY LIVE』(ラドンナ原宿)で3日間ステージに立った。4月には、本人の公式認定のもと、秋本をモデルにしたAIアバター「Naomi.AI」の楽曲『Blooming』が公開された。80年代のシティポップを最新のテクノロジーでアレンジした曲で、歌声はAIの生成だ。9月には第2弾『Dancing all night』も公開された。秋本は、時代の新しいテクノロジーをも面白がっているように見える。

20年前、贈られたヒールを「走れる」とほめた秋本奈緒美は、63歳になった今も、自分自身の足でステージに立ち、新しい表現の場へとステップを踏み出している。


※記事は執筆時点の情報です

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