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35年前、イントロの数秒で客席が走り出す一曲 7人が真正面から歌った“全力疾走”

  • 2026.9.7
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2019年10月、ボートレース児島のトークショーに出演した元光GENJIの諸星和己(C)SANKEI

客席の照明が落ちて、次の曲の前奏が鳴った瞬間に、座っていた体が勝手に立ち上がる。拍手より先に足が動く。光GENJIのコンサートには、そういう始まり方をする曲がいくつかあって、『WINNING RUN』はその筆頭に映る。

光GENJI『WINNING RUN』(作詞:森浩美/作曲:馬飼野康二)ーー1991年8月30日発売

派手な記録で語られるというより、長く通い続けたファンほど真っ先に名前を挙げる推し曲。速いテンポに7人の声が重なる、走る側に立った人のための1曲だ。

イントロの数秒で客席が走り出す

この曲の魅力は、鳴り出しの数秒に凝縮されている。前奏が始まった時点で、客席の空気が「聴く」から「動く」に切り替わる。リズムが最初から全力で走っていて、歌が入る前に体温が上がる。曲名どおり、走ることをそのまま音にしたようなテンポで、Aメロからサビまで一度も立ち止まらない。何度目のコンサートでも、この前奏が鳴ると初めて聴いたときと同じ高さまで気持ちが跳ね上がる。曲の頭で余計なためを作らず、いきなり最高速に乗せてしまう作りが、この曲を客席の記憶と結びつけてきた最大の理由に映る。

歌が入ってからも勢いは緩まない。7人の声がそろって前に出るサビは、誰か1人の見せ場というより、全員で同じ方向へ駆けていく姿そのものだ。応援歌と呼ぶには押しつけがましさがなく、聴いている側が背中を押されて前に出る。気持ちを前に向けたい朝にこの曲を選びたくなるのは、歌い手が励ます側でなく、一緒に走る側にいるからだと感じる。

騒がしい季節のあとに選んだ全力疾走

光GENJIといえば、デビュー直後の熱狂を思い浮かべる人が多い。1987年から88年にかけての社会現象は、街の空気そのものを変えた。この曲が出た1991年は、その一番騒がしい季節がひと段落したあとの時期にあたる。

光GENJIは、内海光司、大沢樹生、諸星和己、佐藤寛之、山本淳一、赤坂晃、佐藤敦啓の7人。熱狂の本体を通り過ぎたあとに、テンポを落とすのではなく、むしろ一番速い曲を真正面から歌った。1991年の夏をこの7人で走ったことを、この曲は一番わかりやすい形で残している。

この頃も7人の走る速度は落ちていない。周りの景色が変わってもテンポを落とさなかったから、この曲はファンにとって自分たちの曲として残ったのだと思わせる。

年の瀬の舞台をアルバム版で駆け抜ける

1991年の大晦日、第42回NHK紅白歌合戦の舞台で、7人はこの曲を歌った。その年を締めくくる大舞台に『WINNING RUN』で立ったこと自体が、この曲がその年の光GENJIを代表していたことを物語る。テレビの前で見ていたファンにとって、1991年の最後に聴いた光GENJIの声は、この速い曲だった。

同じ年の紅白には、事務所の後輩にあたるSMAPが『Can't Stop!!-LOVING-』で初めて出場している。先輩と後輩が同じ大晦日の舞台に並んだ年だった。

作詞の森浩美は、光GENJIに『CO CO RO』を書き、少年隊『じれったいね』、のちにSMAP『青いイナズマ』も手がけた作家。作曲と編曲の馬飼野康二はもはや説明不要だが、光GENJIだけでも『剣の舞』『笑ってよ』からのちの『勇気100%』まで数多くの名曲を書いている。

カレンダーの上で待つ次の前奏

光GENJIの全作品を、発売当時の日付に合わせて2026年8月から1年かけて順次配信していく企画が動いている。作品が出た日そのままの順番で、あの前奏が配信で戻ってくる。シングルを買った日を覚えている人なら、その日付がそのまま再会の日になる。

客席で待っていたイントロを、今度は日付を数えながら待つ。待ち方は変わっても、鳴った瞬間に体が先に動く速度は落ちていないはずだ。1991年の夏に走り出した7人の声は、配信で鳴り直しても、最初の数秒で聴く人を前に押し出す。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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