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京都・俵屋旅館の逸品。50年を経た「サヴォン・ド・タワラヤ」第二世代の誕生秘話

  • 2026.8.7
Ⓒtawaraya

京都・俵屋旅館にはオリジナルの石鹼があります。「Savon de Tawaraya(サヴォン・ド・タワラヤ)」とフランス語で呼ばれるこの石鹸は、約50年前の1980年代に、俵屋11代目の佐藤年氏と花王株式会社が2年をかけて一から作り上げられました。1970年代、パリのホテルが日々使い捨てられる石鹸にイヴ・サンローランを起用して立派なものを作っていることに衝撃を受け、「俵屋」らしい香りや形の石鹸を目指したものです。

採算を度外視した特別な石鹸は、そのコストゆえに幾度か存続の危機に見舞われてきましたが、ものを作る人の心意気と「俵屋で使われる」という意義を粋に感じた花王の決断により、今日まで姿かたち・香り・製法を変えることなく、作られ続けてきました。その石鹸にまつわる重大な情報が12代目内儀の佐藤春華さんのもとにもたらされたのは2年前。「変わるべきときは思い切っていきなさい」という先代の教えを思い出し、春華さんが進んだ道とは。2026年夏、新しい「サヴォン・ド・タワラヤ」の物語をお届けします。

連載「気配のレッスン」京都・俵屋旅館の茶室から

特別番外編「Savon de Tawaraya(サヴォン・ド・タワラヤ)」

文=佐藤春華


50年後の晴天のへきれき

その知らせは2024年の秋に突然やってきた。俵屋の石鹸、Savon de Tawaraya(サヴォン・ド・タワラヤ)の開発に携わっている花王株式会社から面談を要望する連絡が入ったのだ。いつもの担当者さんだけでなく、部長さんや研究者の方々総勢5名がお越しになり、今後のSavon de Tawarayaについて説明したいということだった。こんな大勢の方がいらっしゃるのは初めてだったので、よっぽどのことだと思いたいへん緊張した。

「俵屋さまとお客さまに長く愛されている大切な香りのSavon de Tawarayaですが、香料の一部が終売になるため、現在の香りの大切な要素が損なわれることとなりました。そのため、新しい調合で開発する必要性が出てまいりました」と部長さんがおっしゃったとき、ショックで気が一瞬フーッと遠くなるのを感じた。それはない、それは困る。あれだけ義母と花王さんが考えに考え抜いて作り上げた香りを変更するなんて。あの香りでなければダメだというお客さまがどんなに多いことか。変えるなんて恐ろしいことを私はしたくないし、一体なぜ一部の香料がなくなってしまうのか?

「国際的な香料規定に基づいて、使えなくなってしまう香料があるのです。すでに国外では使用できない香料を、国内でもそれに準じて来年から使わなくなることが決定したのです。残念ながらこの決定はもう覆りません」。花王の方々が申し訳ないと神妙な面持ちで私を見つめた。

「国際的な規定とはどういう内容なのでしょうか」と縋るような思いで尋ねる。「サステナビリティやエコサイクル、あるいは原料をどう収穫し、流通させるかなどの国際機関の規制がございます。またアップサイクルなど、地球環境を考えた生産を進めていくためにさまざまな基準が設けられ、以前のような材料を使うことができなくなるのです」

重々しい沈黙の時間が流れた。私がどうあがいても、もう過去の基準には戻れないということがわかった。前に進むにはこの変化を受け入れ、一部使えない材料の代わりに新たな材料でSavon de Tawarayaを作っていくしかない。そこからは研究員の方とのやりとりが始まった。

心に決めた"新しい石鹸"の方針

現行の石鹸には天然香料を含む約200種類の香りがブレンドされている。柑橘系のベルガモット、ハーブ系のラベンダー、フローラル系のローズ、ジャスミン、イランイラン、ウッディ系、バルサミック系、アンバー系などの深い香りをバランスよく配合し、たっぷりとした豪華な香りとなっている。しかし、その香料が抜けてしまうと、香りの核となる部分(ミドルノート)や、全体に深み・厚みを与える土台の部分(ベースノート)が弱まり、もの足りない印象になってしまう。

現行のものに似せるために、新しい香りでバランスを調整した3つの石鹸がファーストサンプルででき上がった。3つとも基本的に現在と同じ香りの路線だが、その一つが「繊細な奥ゆかしさ」を感じさせる石鹸だった。ほかの2つは華やかで派手な香りが強く、うちにはそぐわない気がした。一方で、繊細な石鹸は香りが弱く感じたので、強めてもらうよう依頼した。1カ月後、花王さんから返事があった。

「あの香りを強くすることはできませんでした」

繊細で奥ゆかしい香りゆえに、いまのままだと存在感が薄く感じる。現行の「フワッと華やかな香りが広がる」というインパクトが欲しい。しかし、いまの石鹸に「似せる」ということは、どんなに頑張っても「同じ」にはならないということだ。香りのテストをするたび、「新しいものが、ただの『真似』になるだけで本当にいいのだろうか」という疑問が湧いてきた。どんなに頑張っても同じ香りはできないのだとしたら、新しく作る石鹸は従来のものに劣る気がした。

「折角もう一度石鹸を作るチャンスを得たのだから、真似ではなく、よりよい石鹸を作りたい」という思いがどんどん強くなってきた。

香りの質を上げよう! 天然香料の配合量を増やし、より香りの質を高めたSavon de Tawarayaを作ろうと思った。

手探りの日々から光が見えるまで

数カ月後、天然香料を10%アップした香りで、深みや厚みがグレードアップした質の高いサンプル3種類ができ上がってきた。どれも基本は現行の石鹸を踏襲した香りではあるが、天然香料が多く配合された新しいサンプルは、より繊細で心が安らぐ上質な香りを放っていた。

決定しなければならない日が迫ってくる。ぎりぎりまで何度も繰り返しブラインド・テストをして香りを確かめる。お風呂で使ったり、顔を洗ったり、いろいろな状況で使い、使用感や残り香をチェックする。

義母と私はある一つの香りに決めていたが、黒川総料理長にも比べてもらい意見を聞いた。「これがいいですね」と迷わず渡されたのが、我々が思っていたのと同じ香りだった。華やかさの中にも奥ゆかしさがあり、落ち着いた品のある香り。ずっと香りをかいでいたい気持ちになる石鹸。義母と花王さんが50年前に作り上げた石鹸をグレードアップした新しいSavon de Tawarayaが誕生した瞬間だった。

香りの最終決定のミーティングでは、花王の関係者も大勢揃って結果を聞いてくれた。担当者の清水さんはこうおっしゃった。

「『Kao』はもともと『花王石鹸』といって、『顔を洗う石鹸』から社名が付きました。創立当時、日本は戦後すぐの時代で『清潔こそ人々の生活に必要不可欠なもの』だということで、『石鹸』がたいへん重要でした。佐藤年さんとSavon de Tawarayaを作った当時の社長はそのような理念のもと、会社の重要な商品として俵屋さんの石鹸をとても大事にしていた。その想いはいまも変わらず、我々にとっても思い入れの深い石鹸です。Savon de Tawarayaに花王が携わり続けていることに我々は誇りを感じています」

花王という巨大な会社が、京都のこんな小さな俵屋という宿の石鹸をたいへんな熱い思いで作ってくださっていることに、心から感謝したい気持ちになった。新生・Savon de Tawarayaの、深く心安らぐ香りをお楽しみいただきながら、日本の香りの文化を感じていただけたら幸いである。

新生「Savon de Tawaraya」への切り替えは宿・販売含め、2026年9月1日より。俵屋旅館から徒歩1分の「<a href="https://www.yukei.jp/" target="_blank" rel="nofollow">ギャラリー遊形</a>」にて取扱います。<a href="https://shop.yukei.jp/" target="_blank" rel="nofollow">オンラインストア</a>では8月1日より先行予約を行い、9月より順次発送します。※現行の「Savon de Tawaraya」は在庫がなくなり次第終了 Ⓒtawaraya

さとうはるか●俵屋旅館・内儀。横浜生まれ。米国・コロンビア大学工学部(SEAS)応用数学科卒業後、ニュー・イングランド音楽院大学院を経て、大阪音楽大学大学院修士課程(作曲専攻)修了。俵屋旅館専務取締役、遊形取締役。俵屋当主で同志社大学文学部教授の佐藤守弘氏は夫。

俵屋旅館〇京都府京都市中京区麩屋町通姉小路上ル tel.075-211-5566

編集=内田理惠(婦人画報編集部)

この記事は『婦人画報』本誌と「婦人画報&美しいキモノプレミアム」にて連載中の「気配のレッスン」番外編として特別に掲載しています。本連載は、世界的に活躍される写真家、川内倫子さんと、俵屋専務、佐藤春華さんによる本邦初公開、同世代のふたりのコラボレーションによるシリーズです。2024年10月に始まった本連載のアーカイブもぜひご覧ください。

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