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東直子さんが選ぶ「令和の短歌」|テーマは「海から広がる想い」

  • 2026.8.23
Salvator Barki / Getty Images

日本では古くから、人々が日々の気持ちを短歌に託して表現してきました。ここでは、現代の感性で日常を切り取った「令和の短歌」を、歌人の東直子さんが選び、毎回さまざまなテーマに沿ってご紹介します。今回のテーマは「海から広がる想い」です。

海のそばで育った君の心音は耳をすませばさざ波を飼う

ミラサカクジラ『ウエンディたちの祈り』(2026年)

【東直子さんの講評】

心を寄せている「君」が、海のそばで育った日々のことを想像することで、自分の中にも海のイメージが広がっていったのだろう。抱き合ったときに聞こえた「君」の心音に「さざ波」を感じた。

その「さざ波」に対して、「聞こえる」などではなく、「飼う」という動詞が使われている点に着目したい。寄せては返す波を一つの生き物のように捉えて、心の中でずっと一緒にいるのだ。生きていることの豊かさが、海の風景として広がっていく。

同じ歌集の中にある「夏草の鋭さに足を切りながらそれでも海を見つけたかった」という一首で描かれた「海」の切実さも胸を打つ。命を育み、心を高鳴らせる希望の象徴としての「海」なのだろう。

沈黙も叫びの一つ潮騒の無い貝殻を海へ返して

深山睦美『ロボット座流星群』(2026年)

【東直子さんの講評】

巻貝の殻に耳を当てると潮騒が聞こえることがある。海に棲んでいた貝が日々聞いていたはずの潮騒の記憶が閉じ込められたかのように。しかしここに出てくる貝殻は、「潮騒が無い」のだという。それをこの作者は「沈黙」として捉え、さらに「叫びの一つ」だと想像を広げる。

歌集『ロボット座流星群』には、ロボットをはじめとする支配される側の立場にいることの不条理を描いて、その深い悲しみと怒りを様々な角度から暗示する作品が多く含まれている。

掲出歌では、貝殻になって音一つたてることができなくなったその「沈黙」の奥底にある心理を読み取ろうとしている。この世に偏在する言葉にできない「叫び」を代弁しているのだ。

海沿ひの一人歩きに慣れ果てて水面に浮かぶ顔もほほゑむ

大津仁昭『歌集 あの町に生まれて』(2026年)

【東直子さんの講評】

海の近くに暮らし、海沿いをよく散歩しているのだろう。のどかな行為のようだが「慣れ果てて」という書き方には、本当は誰かと一緒に歩きたかったが長年一人で歩くしかなく、淋しさなどを感じることさえなくなった、といった、孤独を極めた者の感慨がうかがえる。

水面を見ていると浮かぶ顔がみな笑顔であるということも意味深である。家族などの親しい人だったり、好意を寄せている人だったりするのだと思うが、すでにこの世にいない人や、もとから存在しない人も含まれているように感じる。孤独の先にある諦念がもたらした想念としての笑顔なのではないだろうか。風にゆらめく海の水面は、人間の記憶をたえず揺らす存在でもある。

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ひがしなおこ◯歌人、作家。広島県生まれ。1996年に第7回歌壇賞、2016年には小説『いとの森の家』(ポプラ社)で坪田譲治文学賞を受賞する。歌集『春原さんのリコーダー』(ちくま文庫)、小説『ひとっこひとり』(双葉社)、エッセイ集『魚を抱いて 私の中の映画とドラマ 』(春陽堂書店)など著書多数。最新刊は掌編『フランネルの紐』(河出書房新社)。好きな映画はフェリーニの『道』。

文=東 直子 編集=吉岡博恵

『婦人画報』2026年9月号より

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