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約8年、15歳から“ドコモCM”の顔だった「美人女優」20年前、バラエティも活躍するヒロインとは

  • 2026.8.28
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2003年4月、NTTドコモ新機種「505i」発表会見に登場した加藤あい(C)SANKEI

新しい携帯電話とともに、テレビ画面の中には加藤あいがいた。まだ連絡手段の主役がポケットベルだった頃から、携帯電話が生活の真ん中へ入ってくるまで。その変化を、彼女の顔と一緒に覚えている人は少なくない。

2026年、加藤がドコモのCMへ戻ると、SNSには「ドコモといえば加藤あい」という声が上がった。約20年ぶりの組み合わせなのに、説明はいらなかった。企業名と俳優名だけで、2000年前後のテレビの記憶が一気によみがえったのである。

ドラマにもバラエティーにもいた

加藤は1997年、フジテレビ系ドラマ『ギフト』で俳優デビュー。1999年にはテレビ朝日系『ベストフレンド』で連続ドラマ初主演を務めた。2000年の『池袋ウエストゲートパーク』では、癖の強い登場人物がひしめく物語の中で、ヒカル役を演じている。翌2001年にはエランドール賞新人賞を受賞した。

当時の勢いを伝えるのは、俳優としての出演歴だけではない。1999年から2001年にかけて『学校へ行こう!』などバラエティ番組にも出演し、2001年には名前をそのまま掲げた『24人の加藤あい』まで放送された。

ドラマでは役を演じ、バラエティーでは本人としてカメラの前に立つ。どちらにいても画面になじむのに、埋もれない。あの頃の加藤は「この作品で見た人」ではなく、テレビをつければまた会える人だった。冠番組の「24人」という数字は企画上の仕掛けだが、一人の加藤あいに、それだけ多くの顔を見たくなる時代だったことは確かだろう。

通信の変化に寄り添った約8年

なかでも記憶に深く残ったのがドコモのCMである。出演が始まったのは15歳の頃。広末涼子の後任として1998年のポケットベルから約8年にわたり、加藤はドコモの顔を務めた。

この8年は長い。商品が変わり、CMの設定が変わり、見る側の持ち物もポケットベルから携帯電話へ変わっていった。それでも画面には同じ人がいる。単に人気者が広告へ起用されたのではなく、通信の新しさを身近に見せる役を、加藤の清潔感と親しみやすさが担っていた。

当時の携帯電話は、いまよりもずっと「新しいもの」だった。機種を替えること、メールを送ること、家族で料金を考えることまでが小さなニュースになった。加藤は未来を大げさに演出するのではなく、その新しさを日常へ連れてくる存在だった。

2005年の「ファミリー割引 新キャラ登場」篇では、キャスター役の加藤がドコモダケと共演した。ドコモダケを見ればCMを思い出し、CMを思い出せば加藤の顔が浮かぶ。広告の記憶がここまで長く残ったのは、一度の強い印象より、暮らしが変わるそばで何度も顔を合わせた時間があったからだ。

『海猿』で人気を一過性にしなかった

CMの人として親しまれながら、加藤は俳優としても代表作を得た。映画『海猿』では環菜を演じ、2004年から2012年までシリーズ4作品に出演。2007年の『ハケンの品格』でも主要キャストを務めた。

若い頃の圧倒的な露出だけなら、時代の顔と呼ばれる人はほかにもいる。加藤が今も懐かしさだけで語られないのは、長いシリーズの中で同じ人物の時間を引き受け、俳優としての記憶も残したからだろう。CM、バラエティー、ドラマ、映画。違う入口から見た人たちの記憶が、一人の名前に集まっている。

大人の魅力をまとった再登場

2024年、加藤は『美ST』と『VERY NaVY』のレギュラーモデルとなった。そして2026年2月、ドコモU22割のCM「ドコモダケふたたび」篇に出演。約20年前とほぼ同じ構成で、当時の制作陣も再び集まり、8月には第2弾も公開された。

SNSの「変わらず綺麗」という感想にはうなずく。ただ、昔のままという言葉だけでは少し足りない。若い頃の透明感を残しながら、いまの加藤には大人の落ち着きがある。懐かしい画面を再現しても過去のコピーに見えないのは、歳月を隠すのではなく、その分だけ魅力を増して戻ってきたからだ。

「ドコモといえば加藤あい」。この短い言葉が呼び起こすのは、一つの広告ではない。携帯電話を初めて持った頃の高揚や、毎週見ていた番組、映画館で追いかけた『海猿』まで含んだ、私たちの2000年代である。だから再会は、これほど鮮やかだった。


※記事は執筆時点の情報です

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