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なぜあの歌姫の低い声は30年後も胸を揺らすのか 冷たいビートに宿った消えない熱

  • 2026.9.8
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1998年4月、神奈川県民ホールでおこなわれたUAのライブより(C)SANKEI

返事の来ない夜がある。伏せたスマホの画面がもう一度光るのを、光らないと知りながら待ってしまう。遠くにいる人の顔を思い出すのは、たいてい、こういう静かな時間だ。

声が届かない時間には独特の手触りがある。寂しいというより、少しだけ体温が下がるような。そんな夜に、低く乾いた声がゆっくり揺れるビートに乗って流れてくると、部屋の温度がわずかに戻る。

UA『リズム』(作詞:UA/作曲:大沢伸一)ーー1996年9月24日発売

クールな音の奥に、内側へ向かう熱を隠した一曲だ。元気づける歌ではない。けれど、離れている誰かとの距離を、そっと測り直させてくれる。

ビートに乗る低い歌声にある体温

再生して最初に立ち上がるのは、淡々と刻まれる打ち込みのビートと、その上で短い節を吹く管楽器の音だ。踊るための場所で鳴らされてきたクラブ・ミュージックの作法で組まれた音像で、余計な飾りがなく、どこか機能的で冷たい。

管楽器の節は歌の合間に短く差し込まれるだけで、前に出て主張しない。その控えめさと冷たさが、この曲の入口として正しい。ビートだけを聴いているあいだ、音は都会の夜景のように整っていて、誰の感情も宿していないからこそ、次に入ってくる声の温度がはっきり分かる。

UAの声は、ビートの少し後ろを歩くように入ってくる。低く、乾いた声。声量で押すのではなく、言葉のひとつひとつを地面に置いていくような歌い方だ。声が主役であり続けるのは、その低さの中に熱が溜まっているからで、打ち込みの冷たさに血を通わせているのは管楽器ではなく、まずこの声のほうだと聴くたびに思い知らされる。

この曲のグルーヴは腰ではなく、首のあたりで小さく揺れる種類のものだ。通算5枚目のシングルで、作曲と編曲、プロデュースを手がけたのはMONDO GROSSOの大沢伸一。音の設計は大沢の仕事だが、その設計に温度を与えているのはUAの歌声だ。

距離を認めてなおつながりを疑わない言葉

言葉を書いたのはUA本人。デビューの時点から自ら作詞を担い、本を読み、気に入った言葉の断片を集める習慣を持っていた。太宰治をイメージの源にしてきた文学志向が、この曲の言葉の手触りにも表れている。

状況を語らず、短い断片で情景だけを置いていく。歌詞は、声が届かない時間や、ひとりで立っている場所といった距離の描写から始まり、それでも片方の手は必ずつながっているという確信へ進み、最後は「永遠のリズム」を抱き締めるという肯定で閉じる。

離れていることを認めたうえで、つながりを疑わない歌だ。両手ではなく片方、というところに現実の温度を感じる。もう片方の手は、自分の生活を握ったままでいい。それでも残る片方が、遠くの誰かとつながっている。その確信を「リズム」という言葉に託したところに、この人の言葉の強さがある。気持ちは揺れるし、距離は変わる。けれど拍だけは、離れた場所でも同じ速さで打ち続ける。

拍は目に見えないが、体で数えられる。見えないものを体で確かめる、という感覚がこの歌詞の核にあって、だからこの曲は慰めの言葉を一度も使わずに人を慰める。低い声がビートの上でその言葉を置いたとき、冷たかった音像が、遠くの誰かを想う体温に変わる。

同じ声が燃え方だけを変えて戻ってきた

ひとつ前のシングル『情熱』は、外へ向かって燃える歌だった。声が前に出て、聴く側の背中を強く押す。そのすぐあとに出た本作で、同じ声は火を内側へ移している。

外へ燃えた声が内側へ向き直ったとき、低い音域で言葉を置くこの歌い方が、燃え方の別の形として立ち上がる。サビに入っても声量は上がらず、言葉の終わりがすっと落ちる。その落ち方に、熱を外へ逃がさない意志が映る。声が前へ出るのはサビの一瞬だけで、出た分だけすぐに引き、引いた分が余韻として胸に残る。

プロデュースした大沢伸一にとって1996年は、MONDO GROSSOがバンドから個人の体制へ移った転機の年だ。歌い手をもうひとりの自分の声のように引き受ける姿勢が、この声を飾らずに置く音の設計にも映る。

野外の夜にクールが熱へほどけた瞬間

この曲は、聴く場所を選ぶ。大勢で歌い上げる曲ではなく、ひとりで聴き直す曲だ。今聴いても古びないのは、ビートの組み方が流行の音色に頼らず、声と拍と管楽器の三つで骨格を作っているからで、アルバム『11』への入口としても、この骨格の強さがそのまま効いている。

けれど、ひとりで聴く曲だと思い込んでいた人ほど、ライブで裏切られる。

2025年6月、日比谷野外音楽堂(野音)で開かれたデビュー30周年のライブでも、この曲は演奏された。1996年の発表からおよそ30年。節目のステージで選ばれたことからも、『リズム』がUAの歩みの中で大切に歌い継がれてきた曲だと分かる。

冒頭で書いた、返事の来ない夜を思い出してほしい。ひとりで聴くとき、片方の手は遠くの誰かとつながっている。その感覚は、発表当時から聴いてきた人と、時を経てこの曲に出会った人のあいだにも重なる。聴く場所や時代が違っても、同じ拍を通して誰かを思うことができる。

低い声と冷たいビートの奥に宿る熱は、およそ30年を経ても消えていない。むしろ長く歌い継がれてきたことで、離れていても人はつながれるというこの曲の言葉は、いっそう確かなものになった。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

(文・笄坂かける)

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