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一世を風靡した「国民的妹」が20年ぶりに“グラビア復活”。家族会議から始まった40代の再出発

  • 2026.9.12
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2005年8月、カレー店のイベントで1日店長を務めた山川恵里佳(C)SANKEI

山川恵里佳が20年ぶりにグラビアへ戻ったのは、芸能生活25周年を迎えた2023年。かつて「国民的妹」として親しまれたバラドルは、41歳で再びカメラの前に立った。その準備には、夫と子どもたちを交えた家族会議もあった。

どんな衣装を着るかを相談し、今の自分に合う体づくりをする。復帰までの道のりには、久しぶりだからこその手順が詰まっている。にぎやかなテレビの記憶と、40代の新たな一歩。その間にある時間をたどってみたい。

あの早口の向こう側

1998年、山川はグラビアコンテスト「ミスヤングマガジン」の特別賞を受賞してデビューした。グラビアからバラエティーへと出番を広げ、高い声と早口、相手の言葉に素早く返すやり取りで人気を集めた。

日本テレビ系のバラエティー番組『ウッチャンナンチャンのウリナリ!!』などで活躍した姿は、妹という呼び名にもよく似合う。大人たちの輪へひょいと飛び込むような軽やかさ。かわいらしさと物おじしない勢いが、同じ画面にあった。

ただ、その勢いには舞台裏がある。大先輩に大胆にからんだあとには、本人のもとへ謝りに行っていた。番組で求められる強気なキャラクターと、相手への礼儀を大切にする自分。その両方を抱えて仕事をしていたのだ。

年齢を重ねるにつれ、先輩への失礼さを笑いに変える役回りを続けることにも悩むようになった。その後は通販番組にも活動を広げ、商品を紹介する仕事にも取り組んできた。早口で場をにぎわせた人が、今度は商品のよさを伝える。しゃべる仕事の中でも、力を注ぐ先は変わっていった。

水着の前に家族会議

2007年にお笑い芸人のおさると結婚し、2010年に長女、2013年に長男が誕生。グラビアを離れていた20年の間には、こうした家族の歩みも重なっている。

2023年の復帰にあたって話し合ったのは、グラビアを再開することに加え、露出の大きな水着をどこまで着るかという具体的なことだった。成長した子どもたちも交え、家族は復帰に賛成。衣装については、撮影を依頼した写真週刊誌『FRIDAY』側とも相談を重ねた。

大きな再出発の入り口が、水着の形をめぐる家族会議だったというのがいい。仕事の話が、毎日の暮らしと地続きになっている。昔と同じ場所へ戻るにも、今の生活を置き去りにする必要はない。家族と話し、仕事相手とも調整する。その手順まで含めて、40代で選び直したグラビアなのだ。

体づくりにも変化があった。以前からジムに通っていた山川は、撮影に向けていったん体重を増やし、そこからトレーニングで引き締めた。細さだけを求めず、体の柔らかさも残す準備をしている。

こうして同年10月、『FRIDAY』で20年ぶりのグラビアを披露した。撮影には、庭でホースの水を浴びる場面もあった。水しぶきの中の表情には、かつての妹らしい無邪気さも重なる。大人になった姿の中に、知っている愛らしさがのぞく。その両方に出会える復帰だった。

今度は盛岡の街で

原点を訪ね直した山川の活動は、故郷にも続いている。岩手県盛岡市出身で、2023年にはプロバスケットボールチーム・岩手ビッグブルズのオフィシャルアンバサダーに就任した。

走ることとの付き合いも長い。2016年の横浜マラソンでは、メディアランナーとして初めてフルマラソンを完走している。グラビア復帰より前から、体を動かす活動を重ねてきた。

2026年10月の「いわて盛岡シティマラソン2026」には、ゲストランナーとして参加予定。走るのは12.1キロのファンランで、ゴールは盛岡八幡宮だ。カメラの前でポーズを取る人でもあり、地元の街を走る人でもある。今の山川を知る入り口は、テレビやグラビアの外にも広がっている。

原点に今の自分を連れて

山川の20年ぶりの復帰で心に残るのは、家族や仕事相手と相談しながら、その時点の自分に合う形をつくったことだ。10代のキャラクターに悩んだ時間も、結婚や子育ての日々も、再出発の背景にある。

「国民的妹」の面影と、大人として重ねた選択が一緒に見えてくる。昔の姿を知っているからこそ、現在の姿にも目を向けたくなる。原点に今の自分を連れて戻り、さらに故郷を走る予定もある。その続きまで見たくなるのが、山川恵里佳の今の魅力だ。


※記事は執筆時点の情報です

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