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真夏の浜辺に「聖夜の言葉」を置いた【季節逆転の名曲】サーフボードのサンタが運んだ夏の恋の終わり

  • 2026.9.17
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1990年9月、映画『稲村ジェーン』ヒットパーティに出席した桑田佳祐(C)SANKEI

日射しが肌を刺し、潮の匂いが髪に残る浜辺で、聖夜の言葉を口ずさんでいる。この曲を再生するたびに、そんな不思議な体感が戻ってくる。

サザンオールスターズが活動を休止していた1986年の夏である。原由子の産休をきっかけに1年間の休みを宣言し、桑田佳祐はその期間だけのバンドを組んだ。KUWATA BANDと名乗った6人組が、春の1作目に続いて7月に送り出した2枚目のシングルが『MERRY X'MAS IN SUMMER』だ。

KUWATA BAND『MERRY X'MAS IN SUMMER』(作詞:桑田佳祐/作曲:KUWATA BAND)ーー1986年7月5日発売

タイトルだけ見れば冗談に映る。けれど音が鳴った瞬間に、冗談ではないと分かる。裏打ちのリズムが海風のように吹き抜け、キーボードの音色が日射しの粒になって散り、桑田佳祐の声が真夏の恋の終わりを歌う。

そこへ聖夜の言葉が、当然のことのように置かれている。季節を裏切りながら、季節そのものを祝う歌。夏に生まれたこの曲は、夏と冬の両方から聴き手を手招きしてくる。

汗をかく雪だるまが浜辺に聖夜を連れてくる

この曲が歌うのは「冬のクリスマス」ではない。正面から「夏のクリスマス」を歌っている。おそらく下敷きにあるのは、南半球ではサンタクロースが真夏にやって来るという風習だ。北の国の雪景色をそのまま輸入するのではなく、暦をひっくり返した側の聖夜を、日本の海辺に持ってきたのだろう。

そのイメージは、ジャケットにそのまま描かれている。浜辺で汗をかきながらスイカにかぶりつく雪だるまと、サーフボードを抱えたサンタ。冬のイメージをひとつも隠さず、全部を真夏の光の下に引きずり出してしまう。この潔さが、曲の顔になっている。

歌詞でも同じだ。英語のX'masという語は堂々と歌われ、Silent Nightという言葉も遠慮なく顔を出す。隠し味でも、仕掛けでもない。真夏の浜辺に聖夜の言葉を置いた季節の衝突そのものが、この曲の看板なのだ。

音は、その衝突を涼しい顔で成立させる。レゲエの要素を持つ裏打ちのリズムが腰を軽くし、オルガン系のキーボードが陽気に鳴り、メロディは一度聴けば口ずさめるほどキャッチーに転がる。聖夜の厳かさを担うはずの言葉が、ここでは浜辺の陽気さに丸ごと包まれて、聴き手はいつのまにか笑いながら祈っている。桑田佳祐の遊び心が、単なる思いつきで終わらずに一曲の設計にまで育った理由が、この音の軽やかさにある。

冗談だった歌が本気の祝福に変わる

その夏、この曲はヒットした。海辺の歌として街に流れ、暑さの中で聖夜の言葉が口ずさまれた。ところが、この曲の居場所は夏だけで終わらなかった。

日本テレビの年末特番『メリー・クリスマス・ショー』で、1986年と1987年の両年、この曲が演奏されたのだ。12月の生放送で、真夏の浜辺の歌が鳴る。タイトルに聖夜を掲げた曲が、ようやく本物の聖夜にたどり着いた瞬間だった。夏に聴いたときには冗談めいて響いたクリスマスの言葉が、真冬の画面では本気の祝福として届く。同じ歌が季節をまたいで表情を変える体験を、この曲は最初の年から聴き手に用意していた。

夏の歌が12月に歌われる。裏打ちのリズムは暖房のきいたスタジオでも腰を軽くし、聖夜の言葉は本物の12月の空気を得て、浜辺にいたときより一段まっすぐ響いたはずだ。その光景は、この曲の発想が一過性の遊びではなく、暦の両側に根を張る強さを持っていた証しに映る。

門松のソリに乗ったサンタが運ぶ年越し

季節をまたぐ強さは、40年近く経っても衰えなかった。2022年、ユニクロのCM「クリスマスインサマー」篇でこの曲が使われ、当時を知らない世代の耳にも、真夏のクリスマスという発想ごと届いた。曲名を知らなくても、裏打ちのリズムと聖夜の言葉の組み合わせは一度で覚えられる。発想の面白さと音の親しみやすさが両立しているからこそ、時代が変わっても宣伝の映像に呼び出される。

同じ2022年、桑田佳祐のソロツアーでもこの曲はセットリストに入った。12月30日の横浜アリーナ公演では、門松つきのソリに晴れ着姿のサンタが乗るという演出で歌われている。年の瀬の会場で、夏の浜辺の歌が正月の飾りと一緒に鳴る。真冬の特番で本物の聖夜に届いた曲が、今度は年越しの舞台に居場所を見つけた形だ。

季節を裏切って生まれた歌が、夏にも冬にも年の瀬にも呼ばれ続けている。その事実そのものが、この曲の発想の正しさを証明している。

暦に二度めぐってくる海辺の歌

暦の上で、この曲には二つの居場所がある。7月の浜辺と、12月の聖夜。どちらで聴いても嘘にならず、どちらで聴いても少し切ない。

真夏の海に戻ってみる。波打ち際で足を濡らし、砂に指で何かを書き、波が来る前に立ち上がる。遠くの岩が日射しでかすみ、夕方には星がひとつずつ増えていく。そこで口をついて出るのが聖夜の言葉であることを、この曲を知る人はもう不思議に感じない。

汗をかく雪だるまは、溶けずに笑っている。サーフボードのサンタは、波の向こうから帰ってくる。夏の海に聖夜を持ち込んだ一曲は、季節の境目を軽々と越えたまま、聴くたびに浜辺の熱と冬の静けさを同時に手渡してくる。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

(文・篝火花かほり)

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