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27年前、型破りな教師が暴れる物語に火を点けた"点火装置" 反抗と疾走がぴたりと重なった一曲

  • 2026.7.24
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1998年9月、神奈川・横浜アリーナで行われたL'Arc〜en〜Cielのライブより(C)SANKEI

アクセルを踏み込んだ瞬間の、体が背もたれに押しつけられるあの感覚に似ている。鳴り出して数秒で体温が上がり、聴き終える頃には、少し遠くまで行きたくなっている。1999年の夏、テレビアニメの冒頭でこの加速を毎週浴びていた人は多いはずだ。

L'Arc〜en〜Ciel『Driver's High』(作詞:hyde/作曲:tetsu)ーー1999年8月11日発売

疾走という言葉がこれほど似合う曲は、そう多くない。そして27年がたったいま、この曲はまた新しい追い風を受けている。

物語より先に心拍数を上げる点火装置

この曲は、フジテレビ系テレビアニメ『GTO』前期のオープニングテーマだった。『GTO』とはGreat Teacher Onizukaの略。型破りな教師、鬼塚英吉が学校の常識を蹴散らしていく、反抗と疾走の物語である。その冒頭で毎週、この曲は画面ごと物語を前へ引っ張っていた。

相性の良さは、いま聴き直してもよく分かる。この曲の高揚には、単純な爽快さだけではない、どこか壊れてもかまわないと言いたげな危うさが混ざっている。アクセルを踏む喜びと、踏みすぎる予感が同居している。規格外の教師が暴れ回る物語の入り口として、これ以上の助走はなかったと感じる。

オープニング曲というのは、本来なら物語の要約でいい。だがこの曲は要約ではなく、点火装置として機能していた。本編が始まる前に、観る側の心拍数だけ先に上げてしまう。あの冒頭で助走をつけてから物語に飛び込んだ体験が、曲と作品を切り離せないものにした。

タイアップが曲を有名にしたのではない。曲の持っている危うい加速が、物語の体温とぴたりと合った。その幸福な一致が、今日まで続く記憶の耐久性を生んだのだ。

音を減らすほど速く聴こえてくる

あらためて聴くと、この曲の音は意外なほど少ない。壁のように音を重ねて圧で押すのではなく、隙間を残したまま走っている。

高いところを駆けるのはギターだ。イントロの一節が視界を一気に開き、以後も曲の上空を旋回し続ける。ドラムはその下で路面を叩き続ける。一聴すると淡々と刻んでいるようで、よく耳を澄ますと、節目ごとにタムを転がして、直線に見えるビートへカーブを持ち込んでいる。そしてベースが、低いところから滑り上がるような動きで上と下のあいだを縫い、ばらばらになりそうな速度をひとつにまとめている。

隙間があるから、一音一音の初速が立つ。速い曲はいくらでもあるが、「速く聴こえる」曲はこうして設計される。しかも、これだけ攻めた音の上で、サビは一度聴けば口ずさめるほどポップだ。hydeの声はサビで一段ギアを上げ、風を切る側から風そのものへ変わる。この二重底こそ、バンドの底力に映る。

そして間奏のギターは、この曲のもうひとつのサビだと言いたくなる。歌と同じくらい歌っているフレーズで、聴くたびに、自分でも弾いてみたい衝動が湧く。楽器に触れたことのある人なら、この誘惑の強さに覚えがあるはずだ。

どの扉から入っても同じ加速が待つ

このシングルには、少し珍しい順番がある。曲が先に世に出たのは、1999年7月1日発売の6作目のアルバム『ark』でのことだった。そこからひと月あまりのちの8月11日に、シングルとして切り出されている。

つまり、アルバムで先にこの曲と出会った人がいて、アニメで浴びた人がいて、シングルで手に入れた人がいた。入り口が複数ある曲なのだ。どの扉から入っても、待っているのは同じ加速である。

シングルという枠は、曲を1枚の看板にする。アルバムという枠は、曲を流れの中に置く。この曲は短い期間に両方の置かれ方を経験した。だから単体で聴いても痩せないし、アルバムの流れに戻しても浮かない。どんな場面に置かれても崩れない骨格の強さを、この経歴に感じる。

シングルは累計30万枚を超えるヒットとなった。ただ、この曲の場合、枚数よりも入り口の多さのほうが、その後の生き方を決めたように思える。どこで出会ったかを問わず、聴いた人の中で「走る曲」として残った。だからこそ、この曲は特定の季節や年代に閉じ込められずに済んだ。

もう一度エンジンがかかった現在地

その証拠が、その後の風景にある。2025年3月に始まったカーセンサーの新しいCMにこの曲は起用された。発売から四半世紀を超えた曲が、CMの顔として新規に選ばれる。ここで効いているのは懐かしさではない。懐かしの名曲枠なら、ほかにいくらでも候補はある。選ばれた理由は、この曲を流した瞬間に車がたまらなく愛しく感じるからだろう。ドライブと結びついたイメージが、思い出ではなく実用品として、いまも現役で通用している。

そして2026年7月20日からは、反町隆史が鬼塚英吉役を続投する実写ドラマ『GTO』が、カンテレ・フジテレビ系で28年ぶりに連続ドラマとして帰ってくる。この曲が流れていたのはあくまでアニメ版であり、実写版は別の映像化だ。それでも「GTO」の3文字が再びテレビ欄に並ぶとき、頭の中であのイントロの再生が始まる人は、きっと私だけではない。

アクセルを踏まない人にも届く疾走

この曲の疾走は、実際の速度の話ではない。気持ちの前傾の話だ。深夜の高速道路でなくていい。仕事帰りの、代わり映えのしない直線でいい。再生した瞬間、フロントガラスの向こうの景色が少しだけ速く流れ出す。信号が青に変わる。アクセルを踏む。それだけのことが、この曲がかかっているあいだは小さな祝祭に変わる。

運転しない人にも、この効能は届く。歩く速度が上がる。背筋が起きる。曲が終わる頃には、行き先を決めたくなっている。疾走とは移動ではなく、前を向く姿勢のことだと、この曲を聴くたびに感じる。そういう相棒を、私たちは27年間、手放さずにきた。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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