1. トップ
  2. エンタメ
  3. 32年前、国民的バンドになる一歩手前で生まれた一曲 さわやかな景色の奥に潜む"もうひとつの青”

32年前、国民的バンドになる一歩手前で生まれた一曲 さわやかな景色の奥に潜む"もうひとつの青”

  • 2026.7.23
undefined
※ChatGPTにて作成(イメージ)

助手席の窓を少しだけ開ける。夏の風が流れ込んで、信号が青に変わる。タイヤがゆっくり回りはじめて、街の景色がうしろへ流れていく。行き先は決めていない。決めていないのに、なぜか胸の奥が少しだけざわつく。そんな瞬間にいちばん似合う一曲を、今日は紹介したい。

スピッツ『青い車』(作詞・作曲:草野正宗)ーー1994年7月20日発売

通算9作目のシングルで、テレビ朝日系バラエティ番組『OH!エルくらぶ』のエンディングテーマ。同年のアルバム『空の飛び方』にも収められた。1994年の夏、スピッツはまだ、日本中がその名前を口にするバンドではなかった。

だからこの曲には、派手な売り文句がない。それでも発売から30年以上、ファンの胸の真ん中にあり続けている。

ブレイク前夜にすでにあった深さ

チャートの上位に食い込む類いのヒットではなかった。成績だけを見れば、控えめな一曲だ。

8枚目のシングル『空も飛べるはず』がドラマ主題歌になり、『ロビンソン』が国民的な広がりを見せるのは、この曲の発売より少し後の話になる。つまり『青い車』は、ブレイク前夜のスピッツが残した一曲ということだ。デビューから地道にシングルを積み重ねて、たどり着いた9作目。バンドの足腰が出来上がりきった、ちょうどその時期にあたる。

それでも、ファンに好きなスピッツの曲を挙げてもらうと、この曲は驚くほどの頻度で名前が挙がる。チャートの順位と、聴いた人の心に残る深さは、まったく別のものさしなのだ。

後年のヒット曲を入り口にスピッツを好きになった人が、アルバムをさかのぼり、この曲にたどり着いて驚く。そういう出会い方を、この曲は発売から今日までずっと繰り返してきた。まだ広く知られる前のバンドが、すでにこんな深さを持っていた。その事実そのものが、ちょっとした発見として響く。

言い換えれば『青い車』は、順位表の中ではなく、人から人への「ねえ、この曲すごいよ」という声の中で生き延びてきた曲だ。その伝わり方は、どんな派手な宣伝よりも強く、そして長持ちする。

飛ばさない速度でサビの視界が開く

曲はミドルテンポだ。疾走するわけでも、たたみかけるわけでもない。窓の外を景色が流れていく速さのまま、一定の呼吸で最後まで進んでいく。この「急がなさ」が絶妙で、聴いているあいだ、心拍だけが半歩先を歩くような、静かな高揚が続く。

車の速度にたとえるなら、高速道路ではなく海沿いの一般道だ。飛ばさないからこそ、景色のひとつひとつがちゃんと目に入ってくる。その速さを最後まで守り抜くことで、曲全体がひとつの長いドライブに見えてくる。

その上を、草野の声が泳ぐ。サビで音がぐっと高くなっても、力んだ気配がまるでない。高いところでこそ伸びやかになっていく、あの声だ。

しかもこの声は、高いのに細くならない。輪郭がやわらかいまま、すっと上の空気へ抜けていく。メロディがサビで一段高い場所へ足をかける瞬間、聴いているこちらの視界まで、ふっと開ける感じがする。

草野の声を「少年のようだ」と評したくなる人は多いはずだ。ただ、この曲で聴こえるのは、あどけなさよりも、どこまでも遠くへ行けてしまいそうな身軽さのほうだと感じる。

ドライブソングと呼びたくなるのは、歌詞に車が走っているからだけじゃない。急がないテンポと高く抜ける声の組み合わせそのものが、流れる景色の気持ちよさとぴったり重なるからだ。

さわやかさの底に沈むもうひとつの青

ところが、この曲は一筋縄ではいかない。言葉をひとつずつ追いかけていくと、まぶしい景色の端に、すっと影が差す瞬間があるのだ。

生と死の境目に触れるような言葉が、さりげない顔をして通り過ぎていく。まっすぐな愛の歌として聴いていたはずなのに、気づけばどこか遠くへ連れて行かれるような心細さが漂う。

タイトルの「青」からして、二つの顔を持つ色だ。晴れた空の色でもあり、深く沈んだ水の色でもある。この曲のさわやかさには、いつもその両方の青が混ざっているように響く。

実際、この曲について誰かと語り合うと、人によって見えている物語がまるで違う、ということが起きる。ある人には晴れた昼の歌で、ある人には夜明け前の歌。同じ歌詞を追いかけているのに、着く場所が違う。

ただ、この歌詞が一通りの意味に閉じないこと自体が、『青い車』の底力だと感じる。一度目はさわやかなドライブソングとして、二度目はまるで別の物語として。聴くたびに違う表情を見せる曲は、そう多くない。

この二重性を成り立たせているのは、皮肉なことに、あの明るい声だと思えてならない。暗い言葉を暗い声で歌えば、ただの暗い歌になる。伸びやかな高音がためらいなく歌い切ってしまうから、影は影のまま、まぶしい景色の中を通り抜けていく。

そして不思議なことに、影に気づいたあとのほうが、この曲はもっと好きになる。さわやかさと不穏さ。本来なら打ち消し合うはずの二つが、同じメロディの上で平気に同居している。この危うい釣り合いこそ、草野正宗という書き手の凄みに映る。

二度目の助手席で風の温度が変わる

もう一度、冒頭の車に戻ろう。窓の外の景色は気持ちよく流れ、声は高く伸びていく。けれど二度目に聴くとき、同じ景色が少しだけ違って見える。その「少しだけ」の落差が、ぞくっとくる。

順位や枚数では、この感触は測れない。国民的ヒットの一歩手前で生まれたこの曲は、数字の代わりに、聴いた人の中に消えない残像を置いていく。

夏の午後でも、深夜の帰り道でもいい。窓を開けて、この曲を流してみてほしい。サビで声がいちばん高く伸びる場所を、楽しみに待ちながら走るのがいい。さわやかな風の中に、一瞬だけひやりとしたものが混じる。その一瞬にこそ、スピッツというバンドの深さがある。そう感じている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

の記事をもっとみる

注目コンテンツ