1. トップ
  2. エンタメ
  3. 27年前、実はライブハウスのこけら落としに誕生していた 3人で重ねた星空の美メロ曲

27年前、実はライブハウスのこけら落としに誕生していた 3人で重ねた星空の美メロ曲

  • 2026.8.12
undefined
杏子-2007年4月撮影(C)SANKEI

ステージの中央で、三つの声が重なる。少しかすれた一声に、癖の強い歌声が二つ寄り添い、束の間だけひとつの合唱になる。会場の空気がふっと持ち上がるあの一瞬から、この曲は生まれた。

福耳『星のかけらを探しに行こう Again』(作詞:杏子/作曲:馬場一嘉)ーー1999年7月14日発売

きっかけは、あるライブハウスのこけら落とし公演だった。三人がその日だけのために重ねた歌声が、翌年、正式なシングルとして生まれ変わる。

一度きりの余興が録音に格上げされた

1998年4月12日、札幌に新しいライブハウス・Zepp Sapporoがこけら落としを迎えた。出演したのは杏子、山崎まさよし、スガシカオ。それぞれソロで活動していた三人が、その日だけの企画ライブ「福耳」のステージに立った。

杏子の持ち歌だった『星のかけらを探しに行こう』を、三人で合唱する場面が用意されていた。台本上は一度きりのお祝いのつもりだったのだろう。ところが、声を重ねた瞬間の手応えが、その場限りでは終われないものになった。

ハスキーな地声を持つ杏子の歌に、山崎まさよしの伸びやかな響きとスガシカオのくぐもった歌声が絡む。三人がそれぞれ違う場所で鍛えてきた声が、一曲のなかで初めて同居した。

その手応えを持ち帰った三人は、翌1999年、その日のライブ名である「福耳」の名で正式にユニットを組む。こけら落としの一夜が生んだ奇跡を奇跡のままに終わらせず、夢の続きを形にする。そうして届いたのが1stシングルとなるこの曲だった。企画ものらしい軽さではなく、ステージで起きたことをそのまま音にした、という手触りの強さが、この曲の背骨になっている。

独りの旋律を三人へ明け渡した歳月

もとになっているのは、1995年に杏子がソロで発表した同名曲だ。杏子ひとりの声で完結していた曲が、三人の声を受け止める曲へと姿を変えている。一度世に出た曲を、別の顔ぶれで蘇らせる。歌い手にとっても、聴き手にとっても、これは単なる再録音以上の意味を持つ。

一人で歌っていた曲を三人へ手渡す作業は、単に伴奏を厚くするだけでは済まない。もとの旋律が持っていた孤独な手触りを崩さずに、そこへ二人分の声を足し込む必要がある。曲名に添えられた「Again」の一語は、単なる続編ではなく、同じ星を今度は三人で見上げ直すという意味に近い。

角の立つ三声が丸く溶け合う仕組み

福耳の魅力は、なんといっても声の組み合わせにある。杏子のハスキーな低さ、山崎まさよしの澄んだ伸び、スガシカオの独特なスパイシーさ。ソロで聴けばそれぞれ強い個性を持つ三人の声が、この曲では互いを潰し合わずに溶け合う。

サビでは、三人が並び立つ構成になっている。歌声の輪郭がゆるやかに滲み合い、ひとつの太い声のように聴こえてくる瞬間がある。個性の強い書き手が三人集まると音がぶつかりそうなものだが、この曲では逆に、それぞれの角が丸く削れて響き合う。

主旋律を杏子が保ちながら、山崎まさよしとスガシカオの声がハーモニーとして寄り添う。誰かが目立とうとする気配がなく、むしろ支え合うことに徹しているように聴こえる。

その声を包み込むのが、森英治が手がけたストリングスだ。旋律の輪郭を強く主張することはなく、三つの声の隙間にそっと入り込み、余韻をふくらませる役に徹している。声が主役であることを前提に組まれた編曲だと分かる、控えめな仕事ぶりだ。弦の音が前に出てこないぶん、聴き手の耳は自然と三人の呼吸の重なりへ向かう。楽器が語るのではなく、声を語らせるための編曲だ。

ひとりではなく分かち合う星探し

流れ星に何かを託す歌詞の手触りは、恋の歌でありながら、恋そのものよりも一歩引いた視線で描かれている。誰かを想う気持ちを、星を探す行為に重ねて歌う。声が三つに分かれているからこそ、その視線は、誰かと分かち合う祈りのように届く。夜空を見上げる姿勢そのものが、一人より三人でいるほうがしっくりくる。

ライブの一夜から生まれ、星空の下で歌われ続けてきた一曲。派手な仕掛けがあったわけではない。ただ、その場で鳴ってしまった声の重なりを、丁寧に音にしただけだ。だからこそ、聴き返すたびに、あの偶然の一夜の手触りがそのまま蘇ってくる。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

の記事をもっとみる

注目コンテンツ