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父は大人気芸人。<二世>を売りにせず実力で掴み取った“ベーシスト” 本物を証明した“史上初”の偉業とは?

  • 2026.7.26
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2017年3月、「スカパー!音楽祭」に出演したハマ・オカモト(C)SANKEI

2025年5月、「ごぶごぶフェスティバル2025」の舞台に、ハマ・オカモトは父・浜田雅功と並んで立った。親子がともにミュージシャンとして同じフェスの場に立ったのは、これが初めてのことだった。

話題になって当然の一場面だ。ただ、その一度をもってしても、ハマ・オカモトという名前は「親の七光り」とは無縁だったように思う。ベーシストとして積んできた時間が、それだけ長く、それだけ独立していたからだ。

二世という人は、しばしば親の名前を通して読まれる。何をやっても、まず親と比べられる。だがこの人の歩みを並べていくと、その読み方はうまく噛み合わない。ハマ・オカモトの活動は、二世という肩書と、本人の名前がどこに置かれてきたかで読むほうが、ずっとよく通る。

名前は公表より前から積まれていた

出発点は、バンドにある。2010年、ハマ・オカモトがベースを担当するロックバンド・OKAMOTO'Sは、アルバム『10'S』でメジャーデビューを果たした。2024年にはデビュー15周年を迎え、全国47都道府県をまわるツアーを行った。同じ場所で、長く演奏を重ねてきた歩みだ。

彼が浜田雅功の息子であるという家族背景は、当初は伏せられていた。世に出ていたのは、あくまでバンドのベーシストとしての姿だった。ここに、この人の歩みを読むうえでの肝がある。順番だ。

普通、二世という言葉は入り口に置かれる。親が有名で、その子が同じ世界に入ってきた、という順で語られる。ところがハマ・オカモトの場合、世に出たのはまず演奏する人としてであり、家族背景が知られたのはその後だった。デビューから数えて数年、名前はすでにベーシストとして積まれていた。公表は出発点ではない。すでに立っていた場所が、後から明かされたにすぎない。

だから、二世という肩書からこの人を読み始めると、順番を取り違える。先にあったのはミュージシャンとしての歩みのほうだ。家族背景は、後から加わった一つの情報でしかない。

15周年のツアーで全国をまわれるのも、デビューからの積み重ねが、それだけの規模の場を支えられるところまで来ていたからだ。長く続けてきたという事実そのものが、この人の名前を親の側から引き離している。

楽器の世界が、親と無関係に選んだ

2013年6月、ハマ・オカモトはアメリカのフェンダー社とエンドースメント契約を結んだ。日本人のベーシストが同社とこうした契約を結ぶのは、史上初のことだった。楽器を作る側が、その演奏を選び、認めたということである。のちには本人の名を冠したシグネチャーモデルも発売され、関係は10年を越えて続いた。一度きりの話題ではなく、長く保たれた評価だった。

両親はともに、テレビで活躍する芸能人だ。特に父・浜田雅功はテレビの真ん中で、言葉と間で人を動かす仕事である。ハマ・オカモトが評価を受けたのは、そことはまったく別の、ミュージシャンそのものの領域だった。芸能人の子だから、という文脈がまるで効かない場所での評価だ。

ここに因果を持ち込む必要はない。家族背景が公になったのと同じ年に、親の名前とは別の側で、この評価が置かれていた。二つは別々の出来事で、片方がもう片方を引き寄せたわけではない。それでも並べてみると、同じ形が浮かぶ。世間が親の名前でこの人を読もうとしたまさにその年に、楽器の世界は親とは無関係な理由でこの人を選んでいた。

音楽を語る場を任される

演奏の外側にも、名前で任された場所がある。2021年10月から2026年3月まで、ハマ・オカモトはテレビ朝日系『ハマスカ放送部』でMCを務めた。齋藤飛鳥とともに、約4年半にわたって続いた長期のレギュラーだ。音楽にくわしい人物として、音楽を語り、番組の進行を担う役目を任され続けた。

司会という仕事は、親の領域と重なって見えなくもない。だが、ここで任されていたのは音楽を語る役割であり、拠って立つのはやはりミュージシャンとしての蓄積だった。親の名前を借りて座った席ではない。音楽の人として呼ばれ、その席を約4年半にわたって保った。

長く続いたという事実が、それを裏づけている。一度きりの起用なら、話題づくりの意味合いも読めるだろう。だが4年半は、話題だけでは続かない。番組が続くには、その席にふさわしい中身が要る。音楽を語れる人として選ばれ、その席を保ち続けたということだ。自分の名前で呼ばれ、自分の名前で場を任され、その場を長く保った。ここでもまた、名前は親の側ではなく、本人の側に置かれていた。

別の側に立ち続ける名前

OKAMOTO'Sは、2027年3月12日に東京・日本武道館で単独公演を開くことが決まっている。約8年ぶり、2度目の武道館だ。出発点から現在まで、ハマ・オカモトの名前は一貫して同じ側に置かれてきた。公表の前も後も、楽器の評価も、音楽を語る場も、そして次の武道館も、すべて親の名前とは別の側にある。二世という肩書が知られてもなお、この人の名前は、自分で積んだ場所に立ち続けている。


※記事は執筆時点の情報です

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