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「兄弟がいれば自然に覚えるのにねえ」義母の比較するような言い方。だが、夫の一言で黙り込んだ

  • 2026.7.25

義実家での昼下がり

その昼下がり、義実家のリビングで、私は息子のことを話していた。近所に年下のお友達ができて、弟や妹という存在をやっと理解しはじめた、という話だ。

「お兄ちゃんなんだって、自分で言うんですよ」

うれしくて、つい声がはずんだ。一人っ子のわが子が、よその小さな子をかわいがる姿を見られたのが、何よりうれしかったのだ。

ところが義母は、お茶をすすりながら、こう言った。

「兄弟がいれば自然に覚えるのにねえ」

三人を育てた義母は、いつもそうだった。

何を話しても、最後は自分の子育てとの比較に着地する。一人っ子のうちを、それとなく下に見るような物言いだ。

繰り返される一言

「うちの子たちは、放っておいても兄弟で覚えたから」

義母の声には、悪気のなさそうな響きがあった。だからこそ、毎回かわしきれずに飲み込むしかなかった。

一人っ子を選んだわけでも、責められる理由があるわけでもないのに。

こういう物言いは、その日に限ったことではなかった。離乳食の進み具合、言葉の早さ、何を話しても最後は「三人育てた私」と比べられる。

会うたびに少しずつ、心がすり減っていた。

その日も私は、愛想笑いで受け流そうとした。けれど、隣でお茶を飲んでいた夫が、湯のみを静かに置いた。

「お義母さん、数の問題じゃないと思いますよ」

場の空気が、ふっと張りつめる。

義母が「あら、私はただ」と返しかけたところに、夫は落ち着いた声でかぶせた。

「比べないでもらえますか。三人だから偉い、一人っ子だから劣る、なんてないでしょう」

止まった比較

義母は、開きかけた口をそのまま閉じた。「だって、ねえ」とつぶやくものの、その先が続かない。視線が、夫と私と孫のあいだを行ったり来たりする。

「この子はこの子で、ちゃんと優しい子に育ってます。それで十分でしょう」

夫が言い切ると、義母はとうとう黙り込んだ。気まずそうに茶菓子をいじり、もう比較を持ち出してはこなかった。

隣の義父も「まあ、子どもなんてそれぞれだ」と助け舟を出す。いつも一言多い義母が、珍しく言葉を失っていた。

当の息子は、何も知らずにお友達の話を続けている。その無邪気さに、張りつめていた空気がやわらいだ。

帰り道、夫は「言うべきことは言わないとな」と笑った。あの一言で、長く飲み込んできたものが、すっと軽くなった。

あの昼下がり以来、義母の「三人なら」という比較は影をひそめた。会えば孫を素直にかわいがるようになり、数を持ち出すこともなくなった。線を一本引くだけで、こんなにも気が楽になるものなのだと知った。

※tendが独自に実施したアンケートで集めた、30代・女性読者様の体験談をもとに記事化しています

※本コンテンツ内の画像は、生成AIを利用して作成しています。

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