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時間を操り、映画技術を極める!『インセプション』『オッペンハイマー』から『オデュッセイア』へと至るクリストファー・ノーランの軌跡を振り返る

  • 2026.8.20

『オッペンハイマー』(23)で第96回アカデミー賞作品賞、監督賞を含む7部門を獲得したクリストファー・ノーラン。そんな彼が最新作としてメガホンをとったのが、すべての物語の原点と言われる、吟遊詩人ホメロスの叙事詩を映画化した『オデュッセイア』(9月11日公開)だ。

【写真を見る】クリストファー・ノーラン監督の歩みを振り返り!丸わかり年表

全米で7月17日に封切られると、8月18日時点までで興収約5億468万ドル(Box Office Essentials調べ)を記録し、ノーラン史上1位の2008年の『ダークナイト』(約5億3334万ドル、再上映を含むと約5億3498万ドル)に迫る勢い。また、すでに全世界興収は2012年の『ダークナイト ライジング』(約10億8542万ドル)超えの約12億9447万ドルに達し、IMAXだけでは全世界で2億8900万ドルという歴代最高興収を打ち立てるなど、まさにノーラン監督の最高傑作と呼ぶにふさわしい作品だ。

映画史上初となる全編IMAX撮影に挑むクリストファー・ノーラン監督 [c] 2026 UNIVERSAL STUDIOS
映画史上初となる全編IMAX撮影に挑むクリストファー・ノーラン監督 [c] 2026 UNIVERSAL STUDIOS

そんなノーラン自身のフィルモグラフィにおいて13作目となる本作では、6か国にまたがる大規模なロケーションを敢行し、また長編映画として史上初となる、全編IMAXフィルムカメラでの撮影を実現。『オッペンハイマー』で描かれた核兵器開発史から古代ギリシャの英雄譚へと題材は大きく飛躍するが、本作には20数年にわたって培われた作家性と映画技術を更新し、それを極めてきたノーランの歩みが凝縮されている。

男の復讐劇を時間逆行させて描いた『メメント』で高評価を獲得

物語の結末から始まりへと時間を逆行させ、10分間しか記憶が保てない男の復讐を描く『メメント』 [c]Everett CollectionAFLO
物語の結末から始まりへと時間を逆行させ、10分間しか記憶が保てない男の復讐を描く『メメント』 [c]Everett CollectionAFLO

ノーランの名を広く知らしめたのは、時制を自在に操る物語だった。低予算で製作した長編デビュー作『フォロウィング』(98)で作家志望の青年が窮地に陥る物語を複数の時間軸で交錯させたのち、『メメント』(00)では時間を逆行したり断片化する大胆な構成を採用。短期間しか記憶を保てない主人公の動揺を観客に共有させ、編集そのものをサスペンスへ貢献させた。その結果、第74回アカデミー賞では脚本賞と編集賞にノミネートされ、その斬新な語り口がハリウッドでも高く評価される。

IMAXフィルム撮影を本格導入した『ダークナイト』

凶悪な犯罪者ジョーカーがゴッサム・シティを恐怖に陥れる『ダークナイト』 [c]Everett CollectionAFLO
凶悪な犯罪者ジョーカーがゴッサム・シティを恐怖に陥れる『ダークナイト』 [c]Everett CollectionAFLO

やがて『インソムニア』(02)、『バットマン ビギンズ』(05)でハリウッドメジャー大作へ進出し、続く『ダークナイト』(08)がノーラン監督にとっての一大転機となる。架空都市ゴッサム・シティをシカゴなどの現実世界に置き換え、バットマンの世界をリアルなノワール(犯罪)ものとして再構築。『ダークナイト』では同時に、長編映画へのIMAXフィルム撮影を本格導入し、ジョーカーによる銀行の襲撃シーンなど6つのシークエンスを巨大フォーマットで捉えてみせた。

ダークナイト=バットマンが謎の覆面テロリスト、ベインに立ち向かう『ダークナイト ライジング』 [c]Everett CollectionAFLO
ダークナイト=バットマンが謎の覆面テロリスト、ベインに立ち向かう『ダークナイト ライジング』 [c]Everett CollectionAFLO

都市の奥行きや光の階調まで克明に記録するビジュアルは、観客にその場に居合わせているかのような感覚を与え、以後のハリウッド大作におけるIMAX活用(フィルム・デジタル問わず)にも多大なる影響を及ぼすことに。トリロジーの完結編『ダークナイト ライジング』(12)では、IMAXの適用範囲をさらに拡張させている。

複雑な時間構造とカメラの前に存在するものを重視した『インセプション』『インターステラー』

夢の階層ごとに異なる時間速度を設け、それぞれを並行して描くことに成功(『インセプション』) [c]Everett CollectionAFLO
夢の階層ごとに異なる時間速度を設け、それぞれを並行して描くことに成功(『インセプション』) [c]Everett CollectionAFLO

他人の夢の中に入り込むエージェントたちの奔走を描いた『インセプション』(10)では、夢の階層ごとに異なる時間速度を設け、それぞれの階層を並行して描く複雑な構成を娯楽大作へと昇華。第83回アカデミー賞で撮影賞、録音賞、音響編集賞、視覚効果賞の4部門を獲得するなど、作家性と巨大なスペクタクルを両立させた結節点となった。

相対性理論による時間の伸縮を宇宙に旅立った父と地球に残された娘の人生に結びつけた『インターステラー』 [c]Everett CollectionAFLO
相対性理論による時間の伸縮を宇宙に旅立った父と地球に残された娘の人生に結びつけた『インターステラー』 [c]Everett CollectionAFLO

さらに、滅亡の危機を迎えた人類が新たな星を目指す姿を描いたSF大作『インターステラー』(14)は、相対性理論による時間の伸縮を、宇宙に旅立った父と地球に残された娘の人生へ結びつけている。理論物理学者キップ・ソーンの監修を受けてブラックホールやワームホールを科学的に可視化し、実物大セットやミニチュア、実景撮影を組み合わせることで、未知の宇宙に物理的な手触りを与えた。複雑な時間構造と、カメラの前に存在するものを重視する写実主義が、この時期にはより明確なスタイルとして確立されていた。

より臨場感のある「体験としての映画」を実現させた『ダンケルク』

第二次世界大戦における撤退作戦を陸・海・空の3つの時間幅で進行させた『ダンケルク』 [c]Everett CollectionAFLO
第二次世界大戦における撤退作戦を陸・海・空の3つの時間幅で進行させた『ダンケルク』 [c]Everett CollectionAFLO

そうした要素を戦争映画に持ち込んだのが、2017年の『ダンケルク』だ。第二次世界大戦の撤退作戦を「陸=1週間」「海=1日」「空=1時間」という異なる時間幅で進行させ、終盤で一点へ収束させてみせた。撮影ではIMAXフィルムを大規模投入し、戦闘機スピットファイアの狭いコクピットにも巨大なIMAXフィルムカメラを搭載。専用の周辺機構を開発し、俳優とカメラを実際に空へ上げることで、空中戦に独特の臨場感を与えている。CGへの依存を抑え、実景、実物の航空機や艦船を活用した映像は、彼が追求してきた「体験としての映画」をより進めたものとなる。この作品は第90回アカデミー賞で8部門にノミネートされ、編集賞、録音賞、音響編集賞を獲得した。

時間操作が撮影技術そのものに直結した『TENET テネット』

順行する人物と逆行する人物を同じ空間に存在させた『TENET テネット』 [c]Everett CollectionAFLO
順行する人物と逆行する人物を同じ空間に存在させた『TENET テネット』 [c]Everett CollectionAFLO

“時間逆行”をテーマに描いたタイムサスペンス『TENET テネット』(20)では、時間操作が撮影技術そのものに直結する。順行する人物と逆行する人物を同じ空間へ存在させるため、IMAXカメラを含むフィルム機材に逆回転撮影を採り入れるなど、車両や人物が互いに異なる時間方向へ動く光景を実写主体で構築した。IMAX上映を前提に撮影からポストプロダクションまで映像を最適化するなど、巨大フォーマットを映画全体の設計へと深く組み込んでいった。

歴史上の人物を描く濃密な人間ドラマに巨大フォーマットを持ち込んだ『オッペンハイマー』

原子爆弾開発を主導したロバート・オッペンハイマーの葛藤に迫る『オッペンハイマー』 [c]Photoshot/アフロ
原子爆弾開発を主導したロバート・オッペンハイマーの葛藤に迫る『オッペンハイマー』 [c]Photoshot/アフロ

そして『オッペンハイマー』で、作家性と技術革新は一つの頂点を迎える。原子爆弾開発を主導したロバート・オッペンハイマーの主観と、その後の政治的闘争をカラーとモノクロを使い分け、複数の時間軸と視点で構成させたのだ。

撮影監督ホイテ・ヴァン・ホイテマとの試みにより、史上初となるモノクロIMAXフィルムでの撮影を実現。コダックとフォトケム(共にアメリカに本拠を置く老舗のカメラ・フィルムメーカーとデジタル・ポストプロダクション)の協力によって新たなフィルムを実用化させ、歴史上の人物を描く濃密な人間ドラマにも巨大フォーマットを持ち込んだ。作品は第96回アカデミー賞で作品賞、主演男優賞、助演男優賞、撮影賞、編集賞、作曲賞など7部門を受賞。ノーラン自身も初の監督賞を手にした。

全編IMAXフィルム撮影についに到達した『オデュッセイア』

ギリシャ軍の攻撃により、炎上するトロイアの城郭都市(『オデュッセイア』) [c] 2026 UNIVERSAL STUDIOS
ギリシャ軍の攻撃により、炎上するトロイアの城郭都市(『オデュッセイア』) [c] 2026 UNIVERSAL STUDIOS

こうして迎えた『オデュッセイア』で、長年追求してきたIMAX撮影はさらなるフェーズへと進む。物語はトロイア戦争の英雄でありながら神々の怒りを買ったオデュッセウス(マット・デイモン)が、一つ目の巨人や魔女、海の怪物といった過酷な試練に次々と直面しながら故郷への帰郷を目指すアドベンチャー。本作の映像化にあたりノーランは、陥落するトロイアの城郭都市や有名なトロイの木馬、巨人キュクロプスが暮らす洞窟、海の精霊カリュプソ(シャーリーズ・セロン)の美しい島、荒れ狂う大海原などを圧倒的スケール感で表現してみせている。

勇敢に怪物たちと戦うオデュッセウス(『オデュッセイア』) [c] 2026 UNIVERSAL STUDIOS
勇敢に怪物たちと戦うオデュッセウス(『オデュッセイア』) [c] 2026 UNIVERSAL STUDIOS

作品は全編を通じてIMAX独自の拡張アスペクト比を採用。IMAXフィルムプリント上映など対応設備を備えた劇場では、一般的なデジタルIMAXの1.90:1よりもさらに縦方向へ広い1.43:1の画面が、巨大なスクリーンの上下いっぱいまで展開する。観客は視界を覆い尽くす映像に圧倒され、物語世界へ深く没入する体験を味わうことになる。日本国内で1.43:1の上映に対応するのは、IMAXレーザー/GTテクノロジーを導入した109シネマズ大阪エキスポシティ(千里)とグランドシネマサンシャイン 池袋の2館。いずれもフィルムプリント上映ではなく、デュアル4Kレーザープロジェクターによって本来のIMAXフレーム比を再現する。

オデュッセウスが発案したトロイの木馬作戦によって、10年に及ぶ戦争に勝利するが…(『オデュッセイア』) [c] 2026 UNIVERSAL STUDIOS
オデュッセウスが発案したトロイの木馬作戦によって、10年に及ぶ戦争に勝利するが…(『オデュッセイア』) [c] 2026 UNIVERSAL STUDIOS

また音響面でも、IMAX劇場向けに最適化された専用サウンドミックスを用意。『オッペンハイマー』をはじめ3度のアカデミー賞作曲賞を受賞しているルドヴィグ・ゴランソンの独創的な音楽を、まったく新しい次元へと引き上げている。別規格フィルムとIMAXフィルムを併用してきた『オッペンハイマー』までの撮影スタイルから、ついに全編IMAXフィルム撮影へ。その技術的到達点に選ばれたのが、古代ギリシャを舞台とする英雄の帰還ストーリーなのである。

【写真を見る】クリストファー・ノーラン監督の歩みを振り返り!丸わかり年表 [c]Everett CollectionAFLO 写真:Photoshot/アフロ
【写真を見る】クリストファー・ノーラン監督の歩みを振り返り!丸わかり年表 [c]Everett CollectionAFLO 写真:Photoshot/アフロ

『メメント』で時間を逆転させ、『ダークナイト』でIMAXを長編劇映画に本格導入し、『ダンケルク』では巨大カメラを極狭空間へ持ち込み、『TENET テネット』でIMAXフィルムを逆回転させ、『オッペンハイマー』ではモノクロIMAXフィルムを新たに誕生させたノーラン。その都度、物語が必要とする表現に撮影技術を適応させていき、次の作品でさらに進化させていく。こうした積み重ねが、13作目にして全編IMAXフィルム撮影という大きな成果につながった。

時間を操る話法、実景とフィルムメディアを重視する物質性、そして映画館という視覚環境への強いこだわり。20数年もの歳月をかけて磨き上げてきたすべてを携え、クリストファー・ノーランは時間を操った元祖の物語ともいえる『オデュッセイア』の写実的な解釈に挑む、集大成と言える作品だ。

文/尾崎一男

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