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20年前、大女優が明かした“娘”からの手紙。12年後、スイスの国民的美少女に届いた“もう一通”が女優復帰を決めた

  • 2026.10.4
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2006年9月、総合かぜ薬『パブロン』発売50周年記念記者発表会に出席した三田佳子(C)SANKEI

20年前の2006年9月、総合かぜ薬『パブロン』の発売50周年を記念する記者発表会でのこと。東京・虎ノ門のホテルオークラ東京には、歴代のCMキャラクターを務めた三田佳子、竹下景子、榊原郁恵という錚々たる顔ぶれが集い、パブロンの歴史映像と過去の主なCMが上映された。

その華やかな席で、三田佳子が披露したのが、かつてCMで“娘役”を務めた後藤久美子のエピソードだった。遠くスイス・ジュネーブで暮らす後藤から、当時も手紙をもらっていると明かした。三田は当時を懐かしがりながら、遠い空の下にいる“娘”との再会を望んだ。

二人がCMで母娘を演じた日々は、すでに遠い過去のこと。コマーシャルという限られたビジネスの関係であれば、撮影の終了とともに縁が途切れても決して不思議ではない。それでも、海を越えて便りは届き続けていた。三田佳子にとって、カメラの前で結ばれた絆は、その場限りの“役”では終わらないものだったように見える。

「早めのパブロン」の美人親子

パブロンのCMで、1987年に母親役に起用されたのが三田佳子。そして娘役に抜擢されたのが、当時「国民的美少女」と呼ばれていた後藤久美子だった。

その愛称「ゴクミ」は、同年の新語・流行語大賞で銅賞に輝いている。前年にNHK大河ドラマ『いのち』で主演を務め上げた三田と、まばゆい輝きを放つ少女のツーショットは、「美人親子」として評判を呼んだ。

「よかったネ、早めのパブロン」という耳馴染みのあるフレーズとともに、二人のコンビは長寿ペアとなった。

このCMの期間は、三田にとっても女優人生の大きな充実期と重なる。1989年・1990年と2年連続で『NHK紅白歌合戦』の紅組司会を務め、1994年には大河ドラマ『花の乱』で再び主演。昭和から平成へと時代が移り変わる中、視聴者はパブロンのお母さんを目にし、大みそかには紅白の晴れ舞台に立つ三田の姿を見守っていたことになる。

2006年の発表会で、三田は「早めのパブロン」の言葉がとても流行ったことを懐かしみながら、後藤との関係を「“親子愛”を確立出来たと思います」と振り返った。

画面の向こうへ注ぎ続けた温かな母性

思えば三田佳子という女優は、作品の中でたびたび母を演じてきた。パブロンの母親役を終えて10年ほどたった2006年の夏には、スペシャルドラマ『コシノ家の闘う女たち〜肝っ玉お母ちゃんとパワフル三姉妹』(日本テレビ系)に主演。演じたのは、のちに世界的デザイナーとなる三姉妹を、女手一つで育て上げた母・コシノアヤコだ。

“娘たち”には秋野暢子、広田レオナ、神田うのが並んだ。互いにライバル心を燃やす3人の成長を見守る母の役だった。

同じ年の6月には、フジテレビ系の『夏樹静子サスペンス・日向夢子調停委員事件簿4 復讐』で、民事調停委員の夢子を演じている。殺人事件と、母親の愛を求める少年を描いた回だ。三田はこの作品の魅力を、でこぼこな登場人物たちの人間らしい温かみが、事件の残酷さを包み込むところに見ていた。

ジュネーブと日本をつないだ手紙

その後、パブロンの母親役のバトンは竹下景子へ、そして2011年には松嶋菜々子へと受け継がれていく。2011年の発表会で大正製薬の社長が説明したように、時代が移り変わっても同CMが一貫して描き続けたのは「親子の情」だった。

その原点ともいえる温もりを三田と分かち合った後藤久美子は、1995年の映画『男はつらいよ 寅次郎紅の花』を最後に女優業から遠ざかり、ジュネーブで暮らしていた。

後年、後藤のもとには別の手紙も届く。2018年、後藤は『男はつらいよ お帰り 寅さん』で実に23年ぶりに女優への復帰を発表。その心を動かしたのは、山田洋次監督からジュネーブの自宅へ宛てられた一通の長い手紙だった。手紙を読み終える頃には、後藤は出演を決意していた。

三田が会見でジュネーブからの便りを明かしてから12年。今度は山田洋次監督からジュネーブの後藤のもとに届いた手紙が、再び映画出演を決めるきっかけとなった。そんなやり取りが、後藤の人生の節目に静かに寄り添っていた。

役を離れても心に残る家族

2026年5月に公開された映画『お終活3 幸春!人生メモリーズ』で、三田は認知症の母・加藤豊子を演じた。息子役は小日向文世だ。

出演発表に際し、三田は同い年の橋爪功との久々の共演を喜び、初日の現場で「思わず抱きついちゃったわ」と明かした。立て続けに共演して気心の知れた小日向との関係についても、「いい親子になりました」と語っている。

重くなりがちなテーマに、三田はプロデューサーや香月秀之監督の要望もあって、思い切ったファンタジーの味つけで臨んだ。

かつてCMの娘と育んだ「親子愛」を懐かしみ、スクリーンで出逢った息子と「いい親子」になれたと喜ぶ。三田佳子にとって、カメラの前で結ばれた縁は、撮影終了の合図とともに消えてしまうものではないのだろう。CMの共演が終わって10年あまりたっても、遠い異国の空の下にいる“娘”から手紙が届いていたのだと思う。


※記事は執筆時点の情報です

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