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美しすぎる作詞家・一咲の正体とは? 35年前発売→40周年盤で録り直された"体からにじむオトナの艶"

  • 2026.7.26
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中山美穂-1997年9月撮影(C)SANKEI

歌番組のステージで、中山美穂がバックダンサーを従えて踊っていた。アイドルとして見慣れてきたはずの笑顔ではなく、視線ひとつで場の空気を支配する大人の顔が、画面の中にあった。

1991年の夏、テレビの前でその数分間に見惚れた人は少なくない。歌でもドラマでも第一線を走っていた中山美穂が、この夏に差し出したのは、じっと聴かせる歌ではなく、全身で踊り切る1曲だった。

中山美穂『Rosa』(作詞:一咲/作曲:井上ヨシマサ)ーー1991年7月16日発売

22作目のシングルにあたる。艶やかに歌い、踊る姿の記憶が強い1曲だが、クレジットの一行に目を留めた瞬間、この曲はもう一つの顔を見せはじめる。

名を変えて詞を書いていた歌い手

作詞の欄には「一咲(いっさく)」とある。聞き慣れない名前だが、これは中山美穂本人のペンネームだ。つまり『Rosa』で、中山美穂は歌う側であると同時に、詞を書く側にも回っていた。注目したいのは、本名を出さなかったことだ。「作詞:中山美穂」と記せば、それだけで大きな話題になったはずだ。

それをせず、別の名前で言葉だけをそっと置いた。話題性より先に、言葉そのもので勝負しようとする静かな意志を、この署名に感じる。もっとも、画面や歌詞カードにクレジットが出たところで、「一咲」の2文字から中山美穂本人を思い浮かべた人がどれほどいただろう。しかも「一咲」は、この1曲限りの思いつきではない。井上ヨシマサの楽曲に詞を付けるときの名義として使われた。

演出ではなく体からにじむ艶

『Rosa』はドラマの主題歌でもCMソングでもない。後ろ盾になるタイアップを持たないまま世に出た、正真正銘のダンスナンバーである。

だからこの曲の主戦場は、歌番組のステージだった。バックダンサーを従えた振付とともに披露される『Rosa』は、聴く曲である以上に「見る曲」としてテレビの前に届いた。振付まで含めてひとつの作品になっている披露で、音源だけでは伝わらない曲の輪郭が、動きによって太く縁取られていた。

編曲のクレジットにはATOMとある。作曲者の井上ヨシマサ自身が、機材を操るマニピュレーター・久保寛一郎と組んだユニットだ。つまり、この曲がダンスミュージックとして鳴り切るところまで、作曲家自身が音を設計したということでもある。ビートの反復の上に歌がまっすぐ乗る快感が、最後まで曲の背骨として通っている。

そこに乗る中山美穂の歌は、踊りながら歌う前提で組み立てられているように聴こえる。動きと声がひとつになったとき、この曲の色気は、作り込んだ表情ではなく、運動の中からにじむ体温として立ち上がる。演出で作った艶は時間とともに古びるが、体から出た艶は古びない。『Rosa』のステージの記憶が鮮やかなままなのは、後者だからだろう。

役を演じずに歌える言葉だった

借り物の詞を歌うときと、自分の言葉を歌うときとでは、声の重心が変わる。『Rosa』の歌声には、言葉を外から渡された人の距離感がない。フレーズのひとつひとつを意味ごと引き受けて、熱の通った言葉として差し出している手応えがある。

アイドルの歌唱は本来、詞の中の主人公を演じる仕事でもある。作家から渡された物語に体を合わせ、役として歌う。だが自分で書いた言葉に、演技の距離はいらない。『Rosa』の歌が役作りの気配を感じさせないのは、言葉の出どころが本人の内側にあるからだろう。

考えてみれば、当然のことだ。踊るためのビートの上でどんな言葉なら息ができるのか、いちばん知っているのは、その上で実際に歌い、踊る本人である。歌い手が詞を書くことの強みは、上手な言葉を書けることではない。自分の声と体に合う言葉を選べることだ。『Rosa』の言葉と歌の密着ぶりは、その強みの証明に映る。

追い風のないまま積み上がった数字

タイアップという追い風のないシングルが、累計で30万枚を超えるセールスを記録した。ミリオン級の派手さはない。だが、後押しのない曲がここまで積み上がるには、聴いた人が誰かに勧め、繰り返し口ずさむ時間が必要だ。この数字の意味は重い。番組やCMで毎日流れて刷り込まれたのではなく、テレビで見て、耳で覚えて、自分の意思で店頭へ向かった人がそれだけいたということだからだ。

作曲の井上ヨシマサは、1980年代から数多くのアイドルポップスを手がけてきた作曲家だ。その井上のメロディに、中山美穂は「一咲」として言葉を返した。作る側と歌う側という一方通行の関係ではなく、メロディと言葉を差し出し合う双方向の関係が、この1枚の中に収まっている。だから『Rosa』は、提供曲でありながら、本人の内側から出てきた曲のような顔をしているのだ。

共作の物語がたどり着いた再会

『Rosa』の物語には、後日談がある。2024年7月、井上ヨシマサの作家デビュー40周年を記念したアルバム『再会〜Hello Again〜』で、『Rosa』はデュエット形式のセルフカバーとして録り直された。33年の時を経て、作曲家と歌い手が同じ曲の中で再会した。デュエットという形式が示唆的だ。作る人と歌う人が並んで立つ関係が、そのまま音のかたちになっている。「一咲」の署名で始まった共作の物語の、これが到達点だった。

その年の12月、中山美穂は世を去った。40周年盤の『Rosa』は、結果として、本人が最後に録音した『Rosa』になった。歌った人としてだけでなく、詞を書いた人として聴き直すと、踊る姿の艶やかさの奥に、言葉を選んだ横顔が透けて見える。『Rosa』を再生するなら、作詞クレジットの「一咲」の2文字まで含めて、この曲だと思って聴いてほしい。名を伏せて言葉を残した署名は、今日も曲の中で静かに咲いている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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