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32年前、映像ソフトの棚からメジャーの歴史を始めたシングル "揺れ"から"牙"へ裏返る構造美

  • 2026.7.20
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1998年5月、神奈川県・横須賀市で行われたL'Arc〜en〜Cielコンサートより(C)SANKEI

ゆるやかに揺れるボサノヴァのリズムから、この曲は始まる。角の取れたギターの刻みに、ささやくような歌声が静かに重なっていく。ヴィジュアル系と聞いて多くの人が思い浮かべる華やかさや激しさとは、まるで違う入口だ。

L'Arc〜en〜Ciel『眠りによせて』(作詞:hyde/作曲:ken)ーー1994年7月1日発売

そしてこの一枚には、音の意外性よりさらに大きな意外性が隠れている。多くの人が知る「あのデビュー曲」よりも前に世へ出た、メジャーデビュー作なのだ。

シングルの数え方からこぼれた一枚目

L'Arc〜en〜Cielのデビュー曲は何かと問われれば、大半の人が同じ1994年に発売されたCDシングル『Blurry Eyes』の名を挙げる。世間の認識は、ほぼそれで固まっている。

ところが、バンドの歩みを正確にたどると、メジャーの入口に置かれた最初の一枚は別にある。1994年7月1日に発売された『眠りによせて』。しかもCDシングルではなく、VHSのビデオシングルという形だった。CDシングルの枚数を数えるとき、映像作品は勘定から漏れやすい。この特殊なかたちこそが、通説を生んだ土壌に映る。

音源のおまけ映像ではない。楽曲と映像をひとつの作品として世に問う、異例の発売形態である。CDショップのシングル棚ではなく、映像ソフトの棚からメジャーの歴史を始めたバンド。この事実を知っているかどうかで、L'Arc〜en〜Cielというバンドの見え方は少し変わってくる。

この作品は、2003年12月にDVDとしてあらためて世に出ている。発売から10年近くを経て、かたちを変えてもう一度求められた作品。ファンにとってこの映像が、単なる記録ではなく原点そのものだった証に映る。

揺れる導入が一瞬で歪みへと裏返る

そして肝心の曲そのものが、この異例のデビューにふさわしい構造を持っている。イントロからAメロにかけては、ゆったりしたボサノヴァ調。ボサノヴァとはブラジル生まれの、ささやくように歌い、静かに揺れるリズムの音楽である。柔らかいギターの刻みが夜の底のような時間をつくり、歌声はその上を漂うように進んでいく。体が前のめりになるのではなく、ゆっくり左右に揺れてしまう種類の心地よさだ。

ところが途中から景色が一変する。ギターの音色が急に歪み、ベースは激しく動き始める。音の粒を倍に増やして、曲を前へ前へと押し出す弾き方だ。まどろんでいた曲が、突然目を見開く。この落差こそが本曲最大の聴きどころで、静と動の振れ幅がひとつの曲のなかで完結している。

初めて聴くとき、この転換は必ず不意打ちになる。ボサノヴァの揺れに慣れきった耳へ、歪んだ音がいきなり立ち上がるからだ。そして2度目からは、その瞬間を待ち構える楽しみに変わる。来るとわかっていて、それでも鳥肌が立つ。長く聴き続けられる曲だけが持つ種類の仕掛けである。

当時のヴィジュアル系シーンで定番とされていたのは、駆け抜ける疾走曲か、劇的なバラードのどちらかだった。その真ん中で、ボサノヴァから歪んだギターへと橋を架ける曲を、しかもメジャー最初の作品として置く。様式の内側に安住しない姿勢が、最初の一枚からすでに鳴っている。

誰もが知る物語のひとつ手前へ

『眠りによせて』は、同じ1994年7月に発売されたアルバム『Tierra』にも収録されている。『Blurry Eyes』から始まる物語しか知らなかった人にとって、その手前にもう一章あるという事実は、地図の外に隠れた入口を教えられるようなものだ。派手な数字で語る一枚ではない。けれど、映像で名乗りを上げ、ボサノヴァで扉を開けた最初の選択には、このバンドが貫いていく美学の原形がすでに息づいている。

最初の一枚を聴き直すことは、虹の根元を確かめに行くことに似ている。


※この記事は執筆時点の情報に基づいています。

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