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秦早穗子さんの“忘れがたい映画監督”|映画人生で出会った唯一無二の映画人

  • 2026.8.22
Hearst Owned

映画には、その監督の人生観や美意識が映し出されています。秦さんが魅せられた映画監督とは。

70年以上にわたる映画の旅の記憶は心の奥底に隠されて、すぐには姿を現さない。ここに記されるのは、ほんの一部。フェリーニやゴダールはすでにこの特集内で紹介しているので、ひと言だけ記した。

映像で夢と現実を語る魔術師

フェデリコ・フェリーニ(1920〜93)

Album/Aflo

イタリア・リミニ生まれ。17歳まで奔放な生活を送った後、さまざまな職業を経て映画界入り。巨匠ロッセリーニ監督の依頼で『無防備都市』の脚本に参加し、評価される。1954年『道』で名を知られ、『8 1/2』でアカデミー外国語映画賞受賞。『道』主演のジュリエッタ・マシーナと43年に結婚。生涯をともにした。

<strong>『甘い生活』</strong>1960年製作/出演=マルチェロ・マストロヤンニ、アニタ・エクバーグ Collection Christophel/Aflo

『青春群像』で彼の存在を知った。主人公はフェリーニの投影であり、実際彼は漫画を描くことから始まり、映画へと道を広げていく。続く作品で、20世紀後半の混乱と人間の堕落を予告する。フェリーニは自らの夢に誠実な人だった。図抜けた稀有の存在だった。好き嫌いは別。そのことだけは皆様にお伝えしたい。

映画界に革命を起こした永遠の異端児

ジャン=リュック・ゴダール(1930~2022)

Album/Aflo

フランス・パリ生まれ。ソルボンヌ大学時代からカルチェ・ラタンのシネマクラブに通い、1952年から雑誌の映画評を執筆。59年に初の長編『勝手にしやがれ』を手掛け、ヌーベルバーグの代表として有名に。次々と問題作・異色作を輩出していく。最期はスイスで安楽死を選んで人生を閉じた。

<strong>『勝手にしやがれ』</strong>1960年製作/出演=ジャン=ポール・ベルモンド、ジーン・セバーグ Collection Christophel/Aflo
Blu-ray 1,650円 発売・販売元=KADOKAWA

『勝手にしやがれ』の監督をここで排除してしまうのは、噓をつくことになってしまう。映画の形式を刷新しただけではない。時代の空気を鋭く嗅ぎ取り、誰も見たことのない世界を切り開いた。

哀しみを笑いに変えた不滅の喜劇王

チャールズ・チャップリン(1889〜1977)

ZUMA Press/Aflo

イギリス・ロンドン生まれ。舞台役者の両親のもとに生まれるが、2歳のときに両親が離婚。極貧のなか5歳から舞台に立ち、やがて看板役者に。20代でハリウッドに渡り、監督・脚本・主演を手掛けた映画を製作、大スターに。一時アメリカから「赤狩り」で事実上追放され、20年後に復権。

<strong>『モダン・タイムス』</strong>1936年製作/出演=チャールズ・チャップリン、ポーレット・ゴダード mptvimages/Aflo

『独裁者』で大泣き。『ニューヨークの王様』では彼の本音を見たように思った。貧しい生まれからようやくコメディアンとして成功し、ナチスと対立、さらには共産主義者としてアメリカを去るまでの日々を思い浮かべたからだ。

そして、70年代。フランスから勲章を受け取るために、カンヌ国際映画祭にやってきたチャップリン。丸々太った好々爺で目つきも穏やか。フランス語はうまくないからと、傍らの杖をとり、くるりと後ろ向きになって、歩き出した。『モダン・タイムス』のチャーリーの歩きだ。奥行きのない舞台は広くなり、果てしない道が続く。自由への道だった。

貴族の美意識を映画に刻んだ巨匠

ルキーノ・ヴィスコンティ(1906~76)

everett collection/Aflo

イタリア・ミラノの貴族の家に生まれる。1936年にシャネルの紹介でジャン・ルノワールの監督作を手伝う。43年『郵便配達は二度ベルを鳴らす』で長編監督デビュー。戦時中レジスタンス運動に協力して逮捕されるが、連合軍のローマ解放とともに釈放。戦後は荘厳な美学に基づく数々の作品を発表。

<strong>『山猫』</strong>1963年製作/出演=バート・ランカスター、アラン・ドロン、クラウディア・カルディナーレ Collection Christophel/Aflo

彼が『山猫』を携え、正式にカンヌ国際映画祭に登場するのは、1963年。ミラノの大貴族で、一時は共産党員。演劇・オペラ、そして映画へと独自の美意識を兼ね備えた御大が、鳴り物入りでカンヌにやってきた。ヴィスコンティはパルム・ドールでなければと、念を押しての出番との噂が流れた。すらりとした長身で、眼光鋭く、にこりともしない。近寄りがたい風格があった。

1971年のカンヌ。あからさまに、作曲家の少年への愛を描いた『ベニスに死す』。会場で罵声が飛んだ。

シャネルが死んだとき、教会が白い百合の花束で覆われたなか、赤いバラがあった。ヴィスコンティからだった。

ミュージカルに時代の痛みを込めた映像詩人

ジャック・ドゥミ(1931~90)

REPORTERS ASSOCIES/Getty Images

フランス・ポンシャトー出身。パリの写真映画学校で学び、1960年にその後も長くタッグを組むミシェル・ルグランの音楽によるミュージカル映画『ローラ』で長編を初監督。62年アニエス・ヴァルダと結婚。ヌーベルバーグの立役者のひとりとして活躍。HIV感染のため死去。

<strong>『シェルブールの雨傘』</strong>1964年製作/出演=カトリーヌ・ドヌーヴ ©Cine-Tamaris 1993
DVD&Blu-ray 各5,170円 発売・販売元=ハピネット・メディアマーケティング ©Cine-Tamaris 1993
女心を見つめた「ヌーベルバーグの祖母」

アニエス・ヴァルダ(1928~2019)

ベルギー出身で、父はギリシャ人、母はフランス人。パリのソルボンヌ大学とルーブル学院で文学や美術を学び、写真映画学校にも通学。写真家を経て映画の道へ。夫ジャック・ドゥミと死別後も製作を続け、2019年『アニエスによるヴァルダ』を遺作として送り出し、同年逝去。

<strong>『5時から7時までのクレオ』</strong>1961年製作/出演=コリンヌ・マルシャン Photofest/Aflo
DVD 2,420円 発売元=アイ・ヴィー・シー © agnès varda et enfants 1994

1961年、カンヌにゴダールは、ドゥミとヴァルダを連れてやってきた。彼ら3人は、若くて、輝いていた。それぞれの個性と才能は確かであり、私は遠くからまぶしい存在に声援を送っていた。

ヴァルダは『5時から7時までのクレオ』『幸福』で女の心の底を映像化したし、ドゥミは『ローラ』を経てミュージカル映画『シェルブールの雨傘』で、アルジェリア戦争、シングル・マザーの問題を取り上げようと、すでに苦戦が始まっていた。

彼ら夫婦が、それから辿った、一緒で、かつ、それぞれの道。誰があのとき、ドゥミはエイズで、ゴダールは自死の道を選ぶと想像しただろう。

亡命の果てに希望を描いた巨匠

オタール・イオセリアーニ(1934〜2023)

Vittorio Zunino Celotto/Getty Images

ジョージア・トビリシ出身。全ソ国立映画大学で学び、1962年に中編デビュー作『四月』を完成させるが、上映禁止処分に。79年フランスに移住し、寡作ながら秀作を世に送った。

<strong>『月曜日に乾杯!』</strong>2002年製作/出演=ジャック・ビドウ Album/Aflo

彼の名前を入れるのは、場違いかと躊躇もする。祖国ジョージアを逃れ、パリで映画を創り続け、そこで死んだ。最後に彼と交わした言葉が忘れられず、折りあれば、伝えたいと願っていた。

「ジョージアの政治的、社会的状況はとても厳しく、人々の暮らしはますます厳しくなっています」。現在のウクライナとロシアの関係に似通う部分もあるのだろうか?それでも、皮肉と苦さのなかに、ある種の希望を込めるのをイオセリアーニは忘れなかった。作品としては『月曜日に乾杯!』を挙げておこう。静かに、淡々と酒を飲み続ける姿も忘れられない。

新たな視点が光る新世代の才能

クロエ・ジャオ(1982~)

pool photo/Reuters/Aflo

中国・北京出身で、継母は女優の宋丹丹。10代でイギリス留学。アメリカに渡り、ニューヨーク大学在学中に映画製作を始める。2020年、『ノマドランド』で世界的評価を得た。

<strong>『ハムネット』</strong>2025年製作/出演=ジェシー・バックリー、ポール・メスカル ©2026 Universal Studios. All Rights Reserved.
Blu-ray+DVDセット 5,390円

50歳も年の違う世代、しかも中国出身の女性監督が現れ、アカデミー賞を受賞した。本当に時代は着実に前へ進んでいることを実感する。彼女の『ノマドランド』から『ハムネット』へと見続けてくると、主題の幅広さと、自由に発想していく力に驚かされる。稀有な才能の持ち主なのだと納得するしかない。

さらに圧倒されるのは、人間を真正面から見つめるまなざしである。実在したシェイクスピアの息子ハムネット。幼くして世を去ったその少年に思いを寄せ、父の名声の陰に埋もれていた小さな存在を掘り起こし、鮮やかに物語の中心へと浮かび上がらせる。その力に敬服する。

濱口竜介(1978~)

『急に具合が悪くなる』は、21世紀が生んだ重要な作品のひとつだと思う。男女の区別を乗り越えて、人間同士が忌憚なく話し合う。いま、一番、心に残る。

文=秦 早穗子 編集=須田秀子(婦人画報編集部)

『婦人画報』2026年9月号より

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