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【『宇宙兄弟』完結記念インタビュー】「本気の失敗には価値がある」。1巻で打ち切りになった2作品を経て、『宇宙兄弟』を46巻まで書き上げた心境とは?

  • 2026.8.19

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2007年12月からはじまった、小山宙哉さんの連載漫画『宇宙兄弟』が、2026年6月で完結を迎えた。実に18年半にもおよぶ長期連載の中で、数々の感動を届けてくれた本作の終幕に、多くの読者が感慨の声を寄せている。

コミック最終巻は、2026年7月22日に刊行された。本作完結を記念して、作者の小山さんに現在の率直な感想、登場人物たちへの思い入れ、漫画に対する向き合い方についてうかがった。

※本記事では『宇宙兄弟』の結末に関する若干のネタバレがあります。未読の方はご留意ください。

失敗を「失敗」と捉えず、より詳細なデータを得るための経験と考える

――およそ18年半におよぶ『宇宙兄弟』の連載を終えて、今の率直な感想、作品への思いをお聞かせください。

小山宙哉(以下、小山):まずは、終わらせることができて本当によかったと安心しています。長期連載で話が長くなるにつれ、終わりが遠のく感覚があったのですが、脱線することなくまっすぐ終わりに向かって書くべきものを書けたので、作品としても満足できる仕上がりになりました。

――ISS(国際宇宙ステーション)の存続をかけた署名のくだりで、「やめてしまうのは簡単だ。続けた先に得るものは必ずある」という吾妻の台詞があります。長期にわたり作品を描き続けた今、吾妻の台詞に共感するところはありますか。

小山:吾妻の台詞は、“今”というより、僕の中に常にある感覚に近いですね。漫画家になって、最初の2作品は1巻で終わってしまいました。打ち切りという形になるので、作品としては「失敗したもの」に分類されるかもしれません。でも、漫画をやめることは一度も考えなかったですね。そうして続けていく中で、過去の作品を描いてきた経験が活かされていると感じたタイミングがあり、それが吾妻の台詞につながりました。

――キャンサット制作の場面でも感じたのですが、本作は「失敗」がポジティブに描かれていますよね。「本気の失敗には価値がある」という台詞も印象的でした。

小山:そうですね。宇宙開発においては、失敗のほうが多いという話を聞いていたので、そこから着想を得た部分でもあります。失敗を「失敗」と捉えず、「勉強」と考える。より詳細なデータを得るための経験だったと考えるそうです。宇宙で体験した出来事やトラブルを、帰還した宇宙飛行士がみんなに説明する時間がちゃんと設けられていて、次への対策に活かすことを取材を通して知りました。

僕自身、過去作の『ハルジャン』や『ジジジイ–GGG–』を描いている時も、本気で描いていました。それがのちに活きてくるのを実感しているので、「本気の失敗には価値がある」と思っているんです。自分の中に、「ずっとつながっていくもの」という思いがあり、これは基本の考えとして染み付いています。

――本作の前半では、兄の六太が弟の日々人に対して抱える焦燥や葛藤が描かれています。それだけに、兄弟が互いを助けようと必死になるラストシーンは胸に迫るものがありました。日頃は慎重な六太が、日々人のこととなると衝動的になる。初回で出てきた「上司への頭突き」から一貫して変わらない六太の姿勢が印象的です。

小山:当初のプロットでは、「先を行く弟の宇宙への打ち上げを見送る、出遅れた兄」というざっくりとした設定でした。そこから六太のキャラクターをイメージしていったのですが、描いていくにつれて六太への理解が深まってきて。弟に嫉妬しながらも尊敬し、弟のために行動してしまう兄の姿を六太は最後まで持ち続けていました。そこに関しては、キャラクターを一貫して通せたかなと思っています。

どんな人も、丁寧に追っていけば主人公になる

――「宇宙」という壮大なスケールの中で、人間そのものを描く楽しさについてお聞かせください。

小山:何がテーマになったとしても、そこは変わらない部分かなと思いますね。たとえ宇宙漫画じゃなかったとしても、キャラクターを一番に考えますし、一人ひとりの違いを見出すところに楽しみがあるので。

――本作は、あらゆる登場人物に対する深い愛情を感じます。特に、「閉鎖環境訓練」で同じチームになった〈せりか、新田、やっさん、福田〉は、その後も重要な役どころとして繰り返し登場しますよね。主人公たちと異なる意見を持つ人(ウォルターなど)についても、その背景や思いが丁寧に描かれているところから、「人間に対する信頼」がうかがえました。

小山:宇宙兄弟を描くよりも以前から、「主人公」というものに対して色々考えた時期があるんです。漫画を描くにあたって、いろんな漫画を観察していくのですが、やはり主人公像みたいなものがどうしてもあるな、と。主人公とはこういう人だ、みたいな固定観念があって、でも、本当にそうなのかなと思っていました。

どんな人も、その人を丁寧に追っていけば主人公にできる。その考えが根底にあったので、誰を登場させても、その人の事情、その人の正義を描いていけると思いました。完全な悪人というのは、逆にリアリティがないように僕には見えてしまうんです。その人の中のいい部分、歩んできた歴史や家族、今の性格に至った理由みたいなものがキャラと対峙することで見えてくるので、そこを描き分けるのが楽しいですね。同じ人を描かない。そこが僕の漫画を描く楽しみの一つだなと気づいてからは、その表現を通しています。

――キャラクターの別の側面は、描いているうちに生まれてくるのでしょうか。

小山:その人を見て知っていく、みたいな感じに近いです。実際のリアルな人間関係と同じように、知り合って、色々質問して、あ、こういう人なんだと知っていく。キャラクターにも、それと同様の流れで接しています。

――本作は心に残る名言が数多く存在しますが、中でもシャロンの言葉が印象に残っている読者は多いと思います。小山さんにとって、シャロンはどのような存在ですか。

小山:シャロンは完全にイメージの中から生まれたキャラクターで、はじめて描いたタイプの人物なので、僕としても“出会った”感覚がありました。僕の人生ではこういう出会いはなかったので、シャロンが近くにいる六太と日々人が羨ましいですね。

「『宇宙兄弟』のヒロインは?」と聞かれたら、僕の中ではシャロンになります。実際、編集さんから「ヒロインを描いて」と言われたんですよ。「兄弟ものだから、“南ちゃん”を描いて」と。

――『タッチ』ですね。(笑)

小山:そう、タッチ(笑)。でも、僕は言われた通りにしない性格というのもあって、自分なりに物語のヒロインについて考えた結果、シャロンというおばちゃんにしました。宇宙を好きになったきっかけを作ってくれたり、英語の勉強をさせてくれたり……六太と日々人にとって宇宙飛行士への入り口になる役割を担ってくれたのがシャロンです。宇宙飛行士を目指すには、英語のスキルは必須なので。これが、いわゆる“シャロン誕生秘話”になります。

ネガティブな感情からは逃げていい。せりかの台詞に込めた思いとは

――27巻で、せりかに対する謂れなき誹謗中傷がSNS上で拡散され、ワイドショーでも面白おかしくネタにされる場面がありました。一方で、六太の窮地においては切実な声援や祈りの声がSNS上にあふれます。言葉をどのように扱うかにより、生まれる空気が変わることを改めて思い知らされる作品でもありました。SNS上に限らずですが、現代の言葉の在り方について、小山さんはどのように思われますか。

小山:その答えは、せりかが作中で言っているんですよね。「言葉は鏡だ」と。言葉は自分自身なのだと、僕は考えています。漫画を描いていると、やっぱり両方の声があるわけです。褒めてくれる人もいれば、めちゃくちゃ貶す人もいる。そういう言葉を“食らう側”になった人は、どうにかしてそれをかわしていかないといけない。真に受けると、せりかみたいにストレスが溜まってしんどい思いをするので。

せりかに対するコメントは、実際にはネガティブなものばかりではなかったと思うんです。でも、あの状態の時はネガティブなものばかりが目に入ってしまう。その状況を表現したくて、あのような形になりました。だからこそ、ネガティブな感情から逃げるための考え方は持っておいたほうがいい。

これを言っている人が正しいわけじゃない。この言葉はこの人自身なんだ、深く受け止める必要はない、と。そういう見方は僕自身にも使えるもので、上手くいなすための考え方として必要だと思います。あの場面は、せりかがそれに自ら気づいて、自分を守るために台詞にしたシーンでした。

――せりかは、苦しい最中にあっても実験を断念せず、最後までやり遂げました。そして、実験が成功した瞬間、はじめて涙をこぼします。ケンジの娘のふーちゃんがパパに送るエール、「無理してね」を思い出す瞬間でもありました。

小山:「かぺ」と同じく、「無理してね」も、うちの娘が言った台詞なんです。そういう言葉ははじめて聞いたなと思って、僕もちょっとびっくりしたんですけどね。普通は、「無理しないでね」じゃないですか。でも、それはそれで面白いし、なんか嫌な感じはしませんでした。自分の娘に言われているというのもあって、がんばろうという気持ちになれたので。子どもならではの、大人には思いつかない台詞だと思って作品に使いました。

できる範囲で平常運転で仕事をしていると、成長はそんなにないんですよね。ちょっと無理することで成長するし、さらに自分のできる幅が広がると思うんです。

――本作から「生きる勇気」をもらった人が大勢いると思います。小山さんがこれまで触れた作品の中で、「生きる勇気をもらえた」と感じるものを教えてください。

小山:僕は、井上雄彦さんの『SLAM DUNK』と、松本大洋さんの『ピンポン』がそれに当たります。生きる勇気をもらえたのもそうですが、『SLAM DUNK』に関しては桜木花道のキャラクターが斬新で。めちゃくちゃポジティブだし、自分のことを「天才」と言うじゃないですか。そんな人、周りにいなかったですよね。それで、僕も真似して紙に書いたりするようになったんです。そうしたら、自己暗示的にポジティブな考えに持っていけるようになったので、自分で言うだけでも効果があったなと思います。

これらの作品に触れて、はじめて漫画のすごさ、漫画の力みたいなものをより深く感じました。その経験が漫画家を目指すきっかけになったので、大きな影響を受けましたね。

――ちなみに、『SLAM DUNK』では何戦が好きですか?

小山:どこも好きですけど、僕は豊玉戦ですね。豊玉の元監督の北野さんが、「とりあえず楽しそうにやっとるわ」というシーンが好きで。シンプルな台詞じゃないですか。でも、そのなんてことない台詞で、エースの南がハッと初心に返るんです。元監督のやり方が正しかったと証明するために、意地になってラン&ガンにこだわってきた南たちは、そもそもラン&ガンは「バスケの楽しさを知るため」のものだったと思い出す。あの表現にはグッときました。

希望を持って描き続けた集大成。「シャロン月面天文台」の光が照らすもの

――シャロンと幼い六太が交わした“約束”が、「シャロン月面天文台」として形になった瞬間は、多くの人の心に灯をともしました。

小山:「シャロン月面天文台」を、六太が完成させるところを見たい。そんな希望を僕自身が持ち続けていて、苦労しながらも実現させる姿を描きたかったんです。ほかの宇宙飛行士が完成させる道も十分あり得るんですけど、作品としてドラマチックに見せたい部分もあり、このミッションが六太にとっての命題なのかな、と。最終的にすべての配線がつながり、光がともっていく光景を描けたので、すごくいいシーンになったと思います。

――まさに「希望の光」ですね。六太が宇宙空間に取り残されてしまった際に、月面基地の上を通る時、自身が作り上げた天文台の光を見つけます。暗闇を漂う六太にとっても、あの光は希望だったのではと感じました。

小山:六太にとって、あの光はひと時の救いになったんじゃないかな。到底、希望が持てない状況ではあるけれど、自分が成し遂げたものを月面の上から俯瞰して見る体験は、実際ものすごいことだと思うので。そういう意味も込めて、あのシーンを描こうと決めました。天文台の光だけではなく、ブギーの声が聞こえて、紫からのメッセージが届く瞬間は、六太にとってものすごく希望が湧いた瞬間だったと思います。

――『宇宙兄弟』のタイトルは、当初は宇宙に夢を馳せる南波兄弟を表すタイトルでしかなかったと、『モーニング27号』のインタビューで拝読しました。六太がさらに広義の意味で、「僕たちは宇宙兄弟です」との台詞を発する構想は、いつ頃生まれたのでしょうか。

小山:六太のあの台詞が生まれたのは、わりと直前です。でも、連載を追うごとに「宇宙兄弟」の意味が広がっていく感覚はありました。六太と日々人だけではなく、新田兄弟、ブライアンとエディのジェイ兄弟の存在もあって。それから、フィリップが「もう俺、地球人でいいや」と言う場面があるのですが、それらが積み重なって「兄弟」の意味が膨らんでいきました。

――フィリップのその台詞、私もすごく好きです。人間は、国や人種によって要らない壁を作ってしまうところがあるけど、フィリップの言葉は要らない垣根を取っ払ってくれる力がありますよね。

小山:そうですね。これは、宇宙に行ったフィリップだからこそ言えた台詞でもあると思います。国の違いは文化の違いにもつながっているので、それ自体はすごく楽しいし、勉強になる部分なのですが。広い意味での「宇宙兄弟」、もしくは「地球人」という言葉を持っておくことで、より一人ひとりの考え方を広げたり、フッと軽くしてくれるんじゃないかなと感じました。

――夢を描き、実現に向かってひた走ることを、「青臭い」と冷笑する風潮が世間にはあります。しかし、夢を見ること、ひたむきになることの素晴らしさを本作が思い出させてくれました。小山さんにとっての「夢」、六太風に言うところの「金ピカ」を教えてください。

小山:僕は、やはり漫画ですね。どうしても漫画家になりたくて、別の仕事を掛け持ちしながら漫画を描いていました。漫画家になったあとも、どうしたらもっと伝わるのか、どうしたらわかりやすくなるのか、どうしたら上手くなるのかと、漫画というものを自分なりに研究し続けています。まだまだ上達していける部分があることが、漫画を描く楽しみですね。

取材・文=碧月はる、撮影=後藤利江

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